#135(20日目・午後・スバル)
「それで、今日はにゃんころ仮面さんは来ないんですか?」
「ん? あぁアイツは昨日、キツく叱ったからな。もしかしたらもう、インしないかもな」
「え!? このまま辞めちゃう、なんてこと無いですよね!!?」
「その可能性もあるって話だ」
「ちょ、ダメですよ。なにがあったか知りませんけど、ちゃんと仲直りしないと!」
レイさんに怒られる先輩。なかなか珍しい光景だと思うが…、正直なところ、先輩の行動としては「先輩らしい」の一言だ。
昼過ぎ。ボクの対人経験をつむべく、また偽装検問をやる話になったのだが…、そこに現れたのは先輩だけ。アイカは露店でこれないのは聞いていたが、ニャンコロさんがいないのは予想外だった。
「その…、なにがあったのですか?」
恐る恐る先輩に訪ねたのはコノハさん。
集まったメンバーは、ボクと先輩、そしてレイさんにコノハさんの4人。戦力的には問題ないが…、こういうところは愛花も含めて、本当にサバサバした兄妹だ。
「プライベートなことなので詳しくは言えないが…、まぁあれだ、リアルの情報を漏らしそうだったから、"もしやったらブラックリストに入れて永久追放だ"って言ってやっただけだ」
「うわぁ…、セインさん、容赦ないですね」
「その、個人情報ですか…」
「こういう大事なことを丸く言うのは"優しさ"とは違うと思うぞ?」
実に先輩らしい考え方だ。その厳しさと優しさ。なんだかドキドキしてしまう。
「コノハちゃん、ゲームをスタートする時の注意事項にも書いてあるけど、個人情報の流出は注意した方がいいよ。住所などを特定する人もそうだけど…、"ガチ勢の人"は、ちょっと甘い事を言っただけでキレちゃう人もいるから」
「 …はぁ」
「おい、喧嘩を売っているなら買うぞ?」
「ひっ!」
「あと、俺はあくまで警告しただけだ」
「 ………。(プルプル)」
非常に分かりにくいが、あれで先輩は優しい人だ。しかし、甘い人では決して無い。
はぁ~、うらやましい…。
「まぁアレだ。リアルの友達を誘ってプレイするなら、それもかまわないが…、誘う相手は慎重に考えろ。相手に悪気はなくとも、何かの拍子に漏れてしまい、それを悪用しようとするヤカラの目にとまるかもしれん」
「 …はい」
「あれ? コノハちゃん、なんだか俺とセインさんで態度ちがくない?」
「き、気のせいです」
はぁっ!!
まずい、考えてみたらボク、思いっきりアイカから個人情報を聞き出してL&Cを始めたんだった! 試合に勝って先輩にボクの実力を認めてもらい、ボクの正体を明かして"話"を聞いてもらうつもりだったのに…、これじゃあ「なんで俺の正体を知っているんだ?」って流れになっちゃうよ!!
やばいよやばいよ! 先輩、絶対に怒るよ!こんなんじゃ話を聞いてもらうどころの騒ぎじゃない。最悪どころか、普通に拒絶されて、一生、口きいてもらえないパターンだ!!
