#429 侵攻イベント⑤

「ウッス! 自分はヘアーズで勇者候補をやらせてもらってる熊田薫ッス。忍者マスターさん、よろしくッス」

「どうも熊田薫さん、忍者マスターです」


 屋根の上で実力者がお辞儀をする。これから命のやり取りをせんとする時でも礼儀は欠かさない。


「それじゃあ、行くっすよ!!」

「お手柔らかに!」


 暗器使いの忍者マスターに対し、熊田薫は杖術で挑む。


 魔力を纏う忍者の拳が杖を弾き、手裏剣がスタミナ回復の隙をつく。


 飛び交う手裏剣を杖で弾き、軽さを活かした乱れ突きで忍者の体勢を崩していく。


「流石は魔王っすね! まだ"修羅"の段階で、それだけできるとは……」


 忍者マスターの種族は『修羅』。人でありながら人を捨てたCルート系の人族で、魔法関係のステータスを犠牲にすることで高い物理ステータスを得た種族となる。


「いやいや、熊田さんも、なかなかのウデマエでござるよ。人の身で、ここまで戦えるとは」


 Cルート系種族は、様々なものを犠牲にする事で高いステータスを得ており、1対1の戦いではCルート種族が有利となる。


 押されているとは言え、1人で忍者マスターを足止めしている熊田薫は、勇者候補としての実力を充分備えていると言えるだろう。


「やっと、追いついたぞ!」

「忍者マスター! お前の好きにはさせない!!」


 高所への移動スキルを持たない者たちが、遅れて屋根に上がり挟撃の形を作る。


 ステータスに勝るCルート種族だが、勝っているのは純粋なステータスでの話。逆にLルート種族は補助スキルによりパーティー全体にバフ効果を発動できる。つまり、カスタマイズで不足分を補えるのだ。Cルート種族はその点、対応するバフスキルが少なく、選択肢は極めて少ない。


 つまり、特化型のCルートに対し、Lルートは連携と柔軟性で対抗する構図となっている。


「おぉ、これはジリープアーでござるな」

「観念するっすよ!」

「ともあれ、コチラも素直にヤラれる訳にもいかないので、ござるよ!」


 屋根を降り、他のヘアーズやNPCがひしめく裏路地に降り立つ忍者マスターだが…………いくら数を集めたところで、彼を止められるだけの実力者が居なければ、意味は無い。





「不味いな。そろそろ、タイタンが動き出す」

「そうですね。そろそろ決着をつけないと」


 侵攻イベントは、タイムリミットとして巨人や王国軍が突入するイベントが発生する。つまり、それまでにカタがつかないと"引き分け"となってしまうのだ。


「そこだ!」

「甘い!」


 回転する鎌の攻撃を、器用に両手剣で受け止め、そのまま相手を弾き飛ばす。そこにはステータスと、純粋な実力の差があった。


「面白い戦法だが、慣れてしまえば何とかなるな」

「まったく、両手剣なのに、全然隙が無いんでやんの」


 L&Cはリアル志向であり、盾を装備しなくとも、武器をそのまま防御に活用できる。もちろん、そこに盾スキルや盾用エンチャントなどの効果を付与する事は出来ないが…………技量さえあれば、攻撃特化の装備構成でもダメージを抑える立ち回りが可能となる。


「SK! 今は1人で戦っているんじゃないんだから、勝つことを考えて!!」

「そうだけど、なかなかそうもなぁ……」

「悪いけど~、私には、期待しないでね~」


 相手はクレナイだけではない。クレナイをフォローする3人。そのうち2人は峰子が抑えているが、残る1人はナツキが1人で抑えていた。


 加えて、他の参加者やNPCの動きも注意する必要があり、お互い、なかなか目の前の戦いに専念できないのが現状であった。


「SKお姉ちゃん!」

「ん? よし、それでいくか!」


 包囲網を突破してきたオークを加え、3対1でクレナイに仕掛ける。


「いい判断だ。しかし!」

「「なっ!!」」

「その程度のモブでは、数にならないぞ」


 襲い掛かるオークに背中を押し付け、その状態で戦うクレナイ。


 当然、オークは張り付いたクレナイを攻撃するが、それも躱され、自身の腹を攻撃してしまう。


「それなら!」


 襲い掛かる兵士を足蹴にして、高く飛ぶSK。彼女は気分屋であり、ノッてくるとアクロバティックな動きを多用する。


「やはり、面白いな。キミ! ヘアーズに入らないか!?」

「へっ! 悪いが徒党は性に合わないんだ」

「そうか、ならば…………殺すしか、ないな!」

「上等!!」


 飛びかかるSKの鎌を、クレナイが力任せにはじき返す。しかしSKも、即座に体勢を立て直し、追撃に移る。


「もう、皆、若いわね~」

「くそっ! さっきからノラリクラリと……」


 クレナイの戦いを横目で見ながら、峰子が余裕の表情を見せる。


「さて、それじゃあ仕上げに行きましょうか?」

「何をするつもりだ!」

「何って、やる事なんて決まっているじゃない?」


 振り返り、防衛ラインを守っているNPCに攻撃を仕掛ける峰子。侵攻イベントの勝利条件は、あくまで村の占拠であり、『指揮官NPCを倒す』ことになるが、それはPCだけでなくNPCでもよいのだ。


「くそっ! 卑怯だぞ!!」

「あら、誉め言葉として、受け取っておくわ~」

「ちょっ! 今いいトコなのに!!」


 崩壊した部分から、次々とPCやNPCが雪崩れ込んでくる。こうなると、それまで実力の問題でヘアーズに仕掛けてこなかったPCも、漁夫の利とばかりにヘアーズを襲う。


「残念ながら時間切れの、ようだな」

「逃げるのか!?」

「中途半端になってしまって悪いね。しかし今は、お互い育成途中。キミも、カンストしたアバターで戦いたかっただろ?」


 そう、SKたちは転生後のレベリングが間に合っておらず、打ち負けていたのはステータス不足が大きかった。


「それじゃあ、次の侵攻イベントでは……」

「残念!」

「「!?」」

「その頃には俺は"勇者"になっている。対等な勝負がしたいなら、"魔王"になるしかないぞ!」

「ハハハッ! 上等だ!!」


 しかしSKの実力では、魔王の座は遥かに遠い。


 しかし、MMORPGには元より、目標は合っても"終わり"は無い。果てなき挑戦の日々は、まだまだ続く。




 こうして、侵攻イベントはLルートの参加者不足により、魔人軍が勝ち越す形で終わった。

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