#311(7週目火曜日・夜・セイン2)

「さて、それじゃあ始めようか」

「チッ! その余裕面、ゼッテー歪ませてやる!!」

「みんな、焦せらず、ベストを尽くしましょ」

「 ………。」


 どうでもいいが、こういう時、毎回とあるアイドルが脳裏をかすめる。ホント、どうでもいいけど。


 それはさて置き、場所は無駄に高い洋館の屋上。周囲はキツイ傾斜になっているが、そこはダンジョンなのでキツイのは周囲のみ。基本的には緩やかな傾斜で、視覚的に4分割されている。そのうちの1つ。目立たない北側の魔物を一掃して、そこを決闘の舞台にした。使う気があるかは知らないが、一応、端の方に行けば周囲に沸いた魔物を引き込む手も使える。


「「 ………。」」


 無言で立ち位置を調整する3人。今さら作戦会議も無いだろうが、とりあえず正攻法で仕掛けてくるようだ。


「ツッ!!」


 単騎で前に出るのは杖術使いのMe。基本的には杖を押し出すように使って、相手を懐に入らせないように立ち回り、魔法使いのHiが攻撃的な援護、鞭使いのLuはHiを守りつつも臨機応変に立ち回るスタイルのようだ。


 怒涛の突きでMeが押し出しに専念する中で、Hiが対地系魔法でトラップを敷き詰める。炎の壁で行くてを制限する<ファイヤーウォール>、踏むと炎の柱に包み込まれる<ファイヤーピラー>、広範囲に弱い属性ダメージ源を展開する<ファイヤーランド>。どれも似通った効果で、普通ならショートカット節約のために絞るところだが…、この戦法に特化しているのか、あえて同系シナジーを重視する作戦のようだ。


「それで、ネタはこれでお終いか?」

「チッ! 背中に目でもついてるのかよ。振り返りもせずに正確に避けやがって!」

「音や軌道を見れば場所は予測できるだろ?」


 Hiは正面から俺の後ろの地面を向かって魔法を放っている。わざわざ着弾位地を見なくとも、魔法の始動(種類)と軌道(L&Cの仕様で直接遠距離を発動位置に指定できない)を見ていれば、わざわざ振り返らなくとも回避できる。


 まぁ、Hiは魔法攻撃力を極振りしていないので、喰らったところで致命傷にはならないが。


「クソ! プランBだ!!」

「「OK!!」」


 次の作戦は、非常に分かりやすい捨て身戦法だった。Meも巻きこむ形で周囲魔法の<ファイヤーストーム>を展開していく。後衛防御に徹していたLuは、どうやらMeの回復支援に回るようだ。回復量は微々たるものだろうが、属性防御と回復によるHPの水増しで、ダメージレースに勝負する作戦なのだろう。


 しかし、この作戦には欠陥がある。それは…。


「これでどうだ?」

「なっ!?」


 一瞬の隙をついて、突き出したMeの手を斬り落とす。現実と違って手を切り落としても実際に手が落ちることは無いが、部分破壊判定が発生して最大HPと攻撃力が大幅に低下する。対する俺は、高いHPと魔法防御で、まだまだ余力がある。


「距離を意識するあまり、闇雲に突きすぎだ。ガキのブンブン戦法じゃあるまいし、もう少し隙やSP管理を意識した方が良いぞ?」

「チッ! 余裕こいてんじゃねぇぞ!!」

「マズいわね、プランCよ!」

「仕方ねぇ」

「OK!」


 プランCは、MeとLuが前に出て、Hiが速射魔法の<ファイヤーバレット>で援護射撃するプランのようだ。


「なるほどな。そうすると、プランDは戦略的撤退か?」

「チッ!!」

「もう、どんだけ余裕なのよ、でも、そういう強気な態度、キライじゃないわ!」


 スキル取得は無制限でも、ショートカットに登録できるスキルやジョブには制限があり、スキル構成が分かれば、おのずと作戦も見えてくる。つまりはカードゲームと同じで、手札が見えた時点で9割勝負がついてしまうのだ。


 相手の手も割れて、これ以上付き合っても得られるものは無いだろう。


「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか?」

「くそ!!」

「もう、ダメみたいね…」

「みんな! 諦めないで! 最後まで粘って、アイツに一太刀でも入れないと、死んでも死にきれないわ!!」

「ふふっ。死んでもリポップできるから、死にきっちゃダメなんだけどね」

「ハッ! そう来なくっちゃな! プランZ、何が何でも1発ぶち込むぞ!!」

「「おう!!」」


 なんだかんだ言っても、やはり付き合いが長いだけあって息が合っている。コイツラ、道さえ間違えなければ、もっと高いところに行けただろうに…。


 MeとLuが視線を合わせ、軽く頷く。


「いくわよ!」

「おぉ!!」


 左右から共に足を狙う攻撃。なるほど、左右から飛んで回避する状況を作り、飛んだところをHiが撃ち落とす作戦か。それなら…。


「「もらった!!」」

「よっと!」

「「なに!?」」


 足に吸い寄せられるロッドを足場にして側転。片手を相手の肩に添え、宙返りの状態でMeの首を斬り落とす。そのまま着地して…。明後日な方向に飛んでいく魔法の軌跡を見送る。


