第19話 雨乞探偵事務所、オープンします
都内某所。
嘘。
ここは僕の事務所である。
かなり久しぶりに訪れた気もするここに、いつもなら考えられないくらいの人数が集まっている。と言っても、プラス一人くらいだけど。
「ちょっと、ガムテープ何処やったのよ」
「え? まといさんがさっきまで使っていたのです」
「あたしはここに置いといたわよ。じゃなくて、その後誰か使ったんじゃないかって話」
「僕は……いや、覚えてないな」
何処かで見た記憶はあるんだけど。
「あ、あーっ!」
と言う声が。
「こ、こんなところにありましたよ! 今有理が、有理が見つけたのです」
有理は高々とガムテープを掲げている。
「いや、あんたが使った後そこに置いてたんでしょ」
「ち、違います! 断じて! 違うのです!」
「はいはい、わかったからさっさとこっちにちょうだい」
そんなわけで、僕たちは今事務所の大掃除兼模様替えを行っているのである。
なんとなく、明るい雰囲気にしたいな、と思う。
これから受ける仕事も、出来るだけその雰囲気に合ったものにしたい。
「あとはこれをゴミで出せば終わりね」
ふう、と一息ついて近くのソファに倒れ込むまとい。
「お腹すいたー」
と、なゆたもそれに
「うぐ」というのは聞こえなかったことにする。
「なら、私が作ってしまいましょうか?」
ゆったりと立ち上がり、その人物は言った。
彼女に向けられる目は一様に怪訝なものだった、僕を除いて。
「いいの? じゃあ、お願いしようかな」
僕がそう言うと、彼女はにこりと笑顔を見せる。
「では、腕によりをかけますね」
兄さん。
そう言って彼女――馴染間細雪は、台所の方へ去って行った。
その後ろ姿が見えなくなっても、しばらくそちらを見ながらまといは言った。
「ねえ、あの子本当にここに置くの?」
「そのつもりだよ」
僕が答えると、まといは思案顔を向ける。
「確かに、元々僕を狙ってたけど、裏切るにしたって僕が組織ごと壊しちゃったわけだし、今はそんな心配もないかなって」
「まあ、亜斗さんがそれでいいのなら有理は反対しないのです」
ソファにずっぽりと埋まりながら有理は言った。
「あたしもそのつもりだけど……けどねえ」
まだ煮え切らない感じだ。
まといと有理にとっては、僕を狙った組織の人間で。
なゆたにとっては、勘違いとはいえ一度は命を奪おうとした人間で。
僕にとっても、一度は騙しそうとしてきた人間で。
そんな彼女を僕と同じ職場で働かせようというのだから、そうそう簡単にはいかないだろう、とは思っていた。
今回新しく事務所を構えるにあたって、何でも屋から探偵事務所と改めた。
特に理由はなかったけれど、名前を変えておきたかったのだ。
そして、メンバーに新しく有理を迎え入れることにした。僕が足だけで得られる情報にも限りがあると思ったから。
彼女は快諾してくれた。というか、元々安楽椅子探偵を自称していたくらいなので、願ってもない事だったのだろう。
その三人で準備を進めている時に、細雪はやってきた。
「一応、個人的な理由だけじゃないんだよ」
なんだか言い訳がましい言葉になってしまったが、これは本当だ。
「細雪の魔法に関する知識やスキルは僕らよりも遙かに豊富だ。今までそれで僕がなんともなかったのが不思議なくらいなんだけど、今回の件で魔法に関する対策もしといた方がいいってわかったし」
「はあ……うん、そうね。確かにそうよねえ」
なんだかまだ
「よし、決めたわ。今から出てくるあの子の料理が美味しかったら、この場で認めてあげましょう。そうじゃなかったら……もう少しだけ監視させてもらうわ」
博打のようだけど、なんとも凜々しくはっきりとした言葉だった。これがソファに寝転んでの言葉じゃなかったら、もう少し締まっただろうに。
それから少しして、少し離れた台所からも美味しそうな匂いが漂ってきた頃。
「お待たせしました」
細雪が持ってきたのは、極々普通の野菜炒めだった。
野菜炒めと言われて大体の人が思いつくような、そんなオーソドックスと言えばオーソドックス、悪い言い方をすれば没個性なものが、机に並ぶ。
けれど、突出していることがそのまま秀でている事にはならないように、凡庸だから劣っているとは限らないわけで。
「おいしい……」
まといの賭けは敗北に終わり、晴れて新メンバーを迎えた雨乞探偵事務所は、明日オープンするのである。
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