第9話 作戦開始です!
ガクはシャルの貴族であると言う立場を使わせてもらうことにした。
始めはガクも断ったのだが、これからやりたい事を伝えたらそう言って聞かなかったのだ。
すぐに実家へと連絡を付けてくれて、今から会ってくれると言う。
(貴族ってそんなに簡単に会えるものなのか?暇なの?)
シャルにこれからやる事を細かく説明していると、迎えの馬車がやって来た。
「これが貴族の馬車…」
「どうした?早く乗るのだ」
ガクは馬車自体を見たことが無い。
馬ですら実物は動物園のポニー乗り場で見たくらいだ。
二頭立ての派手な装飾が付いた馬車はおとぎの国の物にしか見えなかった。
「12時になるとカボチャに戻るとか?」
「何を言っているのだ君は?」
馬車に揺られて5分程でシャルの実家についてしまう。
これであれば待っている間に歩いて行った方が断然早かったが、シャルにそれを言うと「そんな恥ずかしい真似できるか!」と怒られてしまった。
上位の貴族が街中を徒歩で移動するのは、家格を落とす恥ずべき行為とされていた。
「あの、もしかしてシャルさんのお父様ってかなり偉い人?」
「ん?ああ、公爵だから爵位第一位だ。王族の下だな」
(うおおっ!超上の人じゃないか!なんでそんな偉い人がいきなり会ってくれるんだよ!)
家の敷地に入り正面玄関前に馬車が止まる。
ガクが降りようとするとシャルに止められてしまう。
外の者にドアを開けさせるのだと言う。
その上、目上の人や女性が先に降りるのだそうだ。
ガクのいた地球でも国によって変わるが、このガリア王国ではこの順になるようである。
馬車を降りると玄関前にずらっと使用人が並んで迎えていた。
「お帰りなさいませ。シャルロットお嬢様。シャルル様がお待ちです」
(ふおおっ!爺やだ!爺や!名前、セバスチャンとかかな)
「ありがとう、ナゼール。腰の調子はどう?」
「最近ひどくなって来まして、シャルロットお嬢様にさすって頂ければ良くなると思うのですが」
「ええ、分かったわ、後でね」
(残念、ナゼール爺さんだったか。それにしても実家のシャルさんはお嬢様な喋り方も出来るんだ。違和感ハンパないな)
「何か言いたい事がお有りになって?」
「いいえ、何でもございませんよ、シャルロットお嬢様」
「うぐぐっ」
(勝った)
そうこうするうちに大きな扉の前に着く。
ナゼールが扉をノックすると、中から入室の許可が出る。
中に入ると一人の男性がいた。
鋭い眼光に先が尖った口髭、高級そうなスーツに身を包んだ40代後半といった見た目をしている。
自分の父親とは随分とかけ離れた格好良さである。
「お父様。ただ今帰りました。今日はこちらの方にお会いして頂きたくて、無理を言ってごめんなさい」
「シャルロット!私は反対だ!まだ21になったばかりではないか!こんな何処の馬の骨とも分からない男に可愛い娘はやらん!」
「お父様?な、何をおっしゃっていらしてるの?」
「こいつが私の可愛いシャルロットを誑かした男か!ええい、そこに直れ!剣の錆にしてくれる」
部屋に飾ってあるサーベルを抜き放ちガクの目の前に切っ先を突き出す。
「お父様!?」
「シャルルさん。僕は今日、シャルロットさんとの交際の話をしに来たわけではありません!この国の歪みを正したく、ご助力をお願いに来ました!」
「むう?国の歪みとな。それは何の事だ」
ガクの言葉に娘を溺愛する親の顔から、為政者のそれに変わる。
流石に爵位の最上位を担う者である。
「獣人の方達が教会や王宮の一部の人によって罪無き罪を被らされて苦しんでいると聞きました。実際にその迫害されている獣人達にも会いました。彼らは私たちと同じ人です。それを獣だ、災いだと言い、それを政治利用しようとしているのが、この王国の歪みです。僕はそれを元の正常な状態に戻したいんです!」