「さて、次はLuキミの番だ」

「こなくそ!!」


 襲いくる鞭の攻撃。しかし、残念ながら鞭と言う武器カテゴリー自体、対人戦においては単体で確固たる地位を勝ち取るには至らない。いくら瞬間的な加速が音速を超えると言っても、腕の動きで事前に軌道が読めてしまう。しかも、柔らかいのでとっさの軌道変更もかなわない。中には鞭の回避を異常なほど苦手にする達人も、いるにはいるが…、少なくとも、俺には通じない。


 ほどなくしてLuも片付いた。あとはHiだけ。前衛を失った後衛、それも機動力にも差がある相手に、何が出来るものでもないが。


「 …なんでよ。なんでなのよ!!」


 すすり泣くような声でHiが俺に殺意…、いや、憎しみの目を向けてくる。手には確かに短剣が握られ、こちらを向いている。本来、魔法使いはマジックロッドを装備するものだが、変則的な戦闘が多いC√PCにはマジックグローブやレイピアを愛用するものは多い。Hiの短剣も、移動速度を少しでも上げるため、軽さを重視して選んだ結果だろう。


 しかし、魔法を詠唱するわけでもなければ、襲い掛かってくる素振りもない。ただ、威嚇するだけ。それが今のHiに出来る、最大限の抵抗なんだろう。


「なぜ、諦める?」

「はぁ!?」

「なぜ、攻撃してこない?」

「そんなの…、やっても無駄だってわかってるからに決まってるじゃない!!」

「前もそうだが、そこまで負けず嫌いなのに、最後の最後で頭で考え、諦めてしまうのは悪い癖だ」


 1人残されて絶望する気持ちは理解できるが、直感タイプ(脳筋)の癖に、追い詰められると何故か突然考え込んで袋小路にハマってしまう。ユンユンもそうだが、最後の最後で一か八かの賭けに出られないヤツに、残された僅かな勝機を掴むことは不可能だ。そして何より、土壇場で諦める行為は、そこから先の成長を大きく妨げる悪循環を招く。


「知った口聞かないでよ!! アンタに何がわかるっての!? 分からないでしょうね! 凡才の私の気持ちなんて! でもね、しょうがないじゃない! 負けず嫌いなんだから! 勝ちたいんだから! だから卑怯な手で少しでも背伸びするの! それの何が悪いっての!!」

「卑怯な手を使うのは悪くない」

「はぁ?」

「俺はPK行為や奇抜な戦術を否定したことは無い」

「それは…」


 ヒステリーを起こした相手に正論を言っても意味が無い事は分かっている。それでも、俺にだって俺のやり方がある。


「才能も、お前には輝くものを感じる」

「 ………。」


 ぽん、とHiの頭に手を乗せる。叩くわけでも無い、撫でるわけでも無い。ただ添えるだけ。


「お前が俺に負ける理由は、単純なものだ」

「 ………。」

「最後に諦め、戦いを放棄してしまう」

「それは!」

「卑怯な作戦でも何でも、勝てるならそれでいい。ゲームなんだから、やられたら蘇って、何度だってやり返せばいい。しかし、勝てる相手としか戦わない。それも正面からは挑まない。それでは、肝心のプレイヤースキルが育たない」

「そんなの! だって! だk……」


 消え入るような声でHiが反論する。しかし、その声は言葉の形をなしてはいなかった。


「しかし、それでも、心の中の炎だけは消えずにギラギラと燃え上がっている。それは凄いと思うし、誰にでも出来るものでは無い」

「 ………。」

「強くなれ。アバターを強化するのではなく、自分自身を、高みに押し上げろ」

「 ………!!」


 そして、無言のままにHiの首を切断する。




 その後のことは…、実はどうなったのかよく知らない。制限時間は1時間ほど残っていたが、俺はそれを無視して帰ってしまい、Siからもその事について連絡が無かったからだ。ある意味、不戦敗なのでアイツラが勝利を主張するなら、それもいいだろう。正直、そんなものには全く興味がない。


 あるとすれば、ここまでやられてもHiたちが折れずに、また俺に敵意を向けてきてくれるかだ。何となくだが、Hiアイツは、それが出来るヤツだと思えてしまう。昔の、俺のように…。




 こうして、道化師たちとの戦いは、すこし苦い結末に終わった。

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