#098(15日目・午後・セイン)

「おい、そこのPC、止まれ!」

「いえ、人違いです」

「はぁ? 何言ってんだコイツ」


 いや、ごもっともです。


 午後、1度王都に戻ろうと転送サービスをハシゴしていると…、案の定、自警団に止められた。もちろん仮面は装備していない。


「おまえ、セインだな! おまえには痴漢やストーカー行為などの疑いがかかっている! 大人しく投降しろ!!」

「投降ってどうする気だ? もしかしてゲームマスタースキルでも使えるの??」

「いや、それは、その…」


 セクハラ疑惑が、いつの間にか痴漢とストーカーになっていた。つか、VRで痴漢ってどうやるの?


 自警団の人数は3人。どうやら俺を見つけて反射的に声をかけたはいいが…、その後のプランを考えていなかったようだ。


「話が終わったのなら通らせてもらえる? 俺、暇じゃないんだよね…」

「はぁ? ふざけんじゃねぇぞクズが。おめぇなんてL&Cにはいらねぇんだよ。さっさとログアウトして死ね」


 行くてを阻むように立ちはだかる3人。L&CはPCにもアタリ判定があるので…、ほかのゲームのように相手を無視してスリ抜ける手は使えない。


「おぉーぃ! ここにセクハラ常習犯のセインがいるぞー!! みんな~、こいつのSS撮って通報しよ~ぜ~」

「いや、犯行現場でもないスクリーンショットやログを送っても、受理されないだろ?」

「はぁ? そんなの知るかよ。状況わかってんの? …。」


 ヒートアップする自警団に対して、俺の心境は、驚くほど冷めていた。


 セクハラ疑惑がかかっていることは知っていたが…、ここまで炎上するのは理解の範疇をこえている。間違いなく裏で煽っているやつがいるのだろうが…、それに何の意味があるのか? 自警団が俺を潰しても何の得もない。これが…、"裏で噂を流しておいて、自分たちは何食わぬ顔で俺を擁護する"という流れなら、まだ理解できる。


 まぁ噂が独り歩きして手が付けられなくなった可能性もあるが…、どちらかと言えば怨恨の線を疑う状況だ。さすがにここまで恨まれるほどPKをしたつもりはない。もしかしてユンユンのストーカーの犯行か? 人前でユンユンと同行する機会はほとんどなかったはずだが、ユンユンがギルドホームに入り浸っているのは調べれば直ぐに分かるだろう。どれもありそうだが、どれも証拠不足。断定するには時期尚早だろう。


「とにかく! ここは通さない。通りたければ、俺たちをキルしていくんだな!!」

「腕に自信があるようだが、どうせC√のヤツとグルだったんだろ? 八百長ってやつ? そうでも無ければ大勢に取り囲まれて勝てるはずがない。そんなのただのチートだ」


 この程度、何とも思わないが…、こんな安っぽい挑発にのると思われているほうが心外だ。こいつら、ランカーの世界を何も理解していない。ランキング争いはヌルいフェアプレイなんてない、ガチな潰し合いだ。とりあえず頭にきたので、システム画面を操作する。


 とは言え、ここでコイツラをキルするわけにもいかない。この場合、この状況を録画している者がいて、仕掛けた瞬間を都合よく編集してバッシングのネタに使われる。その証拠に、3人はまだ戦闘態勢に移行していない。つまり"待機状態"であり、攻撃判定を持っていない。コイツラの狙いは"無防備な状態を攻撃された瞬間を撮影する事"であり…、おまけに"正当防衛"を成立させて俺を堂々とキルするのが第2目標と言ったところか。


待機状態:武器を収納した状態。この状態では魔法などの攻撃スキルも使用できなくなるので、人混みでも他者を傷つけることなく移動できる。


正当防衛:PCに先制攻撃を受けた場合、一部の禁止行為の条件を回避できる。つまり正当防衛が成立していれば相手を殺しても罪に問われない。つまり√落ちしない。しかし殺人判定はしっかり残るので…、殺人が全面禁止されている教会系のイベントは使えなくなる。


 そうこうしていると…、平日の昼間にもかかわらず結構なギャラリーが集まってきた。そろそろ頃合いだろう。


「おい、聞いているのかクズ野郎!?」

「あぁ、聞いてるよ。でも、俺が剣をぬいたら…、それをネタにするつもりだろ? いや~、こまったな~」

「さすがにバレていたか。まぁいい、そういうことだからよ、ここは通行止めだ。大人しくクルシュナに戻るか、ログアウトしてゲームをアンインストールするんだな」


 こいつら、通行妨害も立派な違反行為だって知らないのか? 続けていたら強制排出されるの、ソッチなんですけど? ともあれ、ここは一芝居うたせてもらう。


「面倒だから、お前たちには消えてもらう事にしよう」

「お、やる気になったか!?」

「ほら、さっさと剣をぬけよ、クズ野郎!」


 ざわつく野次馬。タイミングとしてはまずまずだろう。


「OK、それじゃあ、言葉通り、消してやろう(パチン!)」


 指を鳴らした次の瞬間…。


「はぁ? それがな… 」


 3人のアバターがほぼ同時に消失する。


 驚愕の声をもらす群衆を無視して、俺は王都への転送NPCのもとへ向かう。


 一見すると、本当にチートで相手を消滅させたように見えるが…、これも通常操作で出来る、いわゆる裏技の1つだ。


 通常、迷惑行為をしてもすぐに罰則が下ることはない。アカウントロックなどの罰則は執行まで猶予があり、軽度の迷惑行為なら見逃される場合もある。これは迷惑行為の発見判定を誤魔化すためのもので…、これがバレると"迷惑でも判定に該当しないならやってもいい"と思われてしまう。


 通行妨害も軽度の迷惑行為に該当するので、長く続けていると強制ログアウトさせられ、警告メッセージとともに24時間のログイン制限をうける。


 しかしこれでは、強制排出のタイミングは予測できない。そこで俺がおこなったのが、通報による判定の重ね掛けだ。通報を併用することにより、本来はランダムに設定されている迷惑行為のカウントダウンを強制起動させられる。これにより、任意のタイミングで迷惑犯を強制退場させられる。


 この手の情報は攻略サイトでもあまり大きく取り上げられておらず、普通にプレイする分にはお世話になる事のない知識だ。しかし、上位のランカーなら知っていて当然の知識であり、これを知らないと、下らない嫌がらせに貴重な時間を浪費させられてしまう。


「おい、なんだよあれ、本当にチートをつかったのか!?」

「ちょっと、通報した方がいいんじゃないか?」


 予想通り、野次馬の目にはチートにうつったようだ。しかし当然、違反行為ではないので通報されても処分される心配はない。


 そして3人は、このトリックのタネを警告メッセージで理解しただろう。「自分が違反行為をしたから強制ログアウトさせられました」と素直に言うかはわからない。もしかしたら、わかっていてあえてチートを主張するかもしれない。


 しかし…、それでいいのだ。


 いまさら誤解だの、和解路線に話が発展されても逆に気分が悪い。1度完全に関係を破壊する。やるからにはトコトンだ。




 こうして、王都襲撃事件の英雄は…、自らに犯罪者のレッテルをはるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る