#010(2日目・午後・セイン)

「あぁ。えっと…、昨日はその、わるかったな」

「セインさん、こんにちは。そうですね、昨日は酷い目にあったので…、ココでの買い物は奢ってください」


 翌日、俺はクルシュナに戻り、店巡りをしていた。そこでバッタリ出くわしたのは、昨日、無敵時間を利用して盾がわりに使ったスバルさん。その後、ゴタゴタにまぎれてウヤムヤになったまま別れたが…、まぁ怒っていても不思議はないだろう。


「わるいとは思っているが、それとこれとは別問題だ。あとこの世界はゲームだからクレクレ言うと本当に恵んでくれるヤツは多い。だからこそ、"乞食プレイ"は注意しろ」

「あ、はい。すみません、ちょっとした冗談のつもりだったんですけど…、あと、セインさんって、話を誤魔化すの、うまいですよね」

「"さん"はいらない。あと、誤魔化せていないみたいだから上手くもない」


 すこしぎこちない雰囲気で会話をすすめる。まぁこういうのはソロプレイではよくある事だ。


 ちょっと成り行きで意気投合?した相手に対して、どう接していいかわからなくなる。顔を合わせるたびに狩りに誘った方がいいのか? それとも臨時は臨時と割り切って声をかけない方がいいのか? あるいは…。


「セインって強いですよね。あれって柔術の動きですよね?」

「柔術…、ではないな。一番近いのは合気道だけど、このゲーム用に色々組み合わせたオリジナルの流派だ」

「その、ランカーですか? やはり上位の人たちって…、そういうのを持っているものなんですね」


 お互い視線を合わせず、店の商品を眺めながら会話する。ハタからみたらジレったいかもしれないが…、ぶっちゃけた話、リアルでのコミュニケーション能力は死んでいるので、こういったお互いの距離感を掴むのはどうしても苦手だ。


「L&Cは移動や攻撃などを組み合わせる"コマンドアクション方式"ではなく、物理演算を利用した"オープンアクション方式"を採用している。つまりボクシングとか、実際の格闘技の技なんかも再現できるわけだ。しかし、それを全て処理していたらサーバーへの負荷が…」

「サーバー?」

「運営が管理しているゲームの本体みたいな? そこでこのゲームを管理して、俺たちはネットを通じて共有体験しているわけだ」

「なるほど」

「つまりだ、サーバーへの負荷を軽減するために、専用スキルを持っていないと蹴ったり投げたりできなくなっている。だからそれに合わせて、立ち回りやスキル、あとは"ジョブの設定"などで自分の戦闘スタイルを組み立てていく必要がある」


 L&Cはワンアバター方式を採用しているが…、例えば商人を選んだからと言って戦士として戦えないわけではない。そもそもスキルを覚えることにジョブの縛りはないので…、その気になれば全スキルを習得できる。


 しかし、すべて覚えたからと言って、すべて実戦で使えるわけではない。スキルには要求ステータスなどが設定されているほか、ショートカットに登録していないスキルやアイテムは使用できないので同時に使える数には限度がある。あとはC値やL値依存のスキルや、体内の"属性値"依存のスキルに、精霊と契約するなどの"イベントスキル"なんてのもある。



「ん~、結構難しいですね…、それに、たしかステータスポイントやスキルポイントって、一度使ったら戻ってこないんですよね? 怖くて使えません」

「リセットは専用のレアアイテムか、ごく稀にイベント報酬でももらえるが…、基本は"転生"ついでにリセットするって感じだな。気持ちは分かるが、あまり難しく考えずに好きなステータスを伸ばしていい。ほかのゲームだと職業で覚えられるスキルは限定されるが…、L&Cは職業やスキルは手間さえかければいくらでも獲得できるから、最初は回り道でも色々試して自分にあったスタイルを模索すればいい。取り返しがきかないのは"ステータス"と"ボーナススキル"だけだ。しかし初期種族だとステータスは3種類しかないから悩む要素は殆どない。物理で行くか、魔法で行くか、技能で行くか…、だけだからな。まぁボーナススキルだけは悩むが、それくらいだな」

「えっと、すみません。ボク、あまり頭良くないんで、覚えきれそうにありません」

「いや、コッチこそすまん、一度に言い過ぎた。まぁやっていれば自然と分かるから…、わからないことが出たら改めて聞いてくれ。俺は午後イチでログインしてるから。あと夜はツレがいるから、ログインはしてるけど相手はできないかな?」

