#133(19日目・夜・セイン)

「よし、とりあえず必要な素材もそろったし、今日は早めに引き上げるか」

「そうですね。帰って商品の準備をしましょう」

「うぃ~。やっとアチシの[モールクロー]が手に入るにゃ」

「猫は1人でレベル上げをしていてもいいのですよ?」

「アイにゃんはもっと、猫を可愛がってもいいのですよ?」

「?」

「!?」


 夜、船長とモールキングを倒したところで、早めに狩りを切り上げる。今日は金曜日なので週末に備えて商品の準備だ。




 馬車と転送サービスを併用して、いっきにクルシュナに戻り、そのまま工房に直行。あとはひたすら素材を商品に加工していく作業だ。


「それで、とりあえず[モールクロー]はできたけど、エンチャントはするにゃ?」

「おまえの装備だろ、欲しければ勝手にやって、勝手にぶっ壊せ」


 最近、ニャン子が判断を丸投げしてくるのが気になる。勝手なことをしないのはいいが…、全く自己判断できないのも、それはそれで問題だ。俺たちはPTメンバーとして"今"は同じ道を進んでいるが…、目指す場所は異なる。ニャン子が優秀なのは否定しないが、それでもロールプレイヤーである以上、いつか袂をわかつ時がくるだろう。


「いや、まぁそうでした…」


 それはさて置き、エンチャントに必要な加工は、失敗して元となる装備を破壊する危険がある。他のゲームに比べれば成功率は遥かに高いので余裕があるならやったほうがいいのだが…、わざわざボスに挑戦するリスクを背負ってまで[モールクロー]を量産する気にはなれない。


 結局のところ、ボスの経験値効率は劣悪で、何よりリスキーだ。特殊な装備が手に入る以外に狩る意味はない。だからガチ勢はボス狩りを積極的におこなわない。特に効率最優先の勇者はそうだ。イベントを進めつつ、空いた時間に効率のいい狩場を巡回する。装備は手数料を払ってでも商人に買い付けさせる。自分で露店を見てまわるのも「時間の無駄」と言い切るヤツまでいる。


「兄さん、<武器製作>を覚えました」

「よし! 他の作業は保留にして、ソッチを優先して伸ばしてくれ」

「はい、まずは何から作りましょう?」


 商人系のジョブ経験値が溜まり、上位スキルの<武器製作>が解禁された。このスキルは名前の通り武器を自作するスキルだ。一般的に流通している装備なら作るよりも買ったほうが早くて安いのだが…、スキルレベルがあがると付加価値が付くので積極的に上げていきたい。


 スキルレベルを上げることで得られる恩恵は…。

①、製作可能なランクの増加。初期ではEランクのみだが、最終的にCランクまで自作できるようになる。


②、成功率と"良品ボーナス"の数値と確率の増加。相変わらずの良心設計でスキルレベルをカンストさせれば成功率は100%になるが、そこにステータス依存で攻撃力や耐久値にボーナスがつく。それほど劇的な数値ではないので自己満足だが、気にするPCはとことん気にするので、最高数値が付けばその分高値で売れる。


③、アレンジ機能。制限はあるが、ベースになる装備を選択して、そこから長さや重心を変更できる。調整は使いやすさだけでなく、物理演算にも影響するのでバカにできない。


④、初期エンチャント。初期状態から特定のアイテムを消費することにより、はじめからエンチャントを付与した状態で製作できる。初期エンチャントは通常エンチャントと違って成功判定が個別に設定されており、属性などのエンチャントは成功率が増加する。成功すると初めから"+2"の状態となり最終強化まで成功が補償される。


「そうだな、売りやすい[ショートソード]と[ダガー]を作ってくれ。属性は火以外ならなんでもいい」

「はい、おまかせを」


 Eランク装備の中でも癖の少ない片手剣と短剣で1番攻撃力が高いものを選ぶ。属性は通常エリアならほぼ腐らない火は温存して、他を優先して使ってしまう。結局のところ、初期エンチャントをつけておかないと店売り装備と大差なく、ランクのせいもあって売り物にならないのだ。