「そうか、獣人の事か。気持ちは分かるが、君一人で何とかできる問題では無い。私もそういった種族の違いを政治に利用するのはあまり好きでは無いが、手助けをする事は出来ない」
やはり、エルフ族のこの貴族は、人族に目を付けられてエルフ族全体の地位が落ちるのを嫌がっているのだろう。
「それは、あなたがエルフ族だからですか?」
「な!そうか、シャルロットはもうそこまで話す程の仲なのか。うぐぐ、シャルロットとの交際の話では無いと言っておきながら、汚いぞ!」
「お父様、彼は私が話す前から私がエルフだと言う事を見抜いておられました。恐らく女神ミネルヴァの加護があるのかと思われます」
「何?それ程の男なのか。そうは見えないが」
「他にも雷帝や火龍、それに私にも分からない上位の神の力を難なく行使しておりました。この方はいつかこの王国を変えてくれるお方です。ね、お父様。ガク様に手を貸して頂けないでしょうか」
シャルルは考え込んでしまった。
ガクは大した事は言えなかったと、内心落ち込んでいた。
こう言った説得や人の心を動かすような話は苦手である。
「ガクくんと言ったね。私も協力しよう。シャルロットがここまで言うからには、君は何かを持っている人なのだろう。私は君の事はよく知らないが、娘の事はよく知っているからね」
「ありがとうございます!」
「お父様!」
「だがシャルロットはまだ嫁にはやらんぞ!」
「もう!その話は良いですから!」
どうやってこれから、獣人達を救い出すかという方法の説明をする。
ザックからいくつもの紙の束を取り出す。
「これは僕が書いた物語です。獣人が如何にして一部の為政者に貶められて苦しんでいるのかと言うのを人族目線で書いてあります。そして、それを助けるのが人族の勇者です」
「この紙の質や印刷技術は物凄いな。いや、これも神のお力か。ふむ、人族が貶めたのに、助けるのも人族なのだな」
「はい。出来れば民衆を味方につけたいんです。これを出来るだけ多くの人に読んでもらいたいです。吟遊詩人に歌ってもらうというのも良いかもしれません。それとこれです」
ザックから丸めた紙を取り出し広げる。
そこには獣人をイメージしたイラストが描かれていた。
実際にはガクがインターネットで拾ってきたSNSに公開されていた知らないイラストレーターのイラストをダウンロードして拡大印刷したものだった。
男性獣人はカッコよく、女性獣人は美しく描かれた物を選び画像加工ソフトで上手く加工して、分割印刷してから貼り合わせて大きなポスターにした。
男性獣人のポスターには力の強い獣人らしい言葉をガリア語で合成している。
女性獣人のポスターは子や仲間を想い、守る優しさを言葉にした。
日本ではチープで使い古されたキャッチフレーズになりそうだったが、ここではわかりやすい方がいいと思って、素直な言葉を出来るだけ選んだ。
ポスターはいくつかのパターンがあり、見る人の好みが偏らないようにした。
「これは!迫力ある絵にこの言葉は良い!これは獣人の印象を大きく変える事ができるぞ」
「ガク、君はどれだけの神の恩恵を授かっているのだ」
「言葉遣い戻ってますよ」
「ああ、いや、こほん、嫌ですわつい、おほほほ」
神の恩恵でも何でもなく、日本のネットとプリンタのお陰でしか無い。
だが、今は使える物は何でも使う。
ずるいかも知れないし、自分のではない世界に無用に技術を持ち込むのもいけない事かも知れないが、アリス達が達観した目で現状を受け入れているのに比べたら、これくらいなんて言うことでもない。
「これらでイメージ戦略を行います」
「イメージ戦略?」
