#175(4週目木曜日・夜・セイン)

「ん~、なんだか人が増えてきたにゃ~」

「かなり効率が落ちているので…、ここは猫に任せて、私たちは場所を移したほうがいいかもしれませんね」

「そんなことを言って、2人っきりでイカガわしい事でもする気かにゃ~」

「 …な! そんなこと!? いえ、私は別に、兄さんが望むなら…、でも…。」


 最近、やられてばかりだったニャン子が、アイを言い負かすスベを覚えた。仲が良い事は結構なのだが…、この状態のアイはわりとポンコツなので、やるなら場所を選んでほしい。


 その話は置いておいて…、実際、ハウンドを狩るPCが増えてきて効率が落ちているのは事実だ。経験値的な効率もそうだが、ハウンドのドロップである戦士セットの販売を目的としている俺たちにとってハウンドのドロップが安定供給されるのは嬉しい話ではない。


 もちろん、こうなることはある程度予測していたが…、プレイスタイルの問題はどうしようもない。今からでも露店を出して溜め込んだ戦士セットを売り出す手もあるが…、俺たちはあくまで攻略優先。お金だけあっても仕方ないので、そのあたりは割り切っていくしかないだろう。


「よし! 革も充分に集まったし、狩場をかえるか」

「 ………。」

「完全に世界に入っちゃってるにゃ~」

「アイ、移動するぞ。お~い、聞こえているか~」

「ひゃ! 兄さん、いつからそこに!!?」


 強引に顔を引き寄せ、目と鼻の距離でアイに語り掛ける。


「いや、最初から一緒に行動していたが…」

「その、ん~」


 目を閉じ、そっと顎を突き出すアイ。一度は現実?に戻ったと思ったが…、今回はわりと重症のようだ。


「いや、アイにゃんも大概だけど…、兄ちゃんもナチュラルに酷いにゃ~」

「どこがだよ!? まったく、さっさと行くぞ!」

「うぃ~」


「 ………。(まだかな?)」





 苔むした深い森を進んでいく。場所は"サーラムの密林"。まえにも遺跡を守る兵士を狩りに来たが…、今回は別の魔物がターゲットだ。


「にしし、やっと[モールクロー]の出番だにゃ」

「そう言えば、まだ使ってなかったな」

「そうにゃ! せっかく無理して集めたのに、ぜんぜん使わないにゃんて」


 ニャン子の言うことももっともだが、無機物特攻系の装備はあくまで保険。対人戦では"持っていない"と思わせることが重要。効果も、防御を無視するだけでダメージが増加したりはしない。無いと欲しくなるけど、使ってみるとイマイチ使えない装備だったりする。とは言え、無駄に硬い相手に重宝するのは事実だ。


「兄さん、いました。いつも通り、私が囮になる作戦でいきますか?」

「ん~、いや、今回は俺が前にでる」

「わかりました。ではお願いします」

「うぃ~」


 敵を前にしてから悠長に作戦を決める。本来は褒められたことではないが、今回の相手は殆ど動き回らないので問題はない。狙っているのは…、ファンタジー系ではこれまたお馴染みの"ゴーレム"だ。


 ここに出現するゴーレムは、正確に言えばストーンゴーレム。出現場所で若干名前やステータスが変化するものの、基本特性はどれも同じなので特に気にする必要はない。一応、ここの個体は他に比べて、少し防御力が低いかわりに魔法防御力が高かったりするが…、まぁ誤差の範囲だ。




「よっと。あとは任せたぞ」

「お任せを!」

「余裕だにゃ!」


 ストーンゴーレムを1体ずつ釣りだして確実に処理していく。基本的にゴーレム系は、攻撃力と防御力と体力が極端に高く、逆に素早さと器用さと魔法防御力が極端に低い。確りと対策をしていれば、ランクの割には狩りやすい相手なのだが…、それでも効率プレイの観点ではHPが多いと言う時点でNGだ。おまけに湧きも悪いので、ソロの魔法使いが腕試しに挑む程度の存在となっている。


