第21話 探偵の仕事と言えば人捜しでしょう 1

 頭が痛い。


 酷く重力を感じる。


 魔法かなにか知らないが、何かしら、意識を失うようなことをされたのだろう。


 辺りは真っ暗だが、何人かの気配はする。耳を澄ますと、すすり泣いているような声も聞こえる。


 何かを考えようとすると頭痛が酷くなる。この感じだと、薬というより魔法の方かもしれない。


 一応は死なない僕だけれど、こういう命に別状のないものは効果的だったりする。


 それを知ってか知らずか、ともかく僕は相手にまんまとしてやられたと言うことである。


 頭痛がひどくなる前に状況を整理しよう。


 話は今日の昼まで遡る。

 


 

 その日の依頼を無事に終えた僕は、事務所への道をのんびりと歩いていた。


 寄り道なんかはしないものの、かといってそこまで急ぐ事もなく軽い散歩みたいな気分だった。


「急がなくていいんですか? 兄さん」


 細雪は不安そうに尋ねてくる。


 といっても、事務所に帰ってもほとんどやることは残っていないだろう。依頼がある方が珍しいこの事務所で、さらに人員が増えたのだからもう本当にやることがない。


「ですけど……」


 まといを除いた僕ら三人には勤労意欲のきの字もなく、暇つぶしとして仕事をしているだけなので、生来働き者であろう細雪には落ち着かない環境なのかもしれない。


 これだけのんびり出来るのは、先述の通り人数が増えたこともあるけれど、増えた人員が有理と細雪だというのも一員だろう。


 今までアナログでこなしてきた仕事を一気にデジタル化したようなものだ。有理の処理能力もさることながら、細雪のデータベースも侮れないところがある。


 僕たちには備わっていない魔法に関する知識を細雪に求めていたけれど、知識もさることながら、技術面でも大いに活躍してくれていた。


 今日なんかも細雪がいたお陰で二倍くらいの効率で動けた、と言っても過言ではない。


「もっと大きな依頼があったら、みんなの能力を存分に活かせるんだろうけどなあ」


 まあ、作業を簡略化するのも大事な役割だし、それに関しては文句の一つもないんだけど。


「そうですね。もっとたくさん働かなくては」


 そう言って細雪は小さく拳を握る。


 それはそれで少し的外れなんだけど、その仕草が可愛らしかったので良しとする。


 はっきり言って細雪の働きは、僕が必要なのか怪しいくらいすごいものだった。


 今日の僕たちの依頼は、人捜しだった。


「何日か前から息子が帰ってないんです」


 そんな依頼を持ってきたのは、見た目は普通の老婦人。


 話を聞いていると、どうやら彼女の息子は魔法街の中でもかなり奥の方を出入りしていたらしい。


 地名や出入りしていた建物を聞くと、細雪は少し苦い顔をした。


「その辺ですか……あまり安全とは言えない場所ですね。私もほとんど行ったことがありません」


 その後小さく耳打ちをして来る。


「はっきり言って、いたずらにそこを出入りしていたなら自業自得のような気がします」


 そういうことか。


 警察署の方へ行かず僕らに依頼してきたのも少しわかる気がする。


「なるほど、わかりました。ではその依頼、お受けいたしましょう」


 その言葉に、細雪はまた耳打ちしてきた。


「いいんですか、兄さん。危ないんですよ。怪我するかもしれないですし、もしかしたら怖い人に連れ去られちゃうかもしれないんですよ」


 もはや声量が耳打ちではない。けれど、僕を心配しての事なので気にしないことにする。


「だからこそ、他の場所で断られたからこそ僕のところに来てもらったわけだよ。なら、僕がそれを受けるべきだと思うんだ」


 その言葉を聞いて、力が抜けたように女性は大きく息をついた。


 気の早いお礼の言葉を聞いてから、細雪、僕、なゆたの三人は手がかりを探しに出る。


 聞き取り調査をすべきかと思っていたけれど、魔法街に入るなり、細雪はまっすぐに聞いていた建物へ歩いていった。


 途中、細雪はこんなことを言った。


「最近、この辺りでは何人もの人が失踪しているんです」


 細雪の声色にあわせ、僕も声を潜める。


「それは、誘拐されているっていうこと?」


「かもしれません。噂では――ほら、あの黒服の男達」


 細雪が視線をやった方を見ると、例の同じ風貌をした数人の男達がいた。


「あの人達が連れ去っているんじゃないかと言われてます。何らかの儀式のいけにえにするとか、薬の材料にされるとか、連れ去られた結果どうなるかはわかってないんですけど」


