コラプサーと二人
村井篤浩
銀河の下
この頃、ずっと考えていることがある。
深すぎる夜空を見上げていたら、そんな言葉が口から漏れた。千切れた静謐な空気は、君の返答によって完全に霧散する。
「うん」
「この世界は、それはもう凄い速度で拡大し続けている。この瞬間も」
それで? なんて混じり気もなく素直に先を促す、その透き通った声の持ち主は、やはり解っていないのだ。やるせなさのようなものが主成分の、暗澹とした塊が全身を満たす。
「けれど、ぼくたちはあまりにも小さい。ぼくは恐ろしいよ。それに悔しい」
吐き出した諦念の呟きは、上ずっていた。
「大丈夫だよ。ずっと傍にいるから」
「ぼくたちはこれまでも、これからもずっと傍にいられると思ってた」
涙が滲む。天空の星々が光に濡れて溶けていく。
「駄目なんだ。ぼくたちは決して世界の拡がる速度に追いつけない。どれほど手を伸ばしても、世界の果てには辿り着けないんだよ。いまみたいに隣同士で、ずっと一緒のままでいることはできない!」
中継地点を無くしたぼくの魂が、とめどなく流れる。こんな不恰好な姿を、君はどう思うだろう。いや、もうどうでもいい。ぼくがぼくを納得させられるのなら、それでいい。
「人間は、たとえ一緒でも、いつかは――」
「違うったら!」
そんな叫びと同時に、ぼくの頬に何かが触れた。虚空にせめぎあっていた声の余韻が、浸透する。温かい感覚が、視界のピントを落ち着かせる。
銀河の青さに照らされたそれは、手だった。君が小さな手のひらを、ぼくの頬に添えていた。
「違うよ。言ったでしょ、傍にいるって」
どこか遠くで、光が炸裂した。辺りから明るさがゆっくりと失われていく。
ぐちゃぐちゃの感情を通さずに見る君の顔はいつもと変わらず、優しかった。
「……そうだったね」
それからも、君は僕の頬に触れていた。
周囲はもう随分と暗い。闇に目が慣れるほど、君の肌色が鮮やかに見えた。光の潰れる音が響くほど、君の呼吸が明確に聞こえた。死への距離が近づくほどに、温かさが沁みた。
ぼくの行く先に横たわっているのは、この夜の延長ではない。まるで目を閉じたかのような、何もない途切れた世界だ。
人間は、たとえ一緒でも、いつかは一人きりになってしまう。
君は違うと言ったけれど、これは覆らない事実で、どうしようもなく悲しいことだ。
ほんとうは君も知っていたのだろうか。でもそんなことは関係ない。強がりでも嘘でもない、真っ直ぐな瞳を忘れることはない。この手のひらの熱があれば、歩いていける。君を信じられる。ぼくを信じられる。
もうお互いに見えてはいないが、精一杯の笑顔を作り、君の手を握った。
「先に行くよ、ありがとう」
すぐ後ろから、何もかもを飲み込む闇が、轟音が迫ってきている。
この期に及んで、見上げた星々は美しかった。
コラプサーと二人 村井篤浩 @ts-train
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