#356(8週目火曜日・夜・K2)

『 …どうみても普通の狩りだな』

『了解。引き続き距離を維持しながら監視を続けよう』


 あれからほどなくして、俺たちはセインを発見。そのままいつものように3班に分かれ、充分な距離をとりつつ監視にあたっている。


「しかし、セインが1人なのが気になるな。にゃんころ仮面の目撃情報はないのか? あれこそ目立つ外見なんだが…」

「無いみたいだな。まぁ、セインのPTは全員ソロ仕様のビルドだって聞くし、普通に別行動なんじゃね?」

「だと、いいんだが…」


 我ながら考えすぎだと思うが、見えていない戦力に恐怖を感じてしまう。


 にゃんころ仮面1人でも俺たちを各個撃破するのは可能で、俺がもし逆の立場なら間違いなくそうするだろう。


 まぁ、相手が俺たちの行動を事前に察知した上で、的確な場所ににゃんころ仮面を退避させていないといけないので…、限りなく不可能に近い行動なのだが…。


「そんな顔するなって。そもそも、セインがその気なら、回りくどい作戦なんて使わず、普通に正面から俺たちを叩き潰せるから」

「あ、あぁ…」


 情けない話だが、その通りだ。


「とは言え…、こんな過疎地で転生前の追い込みも変な話だ。別に特別なドロップがあるわけでもないのに…」

「おい、せっかく安心しかけてたのに、不安にさせるなよな!」


 結局、1番の問題はセインの性格や目的が把握できていないところにある。いっそ、話しかけて何をしているのか聞きたいところだが…、目的はあくまで監視。余計なことをして失敗、さらには責任を取らされても嫌なので、ここは大人しく監視に徹する。




 そうこうしていると、見慣れないPCがセインの方へと向かっていく。


「本当にやると思うか?」

「どうだろう? まぁ、目的はPKだって言うなら、セインがソロな理由に説明はつくけど」


 C値は、PTであっても分配されない。キルをとったPCの総取りなのに対して、犯罪判定はPTで共有される。それでも大抵は少数PTでC値稼ぎをするものだが…、セインクラスの実力ともなれば1対多でも充分勝機がある。


 そもそも、セインは魔人陣営であり、今さら指名手配を気にする必要はない。一応、指名手配すれば中立の街での活動を制限できるが…、魔人の街では問題なく活動できるので、あまり意味は無い。


「しかし、にゃんころ仮面はともかく、監視のために妹グループくらいなら手伝わせても良さそうなものだが…」

「まぁ、普通そうだよな。あるいは…、気づいていないだけでその辺のケアはちゃんとやっている可能性も…」


 とは言え、セインも出来れば指名手配されたくはないだろう。普通監視役は一緒に行動するものだが、中には大きく距離をとり、PCの移動経路などをもとに監視する方法もある。まぁ、面倒なので普通やらないが…。


「他の連中は、バレないように遠巻きに配置しているってか?」

「可能性は充分あると思うぞ? あとはそうだなあ…、監視されていることはとっくに気づいていて、あえて放置しているとか?」

「いや、泳がしたって時間の無駄だろ? それとも、わざと犯行を見せようとしているとでも言うのか?」

「そうだな…、変に交戦になって応援を呼ばれても面倒だから、あえて犯行を見せて、慌てて帰るところを襲う作戦なのかも」

「ちょ、それ! お前はもう死んでいる状態じゃねぇか!!」

「それもそうだが、今、最悪のパターンを思いついた」

「はぁえ!?」


 俺たちはあくまで秘密部隊で、見た目からは自警団の関係者だとは分からない。しかし、下手に変装していない分、顔がわれていた時はお手上げだ。キルされた上『自警団が敵対行動をとった』と見なされてしまう。そうなれば最悪、三つ巴の組織抗争だ。


