#352(8週目火曜日・午後・セイン)
「おい、あれ、セインじゃないか?」
「はぁ? んなわけ無いだろ。ここは思いっきりL√の勢力圏だぞ」
昼、俺は1人で王都近辺のイベントエリアをまわっていた。
「ただのコスプレじゃね? 顔は隠してないんだし、誰かBLで確かめてみろよ」
「わりぃ、役に立たないんでBL起動してなかったわ」
「俺も…」
いつもならギルドホームでスバルたちと戯れている時間だが、今日は勝負の結果発表を全員が集まる夕方にする事になり、成果だけ提出して早々に解散した。
まぁ、もしかしたらズルして、夕方までコッソリ金策を続けるヤツもいるかもしれないが…、したらしたで咎めるつもりは無い。バレなければナントやら。C√PCは、それくらいシタタカでなければやっていけない…、事も無いが、シタタカであることは間違いなくプラスだ。あくまで、バレなければの話だが…。
「うっせやろ!? マジでセインじゃん!!」
「ちょ、ホントかよ…」
「ん? 待てよ。そういえばセインのアバターってデフォルト設定だったよな?」
「そうらしいな。それがどかしたか?」
「いやさ、だからBLはあくまで外見だけで、システムIDは参照していないんだろ? だったら、珍しくても同じデフォルト設定のPCが複数いたら、全員"セイン"って判定がでるわけだよな?」
「「あぁ…」」
因みに、デフォルト設定と言っても選択肢、と言うか、アバターの設定サンプルは男女合わせて12通り存在しており、そこに加えて、自身の身体データのスキャンと、(公式非公式を問わず)配布されているサンプルを追加する機能も存在する。本来はそれらをベースに、自分好みにカスタムしていく形になる。
「おい、誰か直接聞いてみろよ」
「はぁ? お前が行けよ。つか、もし本人でも正直に答えるとは限らないだろ??」
「それもそうか」
「でも、一応、聞くだけ聞いてみれば?」
「そうだな。よし! じゃあ、ジャンケンで決めよう。勝ったやつが俺以外を指名するってことで」
「「よし、やるか…って! なんでやねん!!」」
騒めく周囲を無視して、黙々と対応NPCをまわっていく。
もちろん、今さらL√のクエストを受けに来たわけではない。
「ぶっちゃけさ、どう考えても桃姫帰国イベントの前提クエストだよな? それなら魔人陣営のセインが参加できるわけないジャン。つまり、聞くだけ無駄ジャン?」
「確かにな。でも、なにか裏があるかもしれないし、やっぱり、聞くだけ聞いたほうがいいジャン?」
「裏って何だよ? そもそも、魔人陣営だと王都には入れないぞ? 確実に途中で途切れるのに、裏もなにも無いジャンジャン」
今、まわっているのは桃姫帰国イベントに参加するための前提クエストだ。
帰国イベントは全員参加型であり、ほぼすべてのPCがクリアできるよう、難易度は低く設定されている。もちろん、本戦で充分な成果を得ようと思えば、それなりの実力が必要になる。加えて、L&Cにはソシャゲでありがちな過剰な参加賞や限定アイテムは存在しないので、参加率はそれほど高くはならない。
「そこはほら…、思い浮かばないけどさ」
「「ずこっ!」」
「ハハハッ。例えば、クエストに参加するフリをしてPKを狙っているとか?」
「いや、セインはPKはしないって聞いたぞ? あるとしたら、有力者がイベントに参加するのか、確認しにきたとか?」
「それこそセインがわざわざ来てやる事じゃないだろ?」
もちろん、バカ正直にクエストをこなしているわけではない。あくまでフリだけ。魔人陣営側からでも条件さえ揃えば桃姫を護衛できる事実は、一般には知られていない。
具体的に本イベントがどう言った流れになるのかは知らないが、こうやって俺と"思われる"PCが前提クエストをこなしていた事が噂になれば、本イベントでいきなり俺が現れても混乱は最小限に抑えられるだろう。
「そうだ! いいこと思いついた!!」
「ん?」
「なんだよ、また転ばせるつもりか?」
「ばっ、ちげーよ。本当にいいアイディアなんだって!」
「わかったわかった。聞いてやるから早く言え」
「いや、だからさ…。ファンのフリをして話しかける!」
「はい、せ~の~」
「「ずこ~」」
「いや、冗談だから。そうじゃなくて、正式な決闘を申し込むんだよ。犯罪者ペナルティーなしのヤツ」
「あぁ、そういえばセインってPK歓迎だっけ?」
「そうそう」
「なるほど、挑まれたら断らない。戦ってみれば本人か分かる。そういうことだな?」
「そういうこと!」
因みに、NPCとの会話は当然のように進まない。しかし、会話の内容が周囲に漏れることは無いので、NPCの反応を見ても演技だとバレる心配はない。
まぁ、当然と言えば当然だ。いちいち1人ずつNPCと会話をしていたら、順番待ちで進行に支障がでてしまう。そういう部分は、キッチリ簡略化されている。それがL&Cだ。
「で、誰が挑戦するんだ?」
「挑戦歓迎ってことは、もし本人だったら確実にキルされるぞ?」
「いや、俺は無理だからな! そもそも、対人装備なんて持って無いし」
「大丈夫、キミの死は無駄にしないから!」
「そもそも、俺の腕じゃ中堅にすら勝てないんですけど…」
「大丈夫。そもそもお前じゃ弱すぎて実力を引き出す前に死ぬから」
「それ、無駄死にって言わない?」
ともあれ、俺もそこまで暇では無いので、噂が適度に広まるまで足しげく通うわけにもいかない。かと言って、これっきりでは噂にすらならないまま立ち消えする可能性もある。
そうなれば、やはりやる事は1つだ。
「おい、オマエラ」
「「え!? あ、はい」」
「さっきから、わざと本人に聞こえるようオープンで話やがって、鬱陶しい事このうえない」
「あ、えっと…」
「すいません。俺たち…」
「あぁいい。用件は聞こえていたから」
「「で、ですよね~」」
ようは話題になるような事が起きればいいわけだ。
「それで、やるならサッサとやろうぜ。どうせ、口でなにを言っても、証明しなければ意味は無い。だろ?」
「え、あ、その…」
それに、もしチートや未知のイベントを勘ぐられても、それはそれで問題ない。別に俺はレアなケースに遭遇しただけで、特殊イベント自体は正規の手順をふんで参加している。だから、仮にイベントの存在が知られたり、それらの情報を使って間接的(動画配信など)に金銭を得たりしても、運営にお咎めを受ける心配はない。あくまで『念のために』やっているだけなのだ。
こうして、完全にイベントに参加する気持ちになっている自分に、心の中で苦笑しつつも…、何の罪もない初心者をそれっぽい演技を交えつつキルして、何も言わずにその場を去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます