#121(18日目・午後・セイン)
「ねぇスバル君、自警団とC√の人たちの争いが本格的に始まったらしいわよ。セインお兄ちゃんも、なんだかピリピリしているし」
「やはりそう思いますか? ゾクゾクしてきますよね!?」
「?」
その日、自警団とC√PCとの抗争が本格化した話題で各種掲示板は大いに盛り上がっていた。すでに自警団と縁を切った俺には関係のない話だが…、まったくもってお呼びがかからないこの状況に少しイラ立ちを覚えていた。もちろん、呼ばれないように立ち回ったのは自分の意志なのだが…、それはそれとして、大きな事件が起きているのに、自分は蚊帳の外なのがどうにも釈然としない。
「おまえたち、試合をするならサッサとやるぞ。俺は時間を浪費するためにココに来ているわけじゃない」
「はい!」
「はぁ~い。そういえば、ニャンコロさんは、今日は来ないの?」
「ん? あぁ、詳しくは聞いていないが、何か用事らしい」
試合をニャン子に押し付ける作戦は失敗してしまったが…、とりあえずユンユンは、昨日、ニャン子に心を折られたのを引きずってはいないようだ。まぁユンユンのメンタルは、もともとそれほど気にしていない。どちらかと言えば、ニャン子の方が心配なくらいだ。アイツはあれで、苦労や悩みを抱え込んだりするところがある。
「それで、ニャン子はいないけど、ユンユンは挑戦するのか?」
「その、スバル君には悪いけど…、私も挑戦するわ。たしかにお兄ちゃんの言う通り、上手い人とデスペナなしで勝負できる機会は、やっぱり貴重だからね!」
意気込みを見せるユンユン。気持ちだけで強くなれるものではないが…、向上心があるのは良い事だ。ユンユンの動画は、ハプニングで笑いをとるたぐいの動画で…、とても見る気にはなれないが、ちょっとは見られる内容になるかもしれない。
「えぇ…、いや、ボクはまぁ、かまいませんけど…」
「わわわっ、ほんとゴメン!」
セリフとは裏腹にテンションだだ下がりのスバル。コイツ、意外に喜怒哀楽が激しい。
「まぁいい。今日は2人まとめてかかってこい。同時に相手してやる」
「「え!?」」
「いや、私はいいけど…」
「その、それだと流石に…」
驚く2人。スバル1人でも充分戦えているのだから、そこにユンユンが加われば有利になる。そう思っているようだ。
「かまわん! あと今回は報酬として、あとで俺に付き合ってもらう」
「うわっ、すごい嫌な予感」
「その、ボクは、師匠のお願いなら何でも…」
「親しい間でも、善意の無料配布はやめろ。本当に大切だと思うなら、まずは対等の関係であることだ」
「うわ、なんか重いセリフ。セインお兄ちゃんの闇が…」
「茶化すな」
「は~い。でも私もその意見には賛成かな? 動画撮影の協力を、無償でつのっている私が言うのもなんだけど…、やっぱり後々トラブルになることもあるからね」
ユンユンの場合は動画で生計をたてている関係で、払ったら払ったで問題になってしまう。それこそ会社として正式に雇っているとかなら話も変わってくるだろうが…、税金の問題や、L&Cの利用規約的にゲーム内のアイテムや労働を現金に還元する行為は禁止されている。決して、お小遣いをあげる感覚でおこなっていい行為ではない。
「は、はい…。それで、ハンデと言うか…、ボクたちはフル装備でいいんですか?」
「まぁ丁度いいだろう。そのかわり、俺も本気でいくからな」
「え! あ、はい!!」
「うげっ、私のメンタルがががが」
ニャン子には、あぁ言ったものの、実際に俺も配慮するかは別の問題だ。俺はC√プレイヤーであり、マナーや気づかいについて他人にとやかく言えた義理はない。ただし「やるなら理解したうえでやるべきだ」とは思っている。行動には常に結果がともなう。もちろん、そのすべてを予測するのは不可能だが…、それは、思考を放棄していい理由にはならない。
「さて、堅苦しい挨拶は抜きだ。今回は実戦形式でいくぞ!」
「「はい!」」
開始の礼を省略して、試合がはじまる。
ギルドホームは酒場を模しており、普段は机や椅子を片付けてから試合を始めるのだが…、今回はそのまま戦う。簡易ではあるものの"障害物アリ"のマッチングと言うわけだ。
2人もその意図を理解したのか、悪い笑みを浮かべつつも2方向に展開する。
「いきますよ、師匠!!」
「くらえ! フライング・椅子!!」
スバルが正面から相対するタイミングにあわせて、ユンユンがわざとらしく横から椅子を飛ばしてくる。口に出してしまっては不意打ちにならないのだが、それはユンユンも折り込み済み。そもそも椅子には攻撃力が設定されていないので、ぶつけたところでダメージは発生しない。そう、はじめから俺の意識を散らすのが目的なのだ。
「あまい!」
「なんの!!」
飛んできた椅子をそのまま受け止めつつ、スバルの攻撃を回避する。そしてそのまま、椅子をスバルに投げつける。
しかし、スバルも当然のようにソレに対応する。姿勢は崩さず腰を落として最低限の動作で椅子を回避する。
この対応力、冷静さは流石と言わざるをえないが…。
「相変わらず、お綺麗だな!!」
「えっ、そんないきなり!? …って、うわ!!?」
ゆえに読みやすい。
椅子を投げつけたのは、単なる誘導。本命は[煙玉]だ。[煙玉]の盲目効果は物理的なもので、[祝福の指輪]などの状態異常耐性に影響されない。
「スバル君、上!!」
「くっ!」
机を踏み台にして頭上に飛びあがる。[煙玉]の効果はあくまで視界遮断のみなので、音や感知スキルで接近を察知する事は可能だ。
それなら足音のたたない空中から攻めるのみ。俺は鞭で天上にブラ下がり、当てずっぽうで放たれるスバルの一撃を見送り…、完全に姿勢を崩したスバルの背中に向けて…、落下しながら鞭の1撃を叩き込む!
「ひゃん!!?」
「ひゃん?」
「うぅ、まいりました…」
いくら相手が強くても、予測できる行動なら対処は容易。ゲームの仕様や装備の特性、相手の性格などを正しく理解すれば…、あとは詰め将棋と同じ。そういうことだ。
「えっと…、お兄ちゃん、強すぎない?」
「それで、まだやるか?」
「いや、まぁ、お願いしま…、ぎゃん! ってヒド!!」
律義に頭を下げている所に、鞭の攻撃をお見舞いして、あっさり終わりにする。
「ははは、さすがは師匠…」
「試合中に頭をさげるとか、油断しすぎだろ?」
「そういう問題!? いや、まぁいいけどさ…」
因みに、感知スキルに関しても結構穴は多い。人が備えている実際の感覚では無く、あくまでゲームシステムによる補助機能なので…、ミニマップに意識を向けないといけないとか、カウンタースキルに相殺されるなどの危険がある。
「しかし…」
「「?」」
「鞭って案外使えるな…」
癖のある武器なのでネタ扱いされがちだが…、使ってみれば、変幻自在でなかなか面白い。もちろんメイン装備として使うには限界があるが、サブウエポンとして本気で検討してみるだけの価値はあるだろう。
こうして…、期待の眼差しをおくってくるスバルをよそ目に、今日の対決は難なく勝利して終わった。
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