理系くんと文系さん
名取 雨霧
放課後トーク
第1話 【化学】理系は片思い
「放課後の教室で一人何を黄昏ているの?」
「黄昏てるんじゃなくて、デカンの構造異性体を洗い出してるだけだ」
「ごめん、ぜんっぜん分かんない。ってかノートもう真っ黒じゃない!」
「当たり前だ。全部で75種類あるんだぞ。でもおかしい...一通りだけ足りない」
「そんなことして何が楽しいのやら...私理系の方々の考えてることが全然分からないわ」
その瞬間、彼は立ち上がって私とぐっと距離を詰めた。
「それは聞き捨てならん。分からないのと、分かりたくもないのとは訳が違うのだぞ」
「私高一の理科基礎で断念しちゃったから。力学的エネルギー保存って何?保存して何が面白いの?」
「科学は、見えない世界を見えるようにする手段だ。手段の解明に惹かれる者もいれば、手段の活用に精を出す者もいる」
「うーん、聞けば聞くほど難しそう」
「君はたしか、A組の中谷竜吾が好きだったな」
「なんで知ってんのよ!」
「君はあいつのことを知りたいと思うだろ?それで、いろんなアプローチを仕掛けてきた。休み時間に話しかけたり、教材を貸し借りしたり、はたまたデートに誘ってみたり」
「ねえ...お願いだから音量落として。他の人に聞かれたら社会的に死ぬ。それより本当なんで知ってんの」
「アプローチが成功して彼と近づけたら嬉しいし、失敗したら悲しい。それでもまた別の方法を模索して実践することの繰り返しだろう」
「...結局何が言いたいわけ?」
「君にとっての彼は、科学者にとっての真理なのだ」
半分開いた窓から吹いた風が彼のノートをめくる。数ページ分が文字で埋め尽くされているようだが、いずれもページの右下には大きなバツマークを飾っていた。
「俺たち理系は多分、文系よりもずっと間違える。それでもいろんな方法をとりながら、最後には真理を目指す存在なのだ」
最後まで難しい言葉使いだったが、なんとなく彼の言いたいことが分かったような気がした。
「つまり、理系は片思いし続けてるのね」
彼は珍しく普段見せない笑顔をちらつかせた。堅苦しい表情も少しだけ可愛く見える。
「まあそうとも言えるな」
「あと、さっきのことで気になったんだけど」
「なんだ」
「デカン?だったっけ。私はよく分からないんだけど、炭素が10個並んでるやつだよね」
「そうだ。同じ化学式のものが74種類見つかったのだが、あと一種類がな...」
「デカン自体は書いたの?」
「それだ!!!」
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