サエコの審判

木船田ヒロマル

もう一度言ってもらっていいですか?


「……と、言うわけだ。何か質問はある?」

「……もう一度言ってもらっていいですか?」


 社員の竹中さんの問い掛けに、私は申し訳なさそうにしがら、しかしはっきりそう返した。

 玩具専門店ジャッカル。そのアルバイトの初日だ。


「分かった。少し早口だったかな。もう一度言おう」

 七三眼鏡の背の高い男性社員は、咳払いを一つすると、もう一度今日の玩具がんぐイベントの説明を始めた。


「今日、君にやってもらいたいのは、今、大人気のホビー玩具がんぐ、『ビートルギア』の公式トーナメント大会の審判兼司会者だ」

「はい」

「ビートルギアは、内臓バッテリーで動くメカ昆虫型の組み立て対戦型ホビーキットで、大きく五つのパーツで成り立っている」

「はい」

「ボディを構成する金属製の『スケルトンフレーム』、攻撃用の武装パーツである『アームドヘッド』、バッテリーやギアボックス、モーターからなる『ビートルコア』、足回りの駆動パーツである『モバイルモジュール』、そしてギアをコントロールする充電器兼リモコンである『ビートルコマンダー』だ。ここまではいいかな?」

「はい」

「バトルは3ポイント制。試合前にはお願いしますと挨拶し、使用するギアを交換して一回バラし、組み立て直して相手に返す。不正なパーツが使われていたり、パーツを接着したりしていないか確認するためだ。ギアが戻って来たら、自分のギアの組み上がりをそれぞれ自分で確認してもらってくれ。後で文句言われたらややこしいからね。それがすんだら、コマンダーにギアをセットして『レディ・セット』の合図で専用スタジアムのパドックと呼ばれるスタート位置に。ジャッジの『スリー、ツー、ワン、ゴービート』の合図で各々おのおののギアを発進させる」

「はい」

「ポイントの取り方は三つ。相手をスタジアムから押し出す『スタジアムアウト』、相手をひっくり返してジャッジの3カウントの間その状態を保つ『アップサイドダウン』、相手に一定以上のダメージを与え、ギアをバラバラにクラッシュさせる『ビートルバースト』」

「ビートルバースト」

「スタジアムアウトとアップサイドダウンは1ポイント、ビートルバーストは2ポイント、先に3ポイント先取した選手が次々の試合に進む」

「先取した選手」

「試合後の『ありがとうございました』の挨拶を忘れるな。二機が同時にスタジアムアウトやビートルバーストした場合はドローとなり、双方に加点しないままリスタートする。また、膠着状態で動かなくなったまま10カウント経過した場合もドローだ。それから試合開始の時、パドックに引っかかったり、誤って後退していきなりスタジアムアウトしてしまった場合はスタートミスとなる。一つの試合の間に二回スタートミスすると相手に1ポイント入ってしまう。それから、対戦相手同士のギアが被った場合。つまり全く同じギアだった場合はこの赤と青のドットシールをコアスケルトンの目立つ位置に貼るんだ。片方だけに貼って重量が変わると試合に影響するかも知れないから、必ず二機ともに貼るんだよ」

「はい」

「トーナメントは16名の枠で、枠順はクジ引きで決まる。決勝、準決勝、三位決定戦の四つの試合についてはこの春からの新ルールで、スリーオンスリーでのバトルとなる」

「スリーオンスリー」

「予め、この三つのピットがあるギアネストに三つのギアを入れ、一試合毎に次々にギアを交換しながら戦うんだ」


 竹中さんは、SFに出てくる格納庫のようなデザインの、三つのフタがついたケースを示した。フタには大きく「1」「2」「3」と数字が書かれている。


「ドローの時は同じギア同士で再戦。第3ピットのギアまで使ってまだ勝負が着かなかった時は、一度ピットの中身の順番を入れ替えてもいい。そしてまた第1ピットから出したギアで試合を続ける。この3機のギアには同じパーツが入っていてはダメだ。極端な話、3機とも全部ウィニングカブトミーとかはダメってこと」

「はい」

「スリーオンスリーが必要な試合まで上がったのにギアを1個しか持ってないお子さんがいたら、一応運営で用意してるレンタルビートルを貸し出せる」

「レンタルビートル」

「一世代前のソニックカブトミーとライジングミヤマだからそんなに強くないけどね。一応昨日の内に新しい電池にはして、稼動は確認してる」

「はい」

「試合参加の16名には参加賞のビートルポイントが。優勝、準優勝、三位、四位までは入賞ビートルポイントが。優勝、準優勝、三位までにはポイントに加え、更にレアな非売品パーツが賞品として授与される。優勝はエタニティヘラクレスのアームドヘッド・ゴールドバージョン、準優勝はゴライアス・スケルトンフレームのゴールドバージョン、三位にはモバイルモジュールのパソドブレ・ゴールドバージョンが賞品だ」

「ビートルポイント?」

「ビートルポイントはビートルギアシリーズ商品についてるQRコードを公式アプリに読み込むことで貯められるポイントで、3000ポイント毎にアプリ内のチャレンジゲームに参加できる。チャレンジゲームをクリアすると、非売品であるレアビートルギア、『ムラマサ邪神バージョン』がもらえる」

「邪神バージョン」

「ちなみに優勝すると8000ポイント、準優勝が5000ポイント、三位が3000ポイントで四位が1000ポイント、参加賞は500ポイントだ」

「はい」

「10時半から、サービスカウンターで参加抽選券を配布する。10時45分に締め切って、今度はイベントスペースに移動して抽選が始まる。参加抽選券はミシン目で分割できるようになっていて、切り離した小さい方がそのままクジになる。抽選券には連番が振られてるから、抽選券の番号順に並んでもらって、自分でクジを抽選箱に入れてもらうんだ。こちらで不正操作ができないようにね。これが抽選券で、これが抽選箱」

「はい」

「全員が入れ終わったら抽選を始める。引いたクジの番号を読み上げて、その番号のお子さんに来てもらい、今度は参加番号券と、参加賞のビートルポイントカードを渡す。参加番号券の番号は、このトーナメント表の枠番と同期してるから、該当の番号の枠にお子さんの名前を書いてゆく。枠番は左から順じゃなくて飛び飛びになってるから、よく見て間違えないように。それからフルネームで書くと個人情報保護法に抵触する恐れがあり、運営や表の管理が面倒になる。お子さんの名前は、カタカナで下の名前だけ書くんだ。いいね」

「はい」

「それとこの写真のギアは『殿堂入りギア』として公式試合には使えない。デスサイズマンティスとヒュージスコルピオ」

「ヒュージスコルピオ」

「後は自信を持って大きな声で。ギリギリで迷うような微妙な場合はすぐ『ドロー!』と宣言していい」

「はい」

「これがマニュアルね、迷ったら読んで。あと最近は割と保護者さんたちが熱心だったりして、進行がグダッたりジャッジがミスジャッジだったりすると炎上するから。他店で酷いクレームになってエリアマネージャーが謝りに行った例がある」

「炎上」

「何かあったら011に内線して。これ店内内線用のPHSね。司会中は切っといて、ピンチになったら電源入れて011。じゃないと司会や試合中に鳴っちゃうし」

「分かりました」

「……と、言うわけだ。何か質問ある?」

「これ……私一人でやるんですか?」

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