「はい。あちらがやっていた事と同じです。獣人が受けた酷い仕打ちを知ってもらい、同情を誘います。そして、それとは別に良いイメージの獣人というのも、アピールします。後はさらに別口からも攻めたいのですが、ちょっとだけ嫌なやり方をします」
人を雇い獣人についての良い噂を流してもらう。
大した事はない話で良く、例えば馬車が荷崩れした時に積み込みを手伝ってくれた、と言うような些細な事で良い。
本当にあった事でもないホラ話ではあるが、物語の酷い仕打ちとポスターの良いイメージと多方面から攻めていけば、信じやすくなるだろうと踏んでいる。
(インターネットのように誰でも情報を得られるわけではないからね。情報源を自分で選ぶ事が出来なければ、今手に入る情報が全てだと思うはず。あちらの世界での戦時中のプロパガンダと言う奴だ)
「中々にずる賢い作戦だな。だが面白そうではないか!この物語とこの絵を貴族の知り合いに広めよう。平民には、ナゼール!これらを獣人が住む辺りの近くで人族に出来るだけ広めてくれないか」
「かしこまりました」
ガクがやろうとしていた作業をシャルルが全て担ってくれた。
助かるが、そこまでしてくれるとは思っても見なかった為ガクは少し驚いていた。
獣人のイメージアップ作戦は任せる事にして、ガクはもう一つの大事な作戦の為に街に戻る事にした。
シャルがまた馬車で送り届けてくれると言うのでお言葉に甘える事にした。
「シャルロット。少しいいか」
「あ、じゃあ僕は馬車で待ってますね」
「ええ、ありがとう」
ガクが退席したのを見てシャルルは溜息をつく。
「はああ。シャルロットよ。お前はその年になってもまだやんちゃをしているのだな。たまに帰ってきたかと思えば男連れだし、その男は革命家のような輩だしな」
「ガクは革命家ではありません。でも結果的に同じ事を成し遂げると思います」
「ベタ惚れだな。まあいい、私もあの男は気に入った。逃さぬようにするのだぞ」
「そ、そういうのではありませんって」
馬車で街の中心まで送ってもらう。
「本当にここで良いのか?家まで送るぞ」
「いえ、まだやる事がありますから。今日はありがとうございました。今度は何処かに食事にでも行きましょう。ご馳走しますよ」
「ぐっ、だから、そういう事をさらっと言わないでくれないか!私だって勘違いだとはわかっているのだが、これは父上の血筋だとわかっただろう」
(そんなに深い意味で言ったつもりじゃないんだけどな)
シャルと別れたガクは『アニエスの魔導具屋』に来ていた。
「こんにちは」
「あらぁ。また来てくれたの?うれしいわぁ」
先程まで一緒だったシャルとのテンポのギャップが酷い。
「あの、ここは買い取りもしてくれますか?」
「そうねぇ、物によっては買い取りしても良いわよう」
それを聞いてガクはザックの中から色々と取り出す。
日本でとにかく色々な物を買い集めてみたのだ。
「あらあら、たくさん持って来てのねぇ」
ガクの自信のある物から見せていく。
「これなんてどうですか?」
百円均一のお店でかったアクセサリーだ。
値段の割にはよく出来ている。
「これはガラスでしょう。細かい細工だけどあまり高くは買えないわぁ」
「そ、そうなんですか…」
見た目もキラキラしていて絶対に高値が付くと思っていたのでがっくりと肩を落とす。
「これは何かしら」
「ああ、これは蛍光ペンです。ほら紙に書くとちょっと光って見えるでしょ」
「これはいくつ仕入れられるの?いつ揃えられるの?」
アニエスの様子が急におかしくなる。
(え?何?ちょっと怖い)
「ねえ、どうなの?」
「えっと、最初は2、30本くらいかなって。売れそうなんですか?」
「売れる!50は揃えて!売値は大銀貨1枚、販売手数料として銀貨1枚でどう?」
(うえっ?一万円相当?!いやいやそれは無いでしょ。だってこれ3本百円だよ!)
