#482 コンバート記念・事務所対抗大会⑧

「なるほど、それは面白いな」

「それじゃあ!」


 当初は単純に言動で気を散らす作戦にでたキャシーだが、向井があまりにも無反応だったことから直接交渉に出て…………その結果、見事に披露した『ネタの面白さに応じて手心を加えてもらう』権利を勝ち取った。


「しかしその前に、一度仕切り直してもらう」

「え!?」


 それまで手を抜くような立ち回りをしていた向井が、その瞬間から本気でキルをとる動きに切り替えてきた。


「くそっ!? あたら……」

「やっぱり、手を抜いていやがったな」

「後続がお待ちだ。時間もちょうど良いことだし、今度は5人フルパーティーで挑むといい」


 残り時間はもうすぐ15分前になろうとしており、ボス部屋の前にはFSLが待機している。


「あいつら…………入ってくればいいのに」

「1つ言っておこう」

「「??」」


 次々と前衛が敗れ、ついに向井の剣が後衛に向けられる。もちろん蘇生魔法で倒れた仲間を生き返らせる事も可能だが、この手の魔法はクールタイムが長めに設定されており、立て続けにキルされると追いつかなくなる。


「弱体化には幾つか条件がある。太陽石のギミックは気づいたようだが、それ以外にも幾つかある。まぁ、時間はあまりないだろうが、考えてみるといい」

「あぁ…………そう言う事か」


 次々と仲間が倒れていく中で、向井が示唆した条件の1つに気づく。


 ボス部屋は別空間となっているのだが、待機部屋に設置された"ギミック"で大雑把な状況を確認できる。FSLはソレで『他チームが挑戦中である』ことを知ったわけだが…………そのギミックはボス部屋内にも設置されており、待機しているチームの有無も確認できる。


 そしてこのイベントの"主役"はあくまで4チームであり、向井は持て成す側。そのため平等に挑戦の機会と見せ場が回るように、待機チームの数や、その挑戦回数に応じて難易度というか…………持ち時間を決めていたのだ。そのため挑戦回数ゼロのFSLが来た事で3チームにそれまでかかっていた難易度緩和措置が無くなったのだ。そしてそれ以前の挑戦でも、これと同様の対応がなされていた。


「おまたせしたね。それで…………地下に隠した宝物は、手に入れられたかな?」

「チッ! 白々しい」

「あんなの、反則だろ!!」


 合同チームが消失するやいなや、FSLがボス部屋に入ってくる。しかし彼らの機嫌は悪く、アイドルとしては相応しくない言動を見せてしまう。


「強力なアイテムには、それに見合った難易度の試練が用意される。それをクリアできなかったのならば…………君たちにはソレを手にする資格が無かったと言う事だ」

「バカにしやがって! 俺たちだって……」

「よせ、時間が惜しい」

「おっと、すまない」


 宝物庫には確かにチートアイテムがあった。しかし慎重にすすめていたFSLは、宝物庫の難易度を見誤ってしまった。それまでも挑戦する機会はあったが、決断したのは30分前。もう少し前から挑んでいれば、あるいは他チームと合同で挑戦していれば、15分でクリア出来ていただろう。


「今だから言ってしまうが……」

「「??」」

「待機所に未挑戦のプレイヤーが居るかどうかでも難易度は変化する。君たちは未挑戦だったので前の挑戦者を即座に処理させてもらったが……」

「だから何だよ!?」

「今なら充分、難易度は下がっているので安心してくれ」

「あっそ」


 くだらない話とばかりに吐き捨てるFSL。しかしこれを言う意味は、向井側にあった。この難易度変化は明確な発動条件があるものの、その条件が理解できないと見方によっては特定のチームに忖度する、つまり八百長に見えてしまう恐れがある。


「チートアイテムこそ手に入らなかったが、それでもスキルは軒並みレベル10だ!」

「他のチームには悪いが…………"削り"殺させてもらうぜ!!」

「行くぞ!」

「「応っ!!」」


 これまでの戦いで向井の体力は半分以下まで減少していた。合同チームと比べれば人数で劣るものの、難易度は最低ラインまでおちており、なおかつ同士討ちの関係で少人数パーティーにも利点はある。


「なるほど、これなら…………いけそうだ!」

「油断するな! 体力がレッドゾーンに入ってからが本番だ!!」

「おう、分かってるって」


 クリーンヒットこそ取れないものの、スキル攻撃の追加ダメージで向井の体力はジワジワ削れていく。その減少量は僅かだが、15分もあれば……。


「手堅い立ち回りだな。では、これはどうかな?」

「「!!??」」


 向井に張り付く前衛の体力が勝手に回復していく。これは他チームにも見せた全体自動回復であり、その対象は向井も含まれる。


「悪いが回復させてもらう。こんな地味な削り攻撃で大会が終わっても、つまらないからな」

「ぐっ、これじゃあ……」


 難易度こそ変わらないが…………向井は最初から『地味な削り攻撃で勝とうとするチームがでてくる』事を想定していた。そのための全体自動回復であり、これにより現在のペースでは倒しきれなくなってしまう。


「いいじゃないですか、カムイさん!」

「え?」

「全力でぶつかって、向井さんを正面から超えましょう! 私たちの力を合わせれば、何よりカムイさんの実力があれば、出来るはずです!!」


 カムイを持ち上げるのはヨゾラ。この展開は彼女のみならず、カムイのファンが強く望む『理想の展開』なのだが…………彼女自身は、実のところカムイを信じているわけでもなければ、そもそも勝てるとも思っていない。


「たしかに、この難易度なら……」

「そうだな! やろうぜ、カムイ!!」


 何を隠そう、削り技に徹する作戦を考えたのはカムイだ。チートアイテムがあったのなら話も変わっただろうが、現状装備ではこの作戦が『唯一の勝ち筋』だと思われた。しかし15分前の難易度は予想よりも優しく、『慎重すぎた』ことに気づいたのだ。


「どの道、今の作戦では時間切れです! それに、もし隙をつかれても、また挑戦すれば!!」

「そ、そうだな! やろう! 俺たちなら…………いや、俺を! この御剣神威を信じろ!!」

「「おぉ!!」


 難易度低下の恩恵はカムイも感じており、1度は宝物庫で挫けた心も、ここに来て持ち直していた。




 意気揚々と構え直すカムイは…………視界端で、松明の色が変化するのを見た。


「肉を切らせてでも攻める姿勢は良いが…………骨まで見せるのはどうかと思うぞ」


 先陣を切るカムイのクビが光となって消えた。

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