#416 闘技場実装初日⑤

「セイン選手、トワキン組が待ち構えるキルゾーンに足を踏み入れてしまうぞ!!」

「トワキン組は、連携して矢筒を回収し、狙撃班に矢を供給しているようです。簡単に"弾切れ"とはならないでしょう」


 大小の岩山に囲まれた街道を、セインが堂々と通過し、道すがらに配置してあるアイテムを回収していく。岩山の上に、弓を構えた無数の影が見え隠れしているが…………セインにそれらを警戒する素振りは無い。


「今! 一斉に矢が放たれます!!」

「おっと、当たらない! 矢が1本たりとも当たりません!!」

「セイン選手、降り注ぐ矢の雨を気に掛ける事なく、普通にアイテムを回収していますね」


 降り注いだ矢が、足跡をなぞる様に地面を射貫く。その光景をセインは、当然の様に見流し、同じ速度で悠長に探索を進める。


「これは、どういう事でしょう? コンシューマ版のL&Cは、たしか命中補正がかなり高いんですよね??」

「いや、これはシステムの穴をついたファインプレーです! 確かにドリッチなどからログインすれば……。……!!」


 確かにドリッチなどからログインすれば通常よりも高い補正を受けられる。しかし、その補正は相手に向かって軌道をかえる"ホーミング"ではなく『まっすぐターゲットに向かって飛んでいく』と言う単純なもの。更に演算解像度の問題から、長距離での偏差射撃は補正が乗らない分、精度はパソコン版に劣る構造的な落とし穴になっていた。


「つまり、コンシューマ版の遠距離偏差射撃は死んでいるって事ですか?」

「あくまで補正頼みの通常ビルドでは、精密な偏差が出来ないだけです。スキル構成を弓に特化すれば普通にいけます」

「あぁ、言われてみれば確かに。そもそもサブで持ち込んだ弓が百発百中になるって時点でバグなんですよ」

「そう言う事です」


 観衆がセインの戦略に感心し、静かな歓声が会場に満ちる。


「おっと、セイン選手、ここでまさかの反撃です!!」

「ドロップしたボウガンで、見事! 狙撃手の頭を撃ち抜きました!!」

「セインが遠距離武器を使った記録は、知る限りありませんでしたが…………まさか弓まで使えたとは、驚きですね!?」

「いや、それは違います」

「え、そうですか?」

「ランカーともなれば、相手が使ってくる武器を熟知していて当然。実戦で使わなくとも、対策のために極めていて不思議は無い、いや、むしろ必須と言っても過言ではないでしょう」

「たしかに! これは盲点でした」


 画面には、迂闊に足を止めて狙撃を試みるトワキン組を、歩きながら華麗に狙撃し返すセインの姿があった。





「残り人数は…………64人か」


 システム画面に表示される残り人数を確認する。キル数から逆算すると計算が合わなくなるので、何人かは普通にサバイバルバトルに挑戦しているのだろう。


「しかし、公平とはほど遠いデザインだな……」


 俺は岩場を越え、マップ中央の遺跡エリアに来ていた。この場所は障害物が多く、全方位から集中砲火を受ける心配はない。代わりに、民家などの完全に壁に囲まれた場所が無いので、装備の強化はリスクが伴う。しかし、俺の装備は既にカンスト済み。どうやら、ソロで探索する分には余裕で強化カンストできるくらいのバランスになっている様だ。


「もらった!」

「そうか」


 壁の上から長剣使いが振ってきたが、特別何もなく、普通に回避して、普通にキルした。そして先ほどから、行く先々で同じような奇襲を受ける。まず間違いなく、中継画面から俺の場所をトワキン組に伝えている者がいるのだろう。


 殲滅戦なので相手が勝手に来てくれるのは有難いが、公平か不公平かで言えば、間違いなく後者であり、何と言ったらいいか…………ゲームの完成度はお世辞にも"高い"とは言えない。じゃあ『中継を禁止すればイイのでは?』と思うかもしれないが、今のご時世、リアルタイム配信などでプロゲーマーになる人も多く、そこまで行かなくとも外部ツールで連携をとられるとゲーム内だけでは規制のしようが無い。つまりイタチごっこであり、ある程度割り切ってプレイするしかないのだ。


