#318(7週目木曜日・午後・セイン)

「あ、ちょっとお兄ちゃん、遅いよ!」

「にゃ~ん。にゃんにゃん」

「あ、師匠! お疲れさまです!!」

「ち~っす」

「お、おう。みんなテンション高いな…」


 昼、いつものようにギルドに顔を出すと、なにやら妙に盛り上がっている様子。ニャン子も居るところを見ると、やはり話題は"アレ"で間違いないだろう。


「兄ちゃんも来たことだし、早く素材集めにいくのにゃ」

「え~、見た目なんかより、アニキと勝負したいんだけどな~」

「見た目もそうだけど、今なら素材を売れば大儲けできるわよ?」

「あ、あと、既存の装備が軒並み値下がりしているので、露店をまわるのもイイと思います」


 今朝、公式サイトにて、アップデートに関するサンプル画像が公開された。内容はもちろん、明日から実装される装備の変更例。性能に変化はないものの、コイツラに限らず世間は大いに賑わっていた。


 ではなぜ、ここまで注目を集めているのか?と言う話だが、それは『サイズ変更が可能になった』事が判明したからだろう。サンプル画像には、妙にデカいネクタイを装備した男や、ぶかぶかのシャツを着た少女の画像が含まれていた。


 一見すると大した変更でも無いように思えるが、実はコレ、実装するためにシステムを根底部分から変更した渾身のアップデートだったりする。


「でも、本当に凄いわよね。多分これ、任意のサイズに調整できるんでしょ?」

「サンプルを見るかぎりは、そうらしいのにゃ」

「え、なにが凄いんですか?」

「それはね…。…。」

「 ………。」


 スバルに熱く語るユンユンとニャン子。…と、退屈な表情を見せるSK。


 素人には理解しにくいものだが、システム的に装備のサイズが(制限はあるが)フリーになるのは非常に凄い事で、プログラム的にも非常に高度な処理がなされていたりする。


 L&Cには無かったが、装備にぶかぶかの服が存在するタイトルはそれほど珍しくない。しかし、それは始めからそのサイズ感でデザインされており(ぶかぶかなのに)調整の余地はない。では、なぜ無いか? それは調整がメチャクチャ面倒だからだ。システム的な話になるが、服のサイズがかわると、アバターとの接点も変更が必要になる。この接点は、本来任意に移動できるようには作られていない。(もしかしたら、服を脱がす動作に特化したR18タイトルには存在するかもしれないが)アクション主体のタイトルで、任意に接点の変更が必要になる仕様は、プログラミング的にゲロ吐くほど面倒な作業が必要になるのだ。


「興味が湧かないのは理解できるが、SKもイベントまでには予備の装備を揃えておいた方が良いぞ?」

「え? なんか意味あるのか??」

「まぁ…」

「前に兄ちゃんが言ってたのって、この事だったのにゃ~」

「え、それって…」

「すでに大騒ぎになっているが、このアプデでしばらくBLは使えなくなる」

「「おぉ~~」」


 そう、運営だってゲームバランスを著しく捻じ曲げるBLを放置していたわけではない。L&Cは、リハビリシステムの連携や、オフライン版の発売もあるので、そう言ったサポートやバランス調整で問題を放置する事は本来ありえない。それでも対応が遅れたのは、BLに規約違反が無かった事も大きいが…、1番の理由は今回のアップデートの調整に時間を取られたからだ。


「もちろん、顔認証や自動通報は無効化出来ないが、例えば靴底の厚み1つでも変更すれば(認証エラーが出るので)正確なアバターの体格は判断できなくなる。つまり、仮面が本来の機能を取り戻すようになるわけだ」

「「おぉ~~」」


 極端な例えだが、ドラム缶から顔だけ出すような防具があったとしよう。今までは、体は見えなくとも装備のサイズ調整の仕様から装備しているアバターの体格は逆算できた。しかし、サイズ調整が任意になった事により逆算は不可能となった。


「でもさ、たしかBLって、不確定でもOKなんだろ? 意味なくね??」

「あぁ、言われてみれば確かに」


 SKの疑問ももっともだが、人とAIでは判断方法が根本から違う。サイズ感が違うだけで、見た目には"ほぼ"同じ装備と言っても、AIの判断にはパターンがあり、なにより優先順位がある。


「BLの判断は、最初に相手の身長を参照する。装備などの縮尺をもとに相手の身長を計算して、そのあと他の特徴が何割一致するかで判断する。だから、最初の縮尺を測れなくなった時点でBLは機能停止だ」

「お、おぉ…」


 理解していない顔で頷くSK。


 SKが言うように、人間のように全体を見渡し単純に何割同じ部分があるかを判断する方式なら(調整次第では)ある程度、今回のアップデートにも対応できただろう。しかし(体格や装備の組み合わせは無限大とは言え)実際には狩場に適した装備や職業で、ある程度組み合わせは片寄るし、何より装備はフィールドでも変更可能だ。つまり、不確定であり、候補が上がり過ぎてしまう。


 それを回避するために、BLは最初に『絶対に変更できない部分』を基準に考える。それが、顔や身長なのだ。L&Cの仕様では(髪形などはNPCサービスで変更できるものの)顔と身長は転生などのリセット以外に変更する手段は存在しない。


(相手の身長を直接データとして吸い出すのは規約違反。周囲のオブジェクトなどを基準に相手の身長を測る事は可能だが、それでは装備込みの身長になるので、結局正確な装備の寸法を判断する必要がある)


「別に理解する必要はない。アイテムの売買で一儲けを狙っていないなら、焦る必要だってない。とにかく、今は自分の腕を磨くことに専念しろ。装備の事なら金さえ払えば何とでもしてやる」

「おう! さすがアニキだ。任せたぜ~」

「いや、まぁ…、細かいことはコノハに伝えておくから」

「おう! 完璧だな!!」


 周囲から笑い声がもれる。


 SKは間違いなく"戦闘"の才能はある。しかし、極端と言うか、ダメなところも確りあって、悪い意味でバランスがとれている。そのせいでソロ時代は、ただの無鉄砲でしかなかったが…、幸いなことに今は、ナツキたちが上手くフォローする形になっている。


 ナツキとコノハも、アレで極端な所がそれぞれにあり、一人一人は半人前止まり。しかし、三本の矢よろしく、三人揃うと三人前以上の実力となる。流石に一朝一夕でトッププレイヤーになれたら苦労は無いが…、転生カンストする頃には、ランキングに絡めるところには立っているだろう。




 その後は、ユンユンと別れて4人で狩りに出かけた。まぁ、お互いにソロ仕様なのもあって、効率を重視して現地では全員別行動となったが…、それはそれとして、今日も今日とて魔物を狩って狩って、狩りまくる。

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