#078(12日目・午後・セイン)

「セイン、お・に・い・ちゃん!」

「なんですか、気持ち悪い」

「ひどっ! これでも私、アイドルなんだよ!? ちょっと甘えた声をだしただけで、ここまで言われるのはショックだよ~」


 そういえばこの人、アイドルだったな…。


 昼過ぎ、いつものようにギルドホームに顔を出すと、いつものようにゲスト2人が我が物顔でくつろいでいた。


「えっと、セイン、ユンユンさんの話を聞いてあげて。なにか困りごとがあるみたい」

「どうせ動画のネタを提供しろとか、そんな話だろ? 興味ないな」

「ぐきっ、いや、まったくもってその通りなんだけど…」


 なんの捻りもない悩みに、心底どうでもよくなる。


 まぁ、動画で生計をたてているのでネタを欲する気持ちは理解できるが…、どちらかと言えば欲しいのは"ネタ"ではなく、ダレてしまっている自分を奮い立たせる"意欲"の方だろう。


 そんなものは自分でなんとかするか、ファンの人たちに頼むべきだ。


「とりあえず、"がんばれ"としか言いようがないですね」

「そ、そこをなんとか! いや、せめて話だけでも聞いて!」

「興味な…」

「勝手に言っちゃいます!」

「お、おぉ…」

「"L&Cカシマシ冒険記"の企画の反響はそれなりに良さそうなの!」

「はぁ…」

「でも、私もこの企画、綱渡りな部分があると思うのよ!」


 まぁ、そうだろう。ウケそうなJKをつかまえたのはいいが…、そいつらが動画として面白くなってくれるとは限らないし、突然なげ出す可能性も充分ある。


 俺なら間違っても、そんなヤツラには頼らない。


「つまり、他にも企画というか、保険が欲しいわけか?」

「そういうこと。具体的には4人の冒険、一応コッチが本編って事になるけど…、本編の尺は少なめにして、3人にはもっと映りたいって思えるくらいにするつもりなの! …。…。」


 要点をまとめると、3つだ。

①、へんにプレッシャーになっても困るので、はじめは本編を短めにして、"もっと出たい!"と思ってもらう。とくに初回放送を短めにしておけば、今後の調整も融通がきかせやすい。


②、匂わせておいた、ベテラン勢向けの解説コーナーへの期待が高すぎる。L&C既存プレイヤーにはそちらの方を期待する意見が多く、何かしら出さないわけにはいかなくなってきた。


③、ニャン子や俺を出せという意見が多い。②とも関係しているが、やはりL&C既存プレイヤーにとってランカーは憧れの存在であり、よく知らないアイドルよりもランカーを出せという意見が少なからず上がっている。


「そうだなぁ…、それなら"俺に勝ったら"ってやつで決めますか?」

「いや、スバル君と同じ条件は無理ゲーすぎるから。それに私、後衛だよ? 1対1で勝てるわけないじゃん!?」

「それは勝たせるつもりがないから、しょうがない」

「ひど! お兄ちゃんって、わりとドSだよね!?」

「(こくこく)」

「そうなのか? よくわからんが…、とにかく動画のことは自分でなんとかしてください。話はココまで。スバル!」

「はい、師匠!」

「さっさと勝負するぞ。俺は暇じゃない」

「ぶ~ぶ~、お兄ちゃんのケチ~」


 ユンユンを無視してスバルと向かい合う。


 スバルは何かとユンユンの肩を持つが、優先順位はそれほど高くないようだ。試合のこともそうだが、俺が狩りに出かけた後は、ちゃんと自分も狩りに出かけている。


「それで師匠、今日は何を用意したんですか?」


 [カタナ]を構えながら問いかけるスバル。ルール上はスバルも装備を変更できるのだが…、やはり[カタナ]に拘りがあるのか、そもそも他では勝ち目がないと思っているのか。とにかく装備は変更しないようだ。


 まぁぶっちゃけ、凄く助かる。


「あぁ、そういえば言い忘れていたが…」

「?」

「土日は試験はお休みだ。他のメンバーも昼間からログインしてくるから相手をしている暇がない」

「えぇぇ…」


 膝をついて落胆するスバル。よほど意気込んでいたようだが…、できれば"それじゃあ今日で決めます!"くらいは言ってほしかった。


「よくわからんが、さっさと始めるぞ!」

「うぅ、はぁぃ。おねがいします…」


 俺まで気が抜けてしまいそうになるが…、むしろチャンスだと思って、用意した"今日の装備"を構える。


 余談だが、非戦闘時の武器の表示は、それぞれの武器に設定された"表示方法"の項目で選択できる。基本的には系統ごとに鞘が用意されているが、短剣などの小型装備や暗器の類は非表示にもできる。あと、大剣などの大型装備は鞘に納められないので非戦闘時も背にグラフィックが表示されっぱなしになる。なので火力重視の大物装備は戦闘前から対策されるリスクがともなう。


「スバル君のテンションがパッとしないけど~、試合は試合。それじゃ~、はじめ!!」


 ユンユンの合図で試合がはじまる。一応、試合形式ではあるものの…、会場も酒場ならギャラリーもいない。イマイチ盛り上がりに欠けるせいもあり、落ち着いた滑り出しとなった。


「あぁ、今日は杖なんですね」

「そうだな。杖は魔法使い用の装備のイメージがあるが、物理攻撃用の杖も普通に存在している。基本的には、軽くてリーチがあり、防御もしやすいって感じだ。攻撃属性は打撃のみだが、武器特性で刺突攻撃スキルを打撃属性のスキルとして放つことができる」

「なるほど…」


 どうせ突き系のスキルはないので関係ないが…、試合が終わった後に話そうと思っていたことを、流れでついクチにしてしまった。


「まぁいいや、とにかくいくぞ!」

「あ、はい!」


 まずはギリギリの間合いから相手を押し出すように連続して突きを放つ。


「くっ、これは意外に、やりにくいですね」


 鞭もそうだが、基本的に長い武器は有利だ。とくに杖は打撃属性なのでノックバック効果も合わさって、距離を維持しやすい。


「ほら、どうした、ウケてばかりだな!」

「くっ! こ、これは…、これで! あっ」


 先ほどから杖の攻撃を[カタナ]でひたすら受けるスバル。[カタナ]は耐久値の低い武器なので…、いくら設定で耐久値が減らないとはいえ、かなり邪道な立ち回りだ。


 スバルの動きがどんどん悪くなっていく。なにかリアルでトラブルでも起きたのだろうか?


 それなら…。


「一気に行くぞ!」

「くっ、だめ! そんなに激しくされたら! くっ!!」




「そこまで! 勝者…、セイン!!」


 なぜだか、あっさり勝ってしまった。完全に棚ボタ勝利だが…、勝ちは勝ちだ!




 こうして、今日は秘策を使わず勝ってしまい…、すごく得をした気分になれた。

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