#045(7日目・午後・セイン)
「もっと! もっとよ!!」
「はい、オネエ様!」
「え、うそ! なんでコイツこんなに強いのよ!?」
「その魔物はこのエリアの中ボスだよ! とにかく走って逃げて!!」
「ははは、がんばれ~」
「なんだこれ?」
「さぁ…」
昼過ぎ、俺はユンユンをつれて"サーラムの湖"にきていた。
サーラムの湖は、ゲーム内でもっとも弱い魔物、スライムが多く出現するエリアだ。とにかくスライムが大量にいるので観光に来る分には面白いが入手経験値やドロップアイテムを考えると旨味はない。しかも街から離れているので6時代には人気のないエリアだったのだが…、今はとある名物PCのおかげで結構な賑わいを見せている。
「まぁいいや。知っていると思うけど、あそこでスライムに群がられてるのが"野生のラスボス"だ」
「うぅ、緊張してきました。本当に声をかけていいのでしょうか…」
「謙虚なのはいいが、こう言うのはちゃんとやっておいた方がいい」
なぜこんなところに来ているのかと言えば…、話は小1時間ほど前にさかのぼる。
*
「それで、私を仲間に加えていただく件は考えてもらえましたか?」
「あぁ、もちろん。つっても答えはNOなんだけど」
酒場の個室でアイドルと密会。
人によっては泣くほど魅力的な状況なのかもしれないが…、俺はユンユンのファンではないし、話の内容も色っぽいものではない。そもそも"VR空間であったって意味ないだろ?"っと思ってしまう。
「そこをなんとか! 無理に同行させてとは言いません。後ろ盾と言うか、ところどころで動画に映って…、できればアドバイスとか…、ボス狩りの画が貰えれば!!」
あいかわらずのDOGEZAスタイルだが、頼む内容は結構図々しい。その提案だと、完全に俺が1つコーナーを持っているみたいじゃないか。
別にアイドルには興味ないし、話も受ける気はないので無視してもいいのだが…、そこは俺も社会人なのでスジは通す。
あと、ちょっとした考えもあるので、あえて会って、ユンユンの反応を見ることにした。
「そのまえに聞きたいことがあるんだが…」
「はい! なんでもきいてください。エロやプライベート関係以外でしたら!!」
ユンユンは普段、親衛隊やファンと行動をともにしない。彼女はこれでもアイドル歴はそれなりらしく、ファンとの距離感に気をつかう。
あまり近すぎるとストーカーや個人情報を探ろうとするヤカラがでてくるし、遠すぎても高いところで踏ん反り返っていられるほどの人気はない。
それに親衛隊を頼りすぎると収入源である動画で叩かれてしまう。だから基本は一般ユーザーと同じ条件でゲームを攻略して…、昨日のような事件やイベント戦では親衛隊を招集するスタイルのようだ。
「実は俺、ビーストと知り合いなんですよ」
「え! もしかして、あのビーストですか!?」
「今から会いに行くので、アナタもついてきて、挨拶してください」
「あわわわ、その、いいんでしょうか私みたいなシガないバーチャルアイドルが…。ビーストさんと言ったらL&C関連の動画のトップですよ!?」
アイドルと言ってもVR限定アイドルなので、知名度はたかが知れている。対してビーストは、世間では忘れられた一発屋芸人だが、それでも全盛期はTVに出ずっぱりだったし、映画やCMにも出ている。
今ではL&Cやゲーム配信業界のみの有名人だが…、それでもビーストとユンユンの知名度や再生数の差は歴然だ。
とくにユンユンはちょっと売れて調子に乗った新人とは違う。謙虚で相手との格の違いも理解している。ビーストの名前にビビるのは当然だろう。
「ついでに言うとC√PCでもある」
「あ! そうでした。私、一応L√で行くと言ってしまったのですが、いい…、わけないですよね?」
「そんなことはない。もちろん方針しだいだが…、業界の先輩に挨拶に行くのは大切なことだ。別に、常に√間でイガミあっているわけではない。ようは見せ方だな」
よく勘違いされるが、L&Cは√間で普段から争い合っているわけではない。商人なんかはほとんどがN√だし、お互いの√の進行度が一定以上でないと発生しないイベントもある。
もちろん、面白がってPCを襲うPK専門もいるし、犯罪者を専門に狩るL√の賞金稼ぎもいる。しかしC値稼ぎならイベントに関係のないNPCを襲うてもあるし、殺人数稼ぎならC値にはならないが魔物判定をもっている犯罪者NPCもいる。
「なるほど、対決路線でいくか、√色を強調しないでL&Cを楽しむか、ですね」
「幸いなことに、昨日は王都を襲撃したC√PCを撃退しただけ。治安を守っただけなら、どちらの路線もいけるだろ?」
L&Cの動画は3種類に分かれる。
①、√攻略はあまり触れずにロールプレイに専念するタイプ。
②、√攻略はするものの敵対組織へのバッシングは控えてくださいと訴える、あくまでゲームとして√を進めるタイプ。
③、√色を前面に押し出して積極的にPKやPKKを動画化する対決路線のタイプ。
現状では③に傾きかけているが、これは荒れやすいジャンルなのでアイドルの動画としては不適切となる。
「たしかに。私も一応アイドルとして多くの人に好かれる行動をとりたいので…、協和路線もありですね」
「なんならN√や、かるくC√を体験してもいい。お互いの√の特色を体をハって体験するって名目なら、視聴者も納得するだろう」
「そうですね…。どうせ私の腕では√攻略を極めるのは不可能だと思っていました。それならいっそ、N√で転生回数を稼いで、視聴者の反応を見ながら今後の方針を決めるのもありですね…」
正直に言って、個人的にはユンユンがなにをしようと知ったことではないのだが…、このまま自警団の執行部隊ポジションにおさまるなら、むやみにL√色を強められたり、俺たちの行動を動画に残されるのは問題がある。
他にも目論見はあるので、ここはあえて協力的な態度を見せておく。
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