#308(7週目火曜日・夜・Hi)

「たく! なんだよアイツ、私たちなんて眼中にないってか!?」

「ヒィちゃん落ち着いて、わざと隙を晒して私たちを誘う罠かもしれないわよ」

「ヒィちゃんゆうなし!」

「つか、ギャラリーが集まりすぎてPKどころじゃないけどな」

「そんなの関係ないよ。むしろギャラリーに紛れて近づくチャンスじゃん!」


 私たちは、ターゲットであるはずのセインに挑戦状を叩きつけられハルバDに来ていた。しかし…、あろうことかキル予告をしたセインは、私たちを無視して普通に狩りを続けている。挑発メッセージと言い、本当にムカつくやつだ! とは言え、タイマンで勝てないのは身をもって体験した。悔しいが、やはりここはPKとして正々堂々、卑怯に勝つしかない。


「流石に近づいたら警戒されると思うけどな。問題はセインが囮ってパターンだろう」

「そうね。迂闊に姿をさらしたところをギャラリーに紛れた協力者がセインに伝えるって作戦は、充分考えられるわ」


 私たちは、そんなやり取りを小1時間ほど続けていた。幸い、セインはレッドパンツの沸き位置を巡回しているので無理な追跡をする必要はない。現在は沸き位置の1つを監視できる場所に陣取り、3人でセインの動向を監視していた。


「ホントに、行動の読めないヤツだよな。そうだ、Siたちはどうしてるんだ? 協力者がキルにまわる可能性だってあるだろ??」

「ちょっと待ってね。 …向こうは変化なしみたい。引き続きタワーに立てこもるって」


 結局、私たちは…、セインの行動を監視しながら隙を狙っていく私の班と、タワーハウスに立てこもってセインを迎え撃つ(最悪、交戦せずに隠れ通す)Siの班に分けた。過疎マップと言っても多少は人目もあるので今隠れているところも安全の保障はない。実際、何度か狩場を巡回しているPTに出くわしている。最善を尽くすなら、私たちもタワーに引き篭もるのが1番なのだろう。


 しかし、口には出さないが、今回の件に関して私はSiを信用していない。PTを完全に分けているのもそのためだ。正直なところ、EDの連中よりもセインについた方が良いのは私だって理解している。しかし、EDがギルドを大きくしてくれたのは事実であり、なによりギルドマスターの"D"は実利のあるED派についている。確かにEDは私たちを捨て駒としてしか見ていないかもしれない。しかし、『だから何だ?』って話もある。Dもそうだが、ぶっちゃけEDの連中と仲良しごっこをするつもりは無い。それなら、お互い利用し合う関係として実利を求めるのは悪い事じゃない。


 いくら卑怯なPKと言っても、私にだってプライドがあり、美学がある。少なくとも、私はセイン強い者に守ってもらうだけの関係なんて、家畜とかわらないと思っている。それならギスギスしていてもハングリーに上を目指せるED派も悪くない。まぁ、散々煽られたあげく、こっそりタイマン勝負をしてボロ負けしたせいで、単純にセインが嫌いになっているってのは否定しないけど…。


「おい、今、セインがこっちを見なかったか?」

「え? たしかに見られた気もするけど、ちょっと判断に困るわね~」

「いや、視線を察知するって、マンガじゃあるまいし、ありえないでしょ」


 確かに、私もセインと目があった気がした。しかし、今いる場所は高台で、描画範囲ギリギリからセインを監視している状態だ。スキルは当然範囲外だし、描画の問題があるので視力も意味をなさない。それに、当たり前だがココはゲーム内で、視線とか気配とか、第六感に働きかける演出自体が存在しない。例えリアルで(実在するかは知らないが)実際に視線を感じる能力を持っていたとしても、ゲーム内でソレを再現するのは不可能だ。


