#207(5週目水曜日・夜・セイン)

「 …そう言うわけで、セインさんには是非、魔人に挑戦してほしいんです!」

「ん~、正直、侵攻イベントはスルーするところまで考えていたんだよな…」

「そこをなんとか!」


 夜、俺は商人の草餅に呼び出され、魔人の試験への参加を懇願されていた。


 商人の草餅に、俺を魔人陣営に移籍させる利点は無い。まず間違いなく勇者同盟からの圧力だろう。つまりは「イベント進行を早めるために魔人陣営を勝たせたい」わけだ。


「お前も商人なら、ダメモトで頼んでみただけって事も無いんだろ? 時間が惜しいから、早く手札を見せろよ」

「いや~、バレちゃいましたか。タダで済ませられるなら、それに越したことは無いかな~って」

「タダより高い物はないって言葉、知らないのか?」


 面倒な話だが、商売には駆け引きがある。儲かるライン・とんとんなライン・原価ライン・そして許容できる赤字ライン。別にガメつく自分の利益を追求するつもりは無いが…、トッププレイヤー集団である勇者同盟が「どこまで出す」つもりなのか、少し興味はある。


「ごもっとも。まだ正式な擦り合わせが終わっていないのでハッキリとは言えませんが…、参加報酬1M、達成報酬10Mくらいでどうでしょうか?」

「話にならないな。その程度、運がよければ1日で稼げる。反逆者として多くのPCから狙われるリスクとしては、全く釣り合いがとれていない」

「ははは、そもそもセインさん、お金に困っていないですもんね。知ってます? セインさんって、一部では"ボスハンター"って呼ばれているんですよ?」

「(買い取り商人界隈ではってところか?)興味ないな」

「わかりました。では、こんなのはどうでしょう? …。」


・参加報酬

①、[妖精の雫]:L√のイベントで貰えるバフアイテム、分類は料理と同じ。

②、[魔除けのアミュレット]:デバフ耐性が付与されたアクセサリー。

③、[ゴブリンの魔結晶]:対人特攻が付与されるエンチャントアイテム。

④、[ハイポーション]100個:中位の回復アイテム。


・達成報酬

①、[アベンチャー]:対人特攻がついた上位のナックルナイフ。短剣スキルだけでなく一部の格闘スキルも使用可能。

②、報酬10M。

③、勇者同盟とのコネクション。


 いきなり報酬が豪華になった。コネは…、わりとご遠慮したい気もするが、入手の問題から諦めていた[アベンチャー]が手に入るのは大きい。コイツがあれば、しばらく(転生後も含めて)対人戦は不自由しない。短剣カテゴリーの武器では、それくらいド定番な短剣だ。


 しかし、ここまで豪華になると、後が怖い。自分で言っておいてなんだが「只より高い物はない」。ガチ勢と言う意味では、お互い分かり合える部分はあるだろうが…、だからと言って裏ですり合わせをして八百長まがいの方法で成り上がっても面白くない。


 つか、ぶっちゃけた話、俺は勇者同盟が…、大っ嫌いだ!!


「そうだな。まず…、参加報酬は必要ない」

「なるほど(ゴブリンの魔結晶はいらないのか?)」

「いや、少し違うな」

「はい?」

「勇者同盟の主要メンバーのアバター情報を教えろ。そうだな…、自警団が配布しているBLで、メンバーかどうか判別できるようにしてくれればいい」

「そ、それは…」

「なに、ソッチにしても利点はある。メンバーが分かっていれば、無駄な戦闘は回避できるだろ?」

「そう、ですけど…、流石にそれはボクの一存では…」


 基本的に勇者は(C√PCと違って)オープンに活動する。L値とは、いわば名声ポイントだ。クエストをこなし、英雄として王国から称えられると蓄積していく隠しステータス。ゲーム内では確認する手段は無いが、ランキングが存在している以上、基準となるあたいが存在している事は確実で、それをユーザーが便宜上、呼称したものがL値である。


 話がそれたが「勇者=勇者同盟」ではない。勇者同盟とは、一部の勇者とソレを支援するPCで構成された集団攻略グループで、L√ランカーのみならず、商人やC√PCもメンバーに含まれる。正規のメンバーでは無いだろうが…、PKだったり、魔王がメンバーにいてもおかしくない。むしろ、ベンザロックあたりは、ほぼ間違いなく勇者同盟と細くない繋がりがあるだろう。勇者とついているので誤解されるが…、勇者同盟は純粋な「攻略」を目指す集団であり、そこに「正義」や「スポーツマンシップ」は存在しない。自分たちがこのゲームの頂点に君臨する、それのみを目指すアンフェア集団なのだ。


「あまり時間は残されていないだろうが、お互いに必要なものだから考えておいてくれ。あと、成功報酬は[アベンチャー]でよろしく。俺は商売人じゃないから身の丈に合った報酬しか望まない。短剣1本で充分だ」

「そうですか、そう言ってもらえると助かります…」


 言葉とは裏腹に、声にキレがない。商人と言う事もあり表情の制御は完璧だが…、口調の微妙な変化まではぎょしきれていないようだ。


 それもそのはず、勇者の活動はオープンと言っても…、勇者同盟の裏工作は違反行為では無いだけで、フェア精神を真っ向から否定している。それでも上手くいっているのは…。


①、勇者の活動は、基本的にNPCとのやりとりと、大規模イベントでの助け合いであり、あからさまな妨害をすればL値を下げてしまう危険がある。つまり、気に入らなかったとしても妨害行為は(L√PCには)出来ない構造なのだ。


②、いくらアンフェア集団と言っても、実力は充分に持っている。ただのならず者集団と違い、それぞれに戦闘担当や情報担当が確り分担されており…、つまりは、それぞれが自分の得意な分野で活躍しているだけ。階級制ではないので、裏切りや成り上がりが発生しにくいのだ。多少の人員の入れ替わりはあるだろうが、基本的には「得意分野を生かし合って、このゲームを攻略しよう」と言う具合に纏まっている。少なくとも、俺の知る限りではそうだ。


③、先にも触れたが、同盟の基本構造はスタンドアローンであり、EDなどは「トカゲのシッポ」としていつでも切り離せられる構造になっている。ベテランのL&Cプレイヤーの中では「勇者同盟がアンフェア」なのは常識だ。しかし、勇者PT・補助戦闘員・商人(情報屋)・工作員(EDなど)、それぞれの部門に直接的な繋がりは無いらしく、問題になっても組織全体に被害が波及することが無い。


「それじゃあ、俺は狩りに出かけるから。じゃあな!」

「え、あぁ、頑張ってください」


 そう言ってアッサリその場を離れる。


 草餅は、情報屋として実力があり、それなりの地位には居そうだが…、それでも勇者同盟の正確な構成は知らないだろう。一説には、同盟は普段から匿名掲示板でやり取りをしていると聞く。


 そんな組織だから、本来ならば構成員リストは絶対にNGなはず。それをどこまで出せるかは…、今回のイベントをどこまで重要視しているかにかかっているだろう。




 こうして、取りあえず先手をとれている状況に安堵しつつも…、うまくいっていないキアネア攻略を再開する。

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