どっ……

 決勝戦に相応しいバトルと言えた。


 セッションを3つ終え、互いに3つのギアを使い、ポイントは2対2。


 泣いても笑っても、次のセッションで勝負が、この大会の優勝者が決まる。


「では、ここで一度ピットの中身の順番を変更する時間を取ります。両選手は必要ならギアの順番を入れ替えてください」


 だが、この試合運びだと、ピットの2番以降のギアは実は意味がない。


 次に1番ピットから出すビートルギアで、必ずどちらが勝ち、どちらかが負けるからだ。


「では、第4セッション。両選手、1番ピットからギアを出してください」


 セリカが取り出したのは第1セッションで使ったデュアルコーン・ヘラクレス。

 彼女の最も得意とするスラップシュートを最大限に活かす突進攻撃に特化したギアだ。


 対するユウスケが出したのは、真紅のビートルギア。ギラフィック・スプリンガルド。


 彼は最後のこの局面に、自分が最も信頼を置く相棒とも呼べるギアを据えて来た。


 私はそのギア采配を見ただけで、なぜか胸が熱くなって少し涙ぐんでしまった。


 そうだよねっ! ここはそのギアだ。負けんなよー、ユウスケ!


「ギアチェックは省略します。どちらのギアもチェック済みなので。現在選手とも2ポイント。このセッションに買った方が優勝です」


 会場が水を打ったように静まり返る。

 

「レディー、セット」


 くるん、と肩を回してユウスケが構える。

 すぅーっ、とセリカが右手を振りかぶる。


 私は唾を飲もうとしたが、口の中がカラカラで上手く飲めなかった。


「3! 2! 1! ゴービート!!!」


 ばしいっ!

 コマンダーごと激しく殴打されたヘラクレスが文字通り弾丸となって傷だらけの赤いギアに急迫する。

 だが、その軌道をユウスケは完全に読んでいて、彼のギア操作はその第一撃を回避することに集中していた。

 その目論見は成功したようで、ギラフィックを掠めたヘラクレスはスタジアムの壁に衝突し、跳ね返って大きく体制を崩しながらスタジアム中央に返ってきた。

 ヘラクレスとすれ違ったギラフィックも、反対側の壁を蹴るようにして返って来て、二機の機械昆虫は戦場のど真ん中で激しくぶつかった。


 ばきん!


 甲高い金属音。ギャラリーがどよめく。

「すげー音!」と誰かが感想を漏らした。

 

 二機はそのまま絡んでスタジアム中央でグルグルと回転する。


 よく見ると、ユウスケのギラフィック・スプリンガルドがデュアルコーン・ヘラクレスをその大顎で捉えて、離さないのだ。

 ヘラクレスの推進力は重心バランスが偏った為にそのベクトルを大きく曲げられて、全て回転する力となって両者のギアを振り回していた。


 このままでは埒があかない。

 そう判断したのか、セリカがヘラクレスの突進を僅かに緩めたその瞬間。

 ギラフィックがパッとその顎を開き、ヘラクレスを解放した。

 両者は砲丸投げの球のように左右に分かれて吹っ飛び、殆ど同時にスタジアムの壁にぶつかって、派手にバーストした。


「どっ……」


 ドロー、と私は言いかけた。

 だが、私の頭の冷静な部分は、僅かに、だが確かに、ユウスケのギアの方が一瞬だけ早くバーストしたのを確認していた。


 私は迷った。

 クールなようで親切なユウスケ。

 大人の財力で大会を荒らすディープフォレスト。

 社員の竹中さん。

 ギャラリーの保護者たち。

 サービスカウンター横で目をキラキラさせて抽選券配布を待つキッズ。

 今日のここまでの、全ての試合の、激闘の数々。


 一秒に満たない間に、様々な物が私の中を電撃のように駆け抜ける。

 私はそれに打ちのめされ、混乱した。


 だが、私は審判だ。

 ジャッジを、判定を下さなければならない。


「ビートルバースト! 僅かですが、ユウスケ選手のギアが先にバーストしました。よってセリカ選手が2ポイント獲得。優勝は、セリカ選手!」


 地鳴りのような歓声と絶叫が会場を包む。


 だけど私にはその熱狂も、どこか遠くに聞こえた。

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