「それで、どうやって仕掛ける? 人数が減ったから、強い魔物が出現するエリアに誘い込む作戦は使えないぞ??」

「いっそ、このまま戦わずにタイムアウトを狙うか?」

「それは無し! でも、ん~」


 残念ながら私はバカだ。作戦はいつもSiやJkに任せているので、この班分けは完全に失敗だ。とは言え、シングル(ランキング1桁)とも言われるバケモノに仕掛ける手がないのも事実で、だからこそ参謀担当は揃って引き篭もりを選んだ。Heは私と同じで脳筋だし、Luは頭はそれなりだが行動が受け身で自分からは動かない。ここは2人を引っ張ってきた手前、やはり私が決めなきゃダメなんだろう。


「お、セインが移動したぞ。追うか?」

「あ~、パス。ちょっと考えさせて」

「了解」

「そうね、どうせ戻ってくるだろうし、なにより、無暗に動くと協力者に見つかる可能性もあるものね」


 私たちなら3人がかりでも手こずるレッドパンツを、当然のように瞬殺して移動を開始するセイン。本当に腹立つ強さだ。何が腹立つって、強さが完全な実力ってのが気に入らない。これが例えば、PTでハメ技を使っているとか、金にものを言わせて回復アイテム片手にゴリ押ししてるって言うのなら、PKとして付け入る隙も思いつく。しかし、アイツは高速攻撃の乱れ撃ちも当然のように避けるし、不意打ちや心理攻撃も通じない。それが出来なきゃランカーになんてなれないのは分かっているんだけど…、ほんと、なんか自分が惨めに思えてしまう。こんなに強いなら…。


「ねぇ…」

「ん?」

「どうかした?」

「いや、協力者って本当にいると思う?」

「なにを今更、そんなの分からないだろ? でも、居たらまずいから、ここまで慎重にやってんじゃん」

「いやさ、そうなんだけど、なんつ~か、上手く言えないんだけど、私がセインだったら、多分協力者なんかには頼らないんじゃないかなって。ほら、アイツってプライド高そうじゃん?」

「ん~、彼の性格は分からないけど、考えてみれば彼は元L√PCで、PKは受けるだけで、自分から仕掛けることは無いのよね…」

「あぁ、そう言う話か。そう言えば俺たち、セインの性格とか行動原理?みたいなものを何も知らないんだよな」


 セインの強さにばかり気を取られて、肝心の『人となり』を全く考えていなかった。まったく、PKが聞いてあきれる。相手の心理をよんでアドを取っていくなんて、基本中の基本じゃないか。


「そう言えばさ、そもそもセインって…」

「「??」」

「勝つ気あるのか?」

「「え!?」」

「いや、にゃんころ仮面もそうだったけど、ランキングの駆け引きでわざと負けたがっているじゃないか。フェイクだけど。これも、似たようなもんだと思わないか?」

「「あぁ…」」


 言われてみれば確かに。セインを倒せないまでも、逃げ切るだけで私たちの勝ち。セインからしてみればデスペナ無しで"負け"がつく。もちろん名前に傷はつくだろうが、長い目で見れば『私たち中堅に負けた』って評判は、むしろプラスだ。


「 …いや!」

「「え?」」

「セインはそんなヤツじゃないよ!!」

「いや、そんなの分かんねぇだろ?」

「そうね、話したこともないし…」


 昨日までの私なら同じことを考えただろう。しかし、私もバカなりに、いや、バカだからこそ、剣を交えると何となく相手の性格が理解できる。アイツは、もっとこぉ~。


 ダメだ、私、バカだった。


『おい! セインが近づいてきたぞ! そっちは何してんだ!?』

「え!?」


 突然届いたJkからの緊急メッセージに目の前が真っ白になる。


「どうしたのヒィちゃん」

「ヒィちゃんいうな、ってそれどころじゃない! セインがタワーに向かってるって!!」

「「えぇ!?」」


 やはりそうだ! セインは大人しく私たちに勝ちを譲るような甘いヤツじゃない!


 アイツは…、キルするって言ったら、絶対にキルする。そういうヤツなんだ!!




 こうして、私たちは大慌てでタワーハウスへと向かった。

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