 今回は、相手の攻撃力が高い事もあり、俺がタゲを持って回避に専念する。あとはアイとニャン子がダメージを刻んでいくだけの簡単なお仕事だ。もちろん、攻撃力がメチャクチャ高いので当たると即死するのだが…、当たらなければどうということはない。モーションも大ぶりなので、これを避けられないのではランカー失格と言えよう。


 余談だが、L&Cでは魔物のステータスは非公開ではあるものの、体躯や運動能力からある程度ステータスを逆算できる。それによると…、ゴーレムは意外なことに素早さのステータスは高めに設定されているらしい。これは重量がダメージや機動力に反映されるL&Cならではの仕様で、実際の機動力と素早さのステータスが比例関係になっていない。まぁ、裏設定の基本ステータスがどうかなど、実際の戦闘には関わり合いのない話なのだが…、重い種族に転生した場合、いくら速度面を強化しても物理法則を無視して素早く移動する事はできないって話だ。


「よし、これでトドメだにゃ!!」


 相変わらず安っぽい効果音と共に砕けて光になるゴーレム。一説によると、この安っぽさは作為的なもので、倫理観に配慮した結果なのだとか。


「兄さん、誰か来ました。ご注意を」

「あぁ」


 そうこうしていると、見知らぬPTが近寄ってきた。今回、俺がタゲを持っているのも、実は[モールエッジ]の所持を悟られないようにするための配慮だったりする。無駄なことかもしれないが、トップを目指すなら用心は過剰なくらいが丁度いい。なにせ相手にしているのはNPCではなく、血の通った人間、なのだから。


「魔法使いなしでゴーレムを倒しちゃうなんて、相当レベル高いんっすね」

「[ストーンプレート]、余っていたら分けてもらえないでしょうか?」


 [ストーンプレート]はゴーレムのアンコモンドロップで、石系装備の基本素材となる。作れる装備は、どれも非常に重く、使い手を選ぶ癖の強いものだが…、見たところPTなのでタンク役の装備を揃えに来たのだろう。重量が重いと機動力にデバフがつくが、かわりに被ダメージを軽減する効果がある。少人数で行動している俺たちにはデメリットの方が大きいが、集団戦闘がメインなら充分に選択肢に入る装備だ。


「悪い、俺たちも集めにきたんだ。すまないが他を当たってくれ」

「そうっすか。それじゃあ」


 あっさり引き下がるPT。


 実は、集めていたのはレアドロップの[ルーンストーン]の方なのだが…、へんに関わってトラブルに巻き込まれるのも嫌なので、あえて嘘をついた。あまり良い事ではないのだろうが、態度が気に入らなかったので仕方がない。大人げないと言えば大人げないのだろうが…、実際、ああ言った手合いは、妙な言いがかりや勘違いからくる思い込みでトラブルを起こしやすい。コチラに非が無くとも交通事故と同じで、思わぬトラブルを引き起こす。それでなくても…。


「あぁ、そうだ」

「はい?」

「お節介かもしれないが、このあたりはPKが出没するから気を付けた方がいいぞ」

「 …そうっすか。じゃあ」


 振り返らずに答えたPCは、こちらの忠告を軽く聞き流し、そのまま去っていった。


 あのPTがPKだったのかは分からないが…、ひと気の少ないエリアでは注意が必要だ。PKは、あの手この手でコチラを出し抜こうとして来る。PKとC√PCを混同する者がいるが…、PKとC√はイコールの関係ではない。むしろ、(自分たちが標的になる機会が多いので)L√PC以上にPKを憎んでいるPCも少なくない。




「あぁ、そうだ」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと思いついただけだ。気にしなくていい」

「はぁ…」

「なんだか兄ちゃんが、また悪い事を企んでるにゃ~」

「ほっとけ」


 否定したい気持ちはあるが、実際に俺は策略家っぽいところがあるので否定しきれない。


 まぁ、それはそれとして…、新しい事に挑戦するのは結構楽しく感じてしまう。とりあえず、あとでレイに連絡しておこう…。




 そんな事を考えながら、その日はゴーレムを狩って狩って、狩りまくった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る