「あ、はい! ボクはログインできるのは昼間だけです!」


 うわずった声でこたえるスバル。やはりこういった場合はPTプレイとかに誘うべきなんだろうか? しかし、それはできない。


「その、なんだ。多少は手伝ってもいいけど、まずは自分で考えて、自分のやりたいことを探すのがいいと思うぞ。L&CはオンラインVRのなかでもかなり自由度の高いゲームだからな」


 √で言えば、LとCの派生√なども存在している。それ以外にも冒険をせずに仲間とお喋りするだけのPCもいれば、商人でレアアイテムを売買しているだけのPCもいる。


 結局、どんなプレイスタイルが正解といった答えはなく…、まぁこれはオンラインRPGなら共通だろうが、結局、楽しんだ者勝ちなのだ。


「その、セインは…、どうするんですか?」

「俺は…、まぁアレだ。C値を稼いで転生して、まずは魔人化だな。そうすれば自分のダンジョンをもったり、街を襲うこともできる」


 L&Cは初期状態ではベーシックな"人族"しか選べないが、条件を満たせば"亜人"や"魔物"などにも転生できるようになる。そしてC√の最終到達点が、知性を持った魔力生命体であり、人類と敵対している存在である"魔人"に転生してダンジョンを経営したりする事。


 ステータスも一気に跳ね上がるので、人型なら人型専用の武器も装備できるし、両手持ち限定の特大剣を両手に2本装備するなんて芸当や…、上空から街を焼きはらうなんて事もできる。


 しかし、そういったプレイはデメリットも存在する。通常PTが組めなくなったり、死亡時のペナルティーの爆増、必要経験値の増加に、街を利用できなくなるなど。もちろん協力の形は色々あるので協力プレイは不可能ではないが…、やはり行きずりで知り合った相手に背中は任せられないだろう。


「その。セインさえよければ…、その…」

「PTは組まない」

「うぐっ」

「まずは自分のやりたいことを探して来い。俺はこう見えても目的を持ってプレイしている。目的とか自分探しの旅に付き合うほど、俺は暇じゃない」

「そ、そうですよね…」

「だが…、スバルは才能がある」

「え?」

「気づいていないかもしれないが、初心者でオマエほど動けるやつはいない。間違いなく体を動かしなれてるヤツの動きだ」

「そうなんですか? セインと比べたら全然だと思いますけど…」


 オープンアクションはゲーマー泣かせの仕様だ。指の動きや反射神経だけでは攻略できない。レベルアップで補正がかかればその限りではないが…、低レベルのうちは運動センスのあるヤツが強い。その点においてスバルは間違いなくセンスがある。普通ならステータス的に倒せる相手でも、巨大なヘビは威圧感があるし、高速の突撃にも気が動転して反応できない。それが普通なのだ。


 それを最初から対応できたスバルはランカーくらいなら充分になれる素質を持っている。しかし…、素質があるヤツはスバルだけではない。ランカーになるヤツは全員"素質がある"のだから。スバルは素質以外の何かを持っているか…、そもそもスバルはこのゲームを何年つづけていけるのか…。


 ネットゲームを長く続けるなら、特定の誰かに依存したプレイは不向きだ。特に俺は頂点を目指している。かならずどこかで道を分かつ時が来るだろう。だからスバルには"自分なりの楽しみ方"を"自分の手で"見つけてほしい。


「俺と比べるな。自分で言うのも何だが、俺は正真正銘のガチ勢だ。VRマシンのスペックやダイブ環境、役立ちそうならL&Cとは関係のない武術だって研究する。別に、スバルにそこまでやれとは言わない。しかし、俺が参考にならないのも事実だ。まずは自分の目で見て、自分の肌で感じろ。ちょっとしたアドバイスや、一時的な手助けならしてやるから」

「 …わかりました。ちょっと考えてみます」

「そうしてくれ。あと俺のメールアドレスだ」

「はい。ありがとうございます」


 そう言って、スバルは複雑そうな表情で去っていく。かく言う俺も…、多分、へんな表情をしていると思う。




 こうして俺は、ガチ勢として自分の道を貫く選択を通した。

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