「あの~」

「ん?」

「お忘れのようにゃので、お尋ねしたいのですが~、"お願いを聞いてもらう"話は…」

「あぁ、そんな話もあったな。興味がないから記憶から消していた」

「ひどっ!?」


 そういえばスバルを手伝わせる条件にニャン子の用件を聞く話になっていた。スバルなら誘えばついてくると思うので、聞くだけ無駄だと思うのだが…、約束は約束だ。


「兄さん、手間のかかる猫は保健所に引き取ってもらいましょう」

「にゃわ!」

「まぁまて、内容によってはコチラに利がある可能性もある。保健所はそのあと判断すればいい」

「にょわわ!!」

「それで、用件はなんだ?」

「いや、そのですね…、妹の友達が…。…。」


 内容をまとめると、L&Cの手ほどきをしてほしいと妹に頼まれ、友達数人を含めて指導する話になったようだ。頼まれたのはあくまでニャン子なので、俺たちが付き合う義理は無い。むしろ、身内プレイのお邪魔になるくらいだ。そのため頼みづらく、試合に勝って俺に頼もうとしたようだ。


「兄さん。これは保健所で確定かと」

「ん~、まぁ保健所だな」

「にょわ~~ん!!」


 盛大に転がり回るニャン子。そんなに嫌なら断ればいい話なのだが…、どうにも断り切れなかったようだ。ニャン子は、自由気ままな猫のロールプレイをしているが、実のところ、猫にそれほど思い入れは無く、単に気が弱くて上手くいかないリアルのストレスを発散しているにすぎない。


 最近の依存も、同じものが根底にあると思われる。


「嫌なら断るしかないだろ? それに俺が手伝うにしたって、どの道オマエも立ち会うことになるだろ??」

「いや、妹はアチシのPCを知らないにゃ。だから、居ても居なくてもかまわないにゃ」

「はぁ?」


 話を聞けば、どうやらゲーム内でニャン子は妹と面識がないらしく、妹も姉と一緒にL&Cをプレイする気はないそうだ。今回、指導の話が持ち上がったのは妹の"友達"の要望であり、指導してくれる実力者が都合できれば相手は誰でもよかったのだ。


「仲の悪い姉妹きょうだいって実在するのですね…」

「いや、そこまで悪いってわけじゃないにゃ。アイにゃんのところが特別なだけにゃ」

「まぁ同性ですし、そういうものなのですね…」

「同性とかそういう問題じゃにゃいから!」

「兄妹仲の話はいいが、それならなおの事、断れ。妹だけならいいが、その友達もとなると"身バレ"の危険がある。本人たちに悪気はないだろうが、完全にマナー違反だ」


 個人情報を軽視してはいけない。今回の場合なら、1度受ければ…、また次も、今度は他の友達も、そうなるのは必然。そしてニャン子の正体が○○の姉だと不特定多数の人に広まってしまう。


「そこをなんとか…」

「この件に関しては、絶対に"NO"だ。ついでに、その依頼を受けたらお前をブラックリストに入れる。当然ギルドも追放だ」

「えっ…」


 みるみるうちに表情を崩していくニャン子。


 この問題の正解はハッキリしている。妹の友達赤の他人の無茶な頼みなど受ける必要はない。妹自身もノリ気でないなら、なおのことだ。それでも受けようとするのはニャン子ほんにんの意志などではなく…、単に断り切れなかっただけ。


 それなら、頼みを聞き入れるのは優しさでも何でもない。そんなものは、ただの"甘やかし"にすぎない。


「当然ですね。私たちは仲良しごっこのためにL&Cをプレイしているのではありません。行きづりで人助けをする程度ならまだしも、個人情報の絡む案件は絶対に容認できません」


 俺たちは遊びでL&Cをやっているわけではない。システム的に個人情報は守られていると言っても、リアル側でソレがおこれば対処のしようがない。


 そしてなにより、ランカーにとって"個人情報の流出"は致命的過ぎるハンデだ。ニャン子も元ランカーなので、それくらい理解しているはずだが…、リアルのニャン子のメンタルはそこまで弱いと言う事か…。


「ハッキリ言っておく。個人情報を甘く考えているヤツは"いらない"。断れないなら協力関係は解消だ!」

「   …ごめんなさい」


 ぽつりとつぶやき、そのままニャン子はログアウトしてしまった。




 結局その後は、変な空気の中、アイと二人で黙々と商品の準備をして過ごした。

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