 ただでさえ自警団はBLの事で、多くのC√PCに恨まれているのに、この上セインまで敵にまわしてしまえば…、多くのPCが転生を済ませた近い将来、自警団を必要に狙う"自警団狩り"がはじまってしまう。そうなれば、秘密部隊の俺たちもタダでは済まないだろう。


 団長からしてみれば『セインが犯罪者である証拠』さえ押さえればそれでいいと考えているのだろうが…、指名手配するのは絶対に自警団であってはならない。そうなれば、未来の自警団の"存続"はない。


「 …てことだ!」

「それ、マズいなんてもんじゃぁねえぞ! すぐに撤退しよう! 今ならまだ間に合う!!」


 慌てて他の班に撤退を進言する。考えすぎかもしれないが、それでもセインの犯行現場を目撃してしまっては終わり。とにかく見る前に撤退して、もし襲われたら、ログでも何でも見せて『通りがかっただけ。何も見ていない』と弁明するしかない。




『よし! 命令違反にはなるが、なにも見なかったってことで撤退しよう!!』

『『了解!!』』


「あれ~。せっかくのチャンスだって言うのに、何処に行くんですか~?」

「「!!?」」


 そこに突如現れた女性PC。彼女の名は…。


「え? ミーファちゃん、なんでココに??」

「何でも何も、タレコミがあったの、私の放送ですよ? 見に来たに決まってるじゃないですか~」


 マズい! 彼女はセインと因縁があり、指名手配のチャンスを見逃すなんてこと、絶対にしない人物だ。


『おいチャーリー、そっちは撤退できたのか?』

『すまん、それどころじゃ!!』


「あれれぇ~、あそこに居るのはセインじゃないですか~。あ! しかも、見るからに初心者っぽい人が近づいていきますね~」


『どうした! にゃんころ仮面でも出たか!?』


 オーバーアクションをとりながら、ミーファがセインの方へ近づいていく。流石に姿をさらす気は無いだろうが、完全に『あわよくば自分がセインを指名手配してやろう』としている動きだ。


 ミーファが『セインのセクハラ疑惑を流した真犯人』だと言う噂は、自警団では有名な話だ。他にも『EDに情報を流していた』とか黒い噂の絶えない女で、結果的に幹部の地位を追われて部署移動島流しにあっている。


 俺たちが今この場を去っても、ミーファなら生放送で大々的にセインを晒し者にしかねない。そんな事になれば自警団はお終いだ。


「ちょ、待ってミーファちゃん!!」

「くそ、取り押さえるぞ!!」

「おう!!」

「あれ~、怖い顔して、どうしたんですか~? まさか、私の邪魔をするわけ、ないですよねぇ~」

「「ぐっ!!」」


 にゃんころ仮面たちが潜んでいるのは、あくまで俺たちの憶測でしかない。対して『セインの犯行現場を目撃する』のは本来の目的であり、この状況で咎められるのは、むしろ俺たちなのだ。


「マズいぞ、時間が!!」


 しかし、時間は待ってくれない。悩んでいる間にもミーファは怖い物知らずで、ずけずけと近づいていく。


「とにかく止めるぞ!!」

「お、おぉ!」


「あ! 今の見ました!!?」

「「へぇ??」」


 ミーファに気をとられている隙に、ついにセインが犯行におよんでしまった。


 見ればそこに居たはずの初心者はおらず、かわりに淡い光が霧散していくのが見える。


「くそっ! 手遅れだったか!?」

「と、とにかく、今は全力で逃げようぜ!」

「あぁ、そうだな。まだ逃げ切れる可能性が残っている。近くの安全地帯は使わずに、全力で遠回りして帰ろう!!」


 それから、ニヤニヤと無責任な笑みを浮かべるミーファを無視して、俺たちは一目散に、その場を離れた。




 迂回が功を奏したのか、にゃんころ仮面たちには会わずに済んだが…、今頃、ミーファはバカ丸出しでセインを指名手配しているか、キルされている事だろう。


 その後、案の定セインは、正式に迷惑PCとして自警団の優先目標に認定された。

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