#303(7週目火曜日・午後・セイン)

「 …。それで、その帰国イベントってお兄ちゃんも詳しく知らないの?」

「まぁな。大体予想は出来るが、全バージョンを通しても3回しか発生していない激レアイベントだからな」


 昼、ギルドに顔を出すと、早速今朝発表されたばかりのアップデートの話題になった。まぁ、俺の注目はもう1つの方なのだが…、やはり注目を集めるのは『桃姫帰国イベント(俗称)』だろう。


 桃姫帰国イベントとは、アルバ王位継承権第4位・ミレーヌ姫がアルバに帰国するイベントだ。表向きの流れは単純で『海外に留学していたミレーヌ姫が帰国するのでアーバンから王都まで護衛する』だけの単純なもの。しかし、ミレーヌ姫は立場が問題で、ぶっちゃけて言うと権力者に命を狙われている。そのせいでL√系イベントでは頻繁に攫われたり、自ら冒険に出かけたりするので(詳しい由来は知らないが)プレイヤー間では『桃姫』の愛称で定着している。


 このミレーヌ姫は、L&Cのメインストーリーを語るうえで重要なNPCで、むしろメインストーリーは姫の帰国から始まると言っても過言ではないくらいだ。しかし、初期設定では権力から遠ざける意味で海外に留学させられていた事になっている。つまるところ、帰国イベントは進行度が初期化された際に1回だけしか発生しないイベントなのだ。しかも、ナンバリングが変わってもリセットされなかったパターンもあるので圧倒的に情報が不足しているイベントだったりする。


(帰国イベントが発生したのはテスト版1回と正式サービス開始時、そして経営難でゲームの権利が現在の運営に移行した時のリセットの計3回。L&Cが有名になったのはそこからで、今回のイベントは4回目となる)


「ボクも調べてみましたけど、どこのサイトも抽象的な表現ばかりでしたね。基本的には"祈祷イベント"と同じものって話でしたけど」


 祈祷イベントとは、アルバで1年に1回(ゲーム内設定)開かれるお祭りの行事で、ミレーヌ姫がアルバ山脈にある祠に祈りを捧げに行くというもの。L√目線だと、ミレーヌ姫の影武者NPCを護衛するイベントとなる。


 このイベントで問題になるのはC√側で、C√PCは盗賊役としてイベントに参加できる。しかも、盗賊役は雇用主の悪い権力者が指名手配をもみ消してくれるサービス付き。ただし、相手陣営のユニットにキルされると、以降はイベントに再参加できなくなるので派手なPKや裏切りは制限が加わる。加えて、死ねば通常通りデスペナが発生する。つまるところ、ゲームオーバーの心配なく、ローリスクで転生条件や√値を稼げるイベントとなっている。


「へ~、そんなイベントがあるんだ」

「これって、結構ヤバいんじゃないの? 指名手配なしなんだろ?」

「実際にはそこまでではないけどな。なにせL√側もPKが来ることは折り込み済みなわけだし。ただ…」

「ただ?」

「対人装備の相場は恐ろしく跳ね上がるな」

「「あぁ…」」


 侵攻イベントでもL対Cの構図になるが、あちらは魔物や魔人(転生PC)が相手になるので対人装備は無くても支障はない。ただ、祈祷イベントに出現する妨害NPCは例外こそあれど基本的には全て人型。PKの事も考えると対人装備は必須と言えるほど重要になる。


 加えて、中にはスパイ目的で別陣営の立場でエントリーするPCも現れる。ギルドメンバー同士でイベントに参加する分にはいいが、臨時の場合はわざと足を引っ張ってPTを壊滅させようとする癌細胞が両陣営に出没するのでカオスな状況になりやすい。


「なんだか、結構ギスギスしたイベントみたいね。今回は不参加の方がいいかしら?」

「撮れ高はありそうですけど、関わらない方がいいかもですね」

「実際には、大勢のPCがコースを巡回しているから、例え情報が漏れてもソレだけで(スパイ作戦が)決まる話でもないんだがな」


 ワンサーバーの弊害と言うべきか、この手のイベントは参加するのに順番待ちが発生する。祈祷イベントに関しては事前にL√イベントを進めていたPTに優先参加権が与えられるので、飛び入りの場合はキャンセル待ちとなる。加えて、優先権を持っていても護衛イベントは1日1回までなので(√値を稼ぎたいPCは)別クエストを受注して、遊撃兵として他のPCが進めている護衛イベントをバックアップする形になる。よって、例えばスパイを使って奇襲を狙っても、巡回しているPTに奇襲部隊が見つかる可能性がある。


「じゃあ、帰国イベントってコースが変わるだけって感じなのか?」

「記録によるとそうだが、初期のクエストだけに、流石のL&C(無意味な変更は殆ど存在しない)と言えども調整は入るかもな」

「えっと…、うわ、初期って、10年以上前じゃないの。掲示板でも"削除されたイベント"扱いされてるし!」

「安定バージョンになってからは1度も発生していないからな。あ、あと、コースが変わる事でNPC兵士の兵力や奇襲に適した穴場が分からないから、そう言う部分はC√不利だな?」

「まぁ、それは仕方ないわよね。それよりも問題は、やっぱりBLの方だと思うのよ」

「ですよね」

「だよな~」

「 ………。」

「いくらシステム的には指名手配されないって言っても、BLにはログが残っちゃうじゃない。妨害役でイベントに参加したら、あとで自警団にPKKされました、じゃ、本格的にC√がオワコンになっちゃうわ」

「ですよね」

「まぁ、そっちは心配いらないと思うぞ?」

「「え?」」

「お兄ちゃん、もしかして何か知っているの?」

「ん? まぁ知ってはいるが、それとは別にBLの挙動を考えれば答えは見えてくると思うぞ? まぁ、週末になれば嫌でも分かる事だし、宿題って事で自分で考えてみろ」

「え~、お兄ちゃんのケチ~」

「ケチって、まぁ、否定はしないけどな…。それより、時間が惜しい。さっさと試合をするぞ!」

「よし、まってました!」


 飛び上がって戦闘状態に移行するSK。そう、今日の手合わせの相手はSK。昨日、イベントに参加してもらったお礼という名目だ。




 SKもSKで結構ワンコなところがあるよな? っと思いながらも、今日の手合わせが始まる。

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