*
その日、愛花は突然やってきた。
「福引であたったけど持ってるから、あげる。やりなさい」
「え? えぇ!?」
「これはソフト。やり方は"極力"自分で調べるように」
あいかわらず、自分のペースで話をドンドンすすめる愛花。
中学時代、スポーツにおいて私たちは、お互いを高めあう"良きライバル"と周囲に思われていた。しかし、実際のところは、そうではない。愛花は他人をまったく気にかけない無関心で…、ハッキリ言ってしまえば兄である千尋先輩のことしか頭にない重度のブラコンだ。
ライバルだと思われていたのは、たまたまお互いが1、2を争う運動神経を持っていただけ。いや、あのスタイルであれだけ早いとか反則。なんであんなオモリを2つもつけて…、いや、話がそれてしまったが…、どちらかと言えば、勉強もスポーツもできて、おまけにスタイルもいい愛花に、勝手に私が対抗心を燃やしていただけだ。
いや、それだけではない。対抗心を燃やしていた本当の理由は…、憧れの先輩に、私の事も見てほしかったからだ。千尋先輩は、普段は目立たないものの、実は努力家であり、なにより物事を合理的に判断するストイックな人だ。
前に部活で、「無理せず楽しくやりたい人たち」と「本気で頑張り成績を残したい人たち」で対立したことがあった。その時、楽しみたい派の人たちを言いふせたのが先輩だ。あの時の先輩の鋭い眼差しを思い出すと…、今でもすごくドキドキする。結果的に部は分裂してしまったけど、私はアレでよかったと思っている。顧問の先生は「当たり障りのない穏便な解決」を望んでいたみたいだけど…、雨降って地固まると言うか…、お互い思っていることを言い合って、バラバラでもおさまるところにおさまった。
あの日から千尋先輩は、私の憧れの存在となった。
「いや、ちょっと待って。これVRマシーンでしょ? こんな高価なもの、貰えないよ」
「 …あぁ」
「え? あぁって」
「そういうのは考えて無かったから気にしなくていいわ。大人しく使い方と"簡単な"説明を受けて。それで私は帰れるから」
「え? えぇ!?」
こっちの疑問を無視して、強引にVRマシーンをセットしていく愛花。本当に…、愛花は愛花だ。
「これでもう出来るから。あとは分かるわよね?」
「いや、VRマシーンなんて触ったことないし、これだけじゃ分からないから」
「チッ!」
「舌打ち!?」
しかし、せっかく高価なプレゼントだが、さすがにゲームなんてやる気分にはなれない。いい加減、立ち直らなければとは思うのだが…、どうしてもモヤモヤした思いが晴れることはない。こんな時、千尋先輩なら、私の悩みなんてバッサリ両断してしまうのだろう。
いっそのこと、VRマシーンのかわりに先輩をプレゼントしてほしい。まぁ…、そんなことを言ったら間違いなく殺されるけど。わりと本気で。
「私もこのゲームはやっているけど、貴女とプレイすることはできないわ。とりあえずこの、体験版の使い方を教えるから…、オンライン版は自分でやりながら覚えてちょうだい」
まてよ? あの愛花がなんでVRゲームなんてやっているんだ??
ハッキリ言って愛花が先輩の面倒を放棄してゲームに没頭している姿を想像できない。愛花は週末、欠かさず道場にきて、午後はその足で先輩のところに通っている。
そんな愛花が時間のかかるオンラインゲームをやる理由は…、1つしか思い浮かばない。そう! 体が不自由になった先輩と一緒にオンラインゲームで交流しているのだ! それなら私もこのゲームをやれば…、先輩と接点が生まれる!?
よし、これはいける!
「そういえば、先輩はそのゲーム、やってないの? 別に興味はないけど、愛花とコンビを組んだら最強なんじゃないかな? いや~、2人ってお似合いだから、絵になるんだろうな~」
「ふふふ、見る目がありますね。私と兄さんは…。…。」
あいかわらず先輩を引き合いに出すとチョロくなる愛花。事故で寝たきりになると家族でも絆が壊れたりすることもあるそうだが…、愛花の場合は逆に深まった…、と言うより悪化してしまった。
「へ~。それじゃあ、ゲームもリハビリのうちなんだ。凄いね、先進医療って」
「えぇ、おかげで兄さんはかなり回復しました。まだ、定期的に病院のマシーンからログインしないといけませんが、この調子なら数年後には…」
「あぁ、やっぱりモニタリング? ちゃんとお医者さんが立ち会ってるんだ」
「そうですね。毎日昼食後、1時15分ピッタリにログイ…」
「それでそれで? もっと聞かせてよ!!」
「貴女、なぜ兄さんのことを聞くのですか? もしかして…」
ヤバイ、勘づかれた!?
「べべべべ、別にちょっと気になっただけだよ? 先輩には中学の時にお世話になったし!」
「 ………。」
ダメだ、完全に殺し方を考えている殺人鬼の目だ。愛花は先輩に近づく女性に容赦しない。ちょっとでも怪しい素振りを見せれば…、容赦なく追い詰めて…、妙な性癖を相手に植えつけていく。
やめて! そんな目で見られても、私は服従なんてしないから!!
*
「どうしたスバル? さっさと配置につけ」
「え? あぁゴメン。ちょっと考え事してた」
「ん? まぁプライベートに口出しするつもりはないが、剣を握る時はしっかり切り替えていけよ」
「はい! 師匠!!」
うん、"たまたま"だ、たまたま出会った。先輩だと気づいたのも後からって事にしよう。最悪、アイカにさえバレなければ、なんとかなる。
そんなことを考えながら、ボクは仮想空間で…、黙々と人を斬っていく。
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