#264(6週目水曜日・夜・セイン)
「おまえら、なんでそんなにコソコソしてるんだ?」
「いえ、別に…」
「いや、その…」
この2人、こういう所は似ているんだよな…。
夜、俺たちはまた地下迷宮に来ていた。狙いは引き続きクエストアイテムの[囚われた魂]。昨日の狩りで、取りあえず予定した数は確保したのだが…、草餅に売り付けたら追加を要求されてしまった。もちろん、断ってもよかったのだが、勇者同盟を支える商人連中に恩を売っておくのも悪くない。
「今日の目標数は、昨日の半分だ。よかったら後で"祭り"に参加するか?」
「あぁ、アチシはパス。祭りなんかに参加したら、絶対に頼られるにゃ」
「その、私は兄さんが参加すると言うのであれば…」
祭りと言うのは、自由連合主催の「騎士団買い取り祭り」のことだ。昨日、レイと話をして突発的に決まったユーザーイベントで、分かりやすく噛み砕いて言うと「出張買い取りするので皆で装備を集めよう!」ってイベントだ。
本来なら重量がかさむ装備品だが、重量さえ無視できれば金銭効率はかなりいい。だから何人かの商人に声をかけて、現地でドロップを定額で即決買い取りしてもらう。商人の利点は、商品を大量に補充できる点。多少の値崩れは起きるかもしれないが、それでも充分に黒字には出来るだろう。
「ん~、俺もパスかな? 金には困っていないし、行くならボス狩りとか、過疎狩場でスキル上げかな?」
「それなら私もお供します」
「アチシもそっちがいいのにゃ。集まったメンツを見るかぎり、結構なデスペナ祭りになるのは目に見えているのにゃ」
そう、参加者には一攫千金のチャンスなのだが、それには相応のリスクが伴う。騎士団は即死級の攻撃が飛びかう危険な狩場であり、参加者は自由連合が集めた中堅プレイヤー。まず間違いなく崩壊するPTが何組もでてくるだろう。
「別に、リスクがあることは参加者も充分承知しているだろう。それに、リスクが高いからと言って安全な狩場にばかり籠もっていては進歩は見込めない。知ったかぶりの自称ベテラン様に言わせれば…」
「兄ちゃん」
「ん?」
「話が長いのにゃ」
「あ、あぁ…」
ニャン子に
その後は、心を入れ替えて黙々と狩り、予定よりも早く目標をクリアした。
実のところ、同盟の商人は先の戦士セット暴落事件で大損をしている。俺が商人にとって「レアアイテムを持ち込んでくれる優良な仕入れ先」であるのも確かだが、もっと純粋に「遅れを取り戻すためには切っても切り離せない存在」なのだ。だから商人達は、同盟は別にしても俺との繋がりを大事にするし、希少なアイテムの融通や交換交渉も頼みやすい。
まぁ、マッチポンプと言える状況に、僅かながら罪悪感を感じなくもないかもしれない可能性は否定しきれない。
*
「あ、悪い、緊急メッセージが入った」
「はい、フォローはお任せを」
「兄ちゃんが狩場でメッセージを確認するなんて珍しいにゃ~」
地下迷宮での狩りを終えたところで、県太郎から緊急のメッセージが届いた。彼はEDの2軍メンバーではあるが、EDは現在解散状態。正式では無いものの(侵攻イベントのこともあり)何人かは俺の傘下に加わっている。まぁ、普段は完全放置なのだが、今回は折角なので声をかけ、祭りに協力してもらっている。
『ボスケテ! 旧都入り口まで来てください!』
なんだこれ? 緊急事態なのは伝わってくるが、肝心なことが何も書かれていない。それだけ切羽詰まった状況なのか…。
「仕方ない。すこし祭りに顔を出す」
「にゃ~ん、猫は留守番が得意な家猫にゃ~」
「ぐっ、兄さんが…」
「いや、アイも来なくていい。2人とも目立たないように変装して別のルートで帰ってくれ」
「その…、分かりました。お気をつけて」
「いい子だ」
アイの頭を撫でて、そのまま2人を見送る。
俺とアイは、昔からペアで攻略してきた仲だが、こう言った揉め事には基本的に同行させないようにしている。妹を殺伐とした争いに巻き込みたくない気持ちもあるが、アイはあくまで、プレイ基盤を固める商人であり、秘密兵器だ。こんなところで簡単に実力を人目にさらすわけにはいかない。
*
「あ、アニキ!」
「え? うそ、もう来ちゃった!?」
「もぉ、もたもたしてるから…」
祭りが開かれている方の入り口(騎士団は出入り口が複数ある)に顔を出すと、コノハたちと出くわした。一応、祭りの事は伝えていたので居ても不思議は無いのだが…、この3人、もう騎士団で狩りが出来るまでに成長したのか…。
「3人とも、来ていたのか。デスペナは貰っていないか?」
「ギリギリだけどね~」
「それより、今、連絡しようとしていたんですけど…」
「そうなの! 緊急事態なの! 今、商人たちが襲撃にあって!」
「あぁ、まぁそんなところだろうな…」
「「え、あれ?」」
温度差に戸惑う皆はともかく、緊急事態の報告から、この展開は予想出来ていた。買い取り祭りの要は買い取り商人であり、商人は必然的にアイテムや買い取り資金を持ってダンジョンを往復する事になる。2軍とは言え、EDのメンバーである県太郎たちが泣きつく事態として考えられるのは、このくらいだ。
「と、とにかく! すぐに外の人たちに加勢しに行きましょう!」
「そうだった! アニキ、早く加勢しに行こうぜ!」
まだ未転生とは言え、アバターの平均レベルが上がってくると、こういった指名手配を恐れない荒稼ぎを考える輩は、どうしても出てきてしまう。まぁそれでも、L&Cは元々こういうゲームだ。特別驚く気持ちは湧き上がっては来ない。
「あぁ、戦闘に参加するなら、確り対人を意識した準備をしておけよ。俺は…、まぁ、ちょっと様子見かな?」
「え? ちょっとセイン! こんな時に何いってるの!!」
「まぁまぁ、お姉ちゃん。お兄さんには、何か考えがあるんだよ」
堅物のナツキは、まぁ予想通りの反応だ。対してSKは「俺が何を考えているのか必死に予測しようとしている」って顔をしている。
「ふ~ん、まぁいいや。アニキがそういうつもりなら、アタシが美味しいとこ、全部貰っちゃうからね!」
「ははは、言うじゃないか。そうだな。俺が声をかけて開いたイベントだ。俺の顔に泥をぬるような連中は、全員…、ぶっ殺せ」
「よし来た!!」
「「うわ~、めちゃくちゃやる気だ…」」
それぞれ、微妙に温度差はあるものの、人の目の多いユーザーイベントを襲撃するバカには、当然お仕置きは必要だ。目立つやり口からして、大物が出張っているとは考えにくいが…、まぁ、それはそれ。どうやって料理してやろうか…。
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