「は~ぃ、自称対人最強さん、いらっしゃ~ぃ」

「ハハハ! 残念でした。気持ちよくキルして進んできたようだけど、実はキルゾーンにおびき寄せられていただけなんだよな~」

「マジでウケる! あんなザコをキルして勝ったつもりかよ!?」


 開けた場所に出ると、そこには20ほどのPCが待ち構えていた。


「対人最強なんて、名乗った覚えはないんだが」


 煽り文句にイチイチ反論しても無駄なのは分かっているが、放置してもそれはそれでウザいのは変わらない。まぁギャラリーも居る事なので、最低限は返しておく。


「コイてんじゃねぇよ! 俺はお前みたいにモテるヤツが大っ嫌いなんだ!!」

「お、おぉ……」

「遠距離狙撃は失敗したが、近接戦なら後れを取る事は無い!」

「これからは、俺たちの時代だ!!」

「そうか、頑張ってくれ」


 俺の目標はあくまで"聖戦"であり、今後闘技場に通う予定はない。でもまぁ、来なくなった俺に対してコイツラは、逃げたの何のと吹聴してまわるのだろう。


 それはさて置き運営は、闘技場が公平でないことを理解している。しかし、L&Cは元より"完全な公平"を目指していない。闘技場はあくまで『エンドコンテンツの1つで、転生カンストしてから楽しんでください』と言うスタンスなのだ。


 むしろ運営は、作為的にトワキン組がしばらく有利になるよう"配慮"している。そうでもしないと追っかけでL&Cに参戦したトワキン組が、L&C内の様々なコンテンツで無印組の完全下位互換になってしまう。そんな状況で、はたして小学生や中学生のユーザーが楽しくL&Cをプレイできるだろうか?


「チッ! つまらねぇヤツ」

「マジで、デフォルトスキンとか見ているだけで気持ち悪いんだよね。もう、死んでいいよ」


 矢が降り注ぎ、それを追うように剣の波が押し寄せる。


「若いな」

「言ってろ!!」


 我武者羅な突撃。仲間内での協力プレイの経験はあるのだろうが、オンラインでの大規模戦闘の立ち回りがまるで理解できていない。それはあまりにも拙く、初々しかった。


「ほら! そんなに密集したら、長物は振れないだろ! 射撃も、ちゃんとタイミングを合わせろ!!」

「説教たれてんじゃねぇ!!」

「くらえ!!」

「剣筋が、甘い!!」


 1人、また1人とキルを重ねていく。こんな弱い者苛めみたいなマネ、俺としても不本意だが…………それでもL&Cをプレイするユーザーの1人として、誹謗中傷の意味や、『何が悪いのか』すら理解していない子供を調子づかせる事は看過できない。


「くそっ! なんで当たらねぇんだ!!」

「マジでチートだろ、クソ! クソ! マジでウザいんですけど!!?」

「もぉぉぉぉ、当たってよぉ!!」


 煽る声が僅かに振るえ、語彙力も低下していく。これほど罪悪感を覚える相手も久しぶりだ。


「まずは、脚運びと、剣筋を整える訓練をしろ。お前たちの戦い方は、レベル頼み過ぎる」

「うるせぇバカ!! どうせ100万くらいするゲーミングパソコン、使ってるんだろ!!?」

「…………」

「クソッ! こっちはお母さんに頼み込んで、やっと買ってもらったんだぞ! 気持ちよく、勝たせてくれよ!!」

「……………………」

「なんで! そんなに! 強いんだよ! クソ! クソ! くっそぉ!!」

「強くなりたいか?」

「「はぁ!?」」

「それなら、自由連合を訪ねるといい」

「いきなり、何の話だよ!?」

「ただし、それは心と気持ちを切り替えてからだ」


 人の首が乱れ飛ぶ。


 これは、当然の結果であり、予想された結末だ。しかし彼らにとってココは、まだ分岐点に過ぎない。


 こうして俺は、キル数を稼ぎ、サバイバルバトルを制した。





「おっと、ここでセイン選手、確定基準までポイントを入手しました!!」

「予想通りの結果でしたが、それでも見ていて勉強になる立ち回りでしたね。流石です」


 控室が歓声に包まれる。人数差をものともせず、真正面から勝利を勝ち取る。それは正しく彼、セインの戦い方であった。


「ここで、セイン選手のリザルトが表示されます」

「相変わらず、まったくプロフィールを入力していませんね」


 セインは有名PCではあるものの、Cルート攻略者である事もあって露出は少なく、連絡先などの情報を知る者は殆どいない。勝利者のスコアボードにも、アバターネームや所属ギルドなどの項目は空白のままで、IDなどの初期基本情報のみが表示されていた。


「ちょっと待ってください! このIDは……」

「なぁ!? 何と言う事でしょう! このIDは!!」


 アバターごとにランダムで設定されるID。しかし、それは完全なランダムではなく、様々な基本情報が読み解ける。制作日、アバターの性別、更にはログイン端末の記載もある。


「セイン選手! なんと、ドリッチからのログインです!!」

「し、信じられません。あの動きを、一番基本スペックの低い、ドリッチでやっていたなんて……」




 困惑に包まれる控室。しかし、当の本人は姿を表すことなく、試合は多くの謎を残す形に終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る