「そ、その値段で売れるんですかね?」
「ええ!貴族はこういう今までにない物が大好物よ!色も綺麗だし光るインクなんて面白すぎるわ!」
(この人、商売になる話だとこんな感じに変わるんだな。ギャップが凄過ぎる)
「分かりました。50本揃えてみます」
「もっと揃えられるなら幾らでも集めるのよ!」
「は、はい」
アニエスは目をギラッと光らせて、他の商品にも手を伸ばす。
商売魂に火が付いたようだ。
「これは何?」
「ああ、カップ麺です。食べ物ですよ。お湯あります?」
「食べ物?この中に入っているのね。お湯は沸かしてあげる」
お湯が沸くまでの間に他のものを見る。
「これも食べ物かしら!このチューブの中にペースト状のチョコでもはいっているのね!」
「ああ、いえ、これは食べたらダメですよ。これは瞬間接着剤です。例えば、この紙と紙の間に接着剤を付けたら、ほらこうやって一瞬でくっつくでしょ」
「なんて事!まさか魔法を使って騙してるのでは無いでしょうね!」
「そんな事しませんよ!ほらアニエスさんも試してみてください。紙じゃなくても大抵のものはくっつきますよ」
アニエスは売り物のお札とガラスの小瓶を掴み、接着剤で付けてしまう。
「うははは!面白い!面白いわ!何これ!ほら、布切れにも宝石が付いたわ!服の飾り付けにも使えるし、これも売れるわよ。それで?いくつ?」
「わかりました。これも50揃えてみます」
(ネット通販ならまとめ買いも出来るかな。今年のお年玉なくなっちゃう…)
お湯が沸いたのでカップ麺に注ぎ3分待つ。
「出来ました。フォークが食べやすいと思います」
「どれどれ。んーいい匂い。!?何これ!美味しい!このスープもフォンが効いてて濃厚ね!」
あっという間に食べ終わってしまう。
そして、アニエスはガクの事をじっと見る。
「はあ。分かりました。50ですね」
「んーん。100は用意して!これは爆発的に売れるわ!小金貨1枚で売れる!あ、さっきの接着剤?は大銀貨3枚ね。どれも手数料は1割でどう?」
どうやら懸念していたお金を集めるというのは何とかなりそうである。何とかならなかった時はガクのお年玉が消え、毎日カップ麺生活になるだけである。
(命に代えても売らなくちゃ)
明日、まずは手に入る分だけでも揃えると話をしてアニエスの店を出た。
店を出る頃には落ち着いたのか、またのんびりとしたアニエスに戻っていた。
(急激な温度差でヒートショックになりそうだよ)
最後にアリスの待つ路地裏の獣人街に向かった。
「こんにちは、アリスちゃん」
「わあ!魔道士様!来てくれたのですね!うれしい!」
(そう言えば名乗って無かったな)
「お母さんの調子はどう?」
「はい!とっても元気になりました!今も向こうの表通りで朝採れた野菜を売りに行ってます」
(獣扱いされているって話だったけど、畑を持ったり野菜を買っては貰えているんだな。それならこっちも何とかなりそうだ)
母親のアリシアが帰って来るまで、これから獣人にやってもらう事を先にアリスと一緒に試していた。
「これが、私たちが仕事にするものなんですか?」
「ああ、そうだよ。これで皆んなが暮らしていけるくらいには稼げれば良いんだけど」
獣人の地位回復はシャルルが何とかしてくれそうだ。
今の生活を変える為の初期費用はアニエスの商売感が上手く導いてくれる筈。
これまでの問題は直接関係の無い人達にも関わらず、皆協力してくれたが、今度のは自分達で何とかしなくてはならない。
本来なら全部自ら解決すべき事なのだが、優しさに甘えて人に頼るのも大事な事である。
何かをしてくれたなら、それを気にするのではなく、大いに手伝ってもらい、後で精一杯お礼を返せばいい。
信頼という言葉では言い表したくは無かったガクは、この気持ちが示す言葉が見つからない事に不満を感じていた。
(もうこの先何が起きても受け止められる。裏切られようと、失敗しようと、結果がどうなってもそれは苦しみにはならない。また次に向かうだけだ。獣人達が幸せになったのを見るまでは諦めるつもりは無いんだから、いつかは必ず成功する)
いつしか、ガクは他人をずっと避けていたのをすっかり忘れるくらい、誰かとの距離をぐっと近づけるようになっていた。
こんなに簡単な事ならもっと早くこうしていれば良かったと、少しだけ残念がっていた。
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