「はあ、なるほど」


 自然、僕はなゆたの方を確認してしまう。


「そうでなくても一月ひとつきに何人も行方不明者が出るところです。大半は迷子で済むんですけど、その中からいなくなった息子さんを探すのは……」


「難しい?」


「いいえ兄さん。ですから私の出番というわけです」


 そう言って細雪は不意に立ち止まり、胸ポケットから写真を取り出した。


「――染み込む雨音、滴はこれへ――」


 詩の朗読をするかのように、彼女は言葉を紡いでいく。これが噂に聞く詠唱というものなのだろう。


 彼女が口を閉じると、少し間を開け写真の中から不定型で幽かな何かが滲み出てきた。


「はい、ついていきますよ」


 その何かを先頭に、僕らはふらふらと歩いて行く。


 目をこらしてもぼけたようにはっきりしないそれは、捜し物をするかのようにそこらを漂った後、ある地点で突然姿を現した。


「あー、随分白くなりましたね。気が弱いのかもしれないです」


 ふむふむ、と頷く細雪に僕は質問する、というかせざるを得ない。明らかに今、僕たちは置いて行かれている。


「あの、ごめん細雪。これは何?」


 僕がそう言うや否や、その白くなった何かは今度はまっすぐに何処かへ飛んでいく。


 それをまた追いかけながら、細雪は答える。


「あれは言霊です。一人一人に寄り添って生まれてくるんですけど、今作ったあれはそれの私が作った方のものですね。あれについていきましょう」


 そう言ってまた細雪は先に行ってしまう。


 それでわかった。


 細雪は、理知的で有理と似た雰囲気を漂わせてはいるが、致命的な弱点があった。


 


 今まさに僕は位置的にも知識的にも置いて行かれているというわけである。


 つまりあれか。


 言霊というのは生まれたときから人に備わっていて、細雪は今そのレプリカを作り出して、本物の方へと案内してもらっている。という認識でいいのだろうか。


「そうです兄さん。けれど、ふふ――それだとただのオウム返しです」


 くすくすと彼女はそのまま笑っている。


 本当にオウム返しか? 細雪の中では今の説明をしたつもりだったのだろうか。


 まじか。


 そんなことを言っている間に、例の言霊はある建物の前で止まった。


「この中って事かな」


 と言うことは、突入することになるのか。


「ここは……あまり良い噂をきかないです」


 あまり事を荒立てない方が良いって事か。


「よし」


 と、僕はなゆたの方を見る。


「行ってきてくれるかな?」


 その言葉に、少し緊張した面持ちでなゆたは頷いた。


 細雪との件があってから、なゆたにも少しずつ仕事を任せるようにしている。


「あの言霊についていって、この写真の人を見つけるんだ。どこにいるかわかったらすぐに帰って来るんだよ」


 写真と言霊を交互に見ながら、なゆたは力強く頷く。


「よし、守ること三つ!」


 なゆたはびしっ、と音がしそうな程勢いよく気をつけしてから唱える。


「絶対に透明なのをやめない。ぶつかってもごめんなさいって言わない。危なくなったら大きい声でおにいちゃんを呼ぶ!」


「よし、じゃあ気をつけて行ってくるんだよ。絶対に危ないことはしないで」


「はい!」


 そう言ってなゆたは目の前から姿を消した。それと同時に言霊も建物内へ消える。


 今までなら胸がざわついて仕方がなかったが、今は安心して任せられる。


 いや、嘘、心配で心配で仕方ない。


 そんな気持ちをねじ伏せて、僕はここで大人しく待っているしかない。

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