第8話 準備はいいですか?
二階の自室から一階に降りると、ガクの両親と妹が驚きの声を上げる。
「お兄ちゃん!今までどこに行ってたの!心配したんだからっ!」
「ガク、良かった無事だったのね…」
「はあ、何だやっぱり大丈夫だったじゃないか。ガク!遅くなるなら連絡くらいしなさい」
「あ、ご、ごめん…」
既に夜の12時を回っていた。
普段はあまりガクと話す機会も無く、すれ違いの多い家族だと思っていたが、ガクが思っていたより心配されていて驚いている。
妹のウサギに至っては、ガクの胸元にしがみ付いて泣き出してしまっている。
(あれ?帰る世界を間違えた?転移する度に少しずつ世界線がズレるとか。そんな訳ないか)
これがこの家族の本当のガクに対しての気持ちなのだろうか。
いつもの素っ気ない態度は何だったのだろうか。
あちらの世界での自身の気持ちの変化以上に戸惑っている。
(一応、家族として見てくれているって事かな)
皆が落ち着いたので、明日も学校や仕事がある為寝ることにする。
「あ、そうそう、さっきレンゲちゃんにお兄ちゃんが行ってないか電話しちゃったから、明日謝っておいてね」
何という爆弾を最後に投下するのか。
明日はズル休みをしてあちらの世界に逃げ込んでしまおうか、本気で悩み始める。
流石にまた失踪してしまうのはマズイだろうと諦めたが。
翌日、学校に行くと既に教室にいた蓮華に睨まれる。
「レンゲちゃん。おはよう。昨日はウサギが変な電話してごめんね」
「な、ちょっとガ…霞沢くん。ここでは『ちゃん』はやめてよ」
昨日1日で初対面の人に何人も会い、みんな仲良くなった。
そのせいか、古くからの付き合いの蓮華であれば今まで以上に安心しきって話してしまった。
その為、二人きりの時だけの呼び方や話し方になっていた。
(お、おい、あの霞沢が鷲羽さんの事をレンゲちゃんって呼ばなかったか)
(うそー。レンゲとあのネクラオタクって付き合ってるの?趣味悪ーい)
「あ、ごめん。……。鷲羽さん!僕は君のストーカーじゃないから!ただ、今朝、中学の時の友達に会っちゃってさ、鷲羽さんの事をそう呼んでたからうつっちゃったんだよ。キモいよね、ははっ」
(なんだ、キモオタクの妄想かよ)
(普段から心の声ではそう呼んでるんじゃない?レンゲかわいそうー)
「ね、ねぇ、ちょっと変な事言わないでよ。ガク、霞沢くんはキモくないよ。ストーカーでも無いし、私の友達だから!」
みんなに聞こえるように大きな声で話す蓮華。
「ああ、僕なんかが話しかけちゃってごめん。別に大した用じゃなかったから、ほんとごめんね」
昨日こんな話し方をした人を目にしたような気がする。
自分でイラつくと言っておきながら、自分で同じ事を言ってるじゃ無いか。
これではアリスやアリシアの事を責める資格は無い。
「むー!ガクくん!私はガクくんの事が友達として好きだから!いい、ここ間違えないでね!友達としてよ!だから、特に用がなくても話しかけるのは普通だし、私の事『レンゲ』って呼んでって前に言ったのは私だから!」
突然の友人宣言に教室が騒つく。
既に呼び方も変わっている。
「私、ガクくんの事をオタクだとは…思ってるけど、キモい…とは思ってるけど、嫌じゃ無いわ!一緒に居て楽しいし、遊びにも行きたいし、もっとお話ししたいわ!」
(ね、ねぇ、あれって、告白なんじゃ無いの?え、違うの?だって、あんなの好きって言ってるようなもんじゃないの?)
(うわー、俺たちの鷲羽さんが汚れちまったー)
「レンゲちゃん?もういいから。君がこちら側に来る事ないよ」
「ガクくんもガクくんよ!何がこちら側よ!カッコつけてないでよ!昨日だってどれだけ心配したか、私昨日寝ないでガクくんからの連絡待ってたんだからね!」
一層騒つく教室。
もうおしまいだ、と泣き崩れる男子もいた。
「はーい、ホームルーム始めるわよーって、みんなどうしたの?」
担任の先生が入ってきた事でこの騒動は幕を引くことになったが、その後もこの蓮華の告白にも似た発言は瞬く間に学校内に駆け巡った。
蓮華は学校内でも一二を争う人気を誇っていて、上級生にもファンがいるらしい。
ちなみに一二を争う相手は従姉妹の舞穂である。
(相談したかったんだけどな。しばらくは話しかけない方がいいかも)
「ガクくん!お昼一緒に食べに行こ!」
お昼休みになり、蓮華が単身乗り込んできた。
「レ、鷲羽さん?美濃さんはいいの?」
「恵那も一緒よ。ほら早く学食座れなくなるから!」
蓮華の後ろには蓮華といつも一緒にいる美濃 恵那(みの えな)がいた。
心なしか心配そう、と言うよりは不満そうである。
「せっかくレンゲと二人きりになれる時間なのに…」
後ろでぶつぶつと言っているのが聞こえてくる。
「僕はいいから、美濃さんと行って来なよ」
「だーめ。もう友達宣言しちゃったから、これからは遠慮なんてしてあげないんだから」
以前なら迷惑なだけだと感じるいつもの蓮華の強引な発言だが、今のガクには心地よさがあった。
「美濃さん、邪魔しちゃってごめんね」
「これは貸しよ。今度レンゲとスイーツを食べに行くからそこで奢りなさい」
それだとガクも一緒に行くことにならないだろうかと思ったが、恵那には逆らえる気がしなかったので突っ込めなかった。
学食に来て3人で食事をとっていると、周りからの視線が気になる。
元々人気のある蓮華に加えて、恵那もルックスは良いため、見た感じでは美少女二人をオタクが引き連れている絵面になる。
「やっぱり別々で食べた方がいいんじゃ」
「だめ」
「諦めたら?レンゲがこうなったら頑固なのは知ってるでしょ」
仕方がない、どうせなら相談したかった事を切り出してみる。
「二人に相談なんだけどさ」
「なになに?恋の話?お姉さんに何でも聞きなさい」
「恵那は何で急に乗り気なのよ」
アリス達獣人の今の境遇をセグメントや獣人という事を伏せて話す。
「つまり、その人たちが謂れのない風評で村八分みたいになっているのを周辺の人達の誤解を解いて仲直りさせたいって言うのね」
「レンゲは今の話しでよくそこまで理解できたね」
「美濃さんは恋バナじゃないって分かった途端にテンションだだ下がりだね」
「まあね。でもその周りの人達はいじめているみたいで気分が悪いね。何とかしてあげたくなるのはわかるよ」
情報を使って上手く誘導できるのが良い。
周辺の人達を悪者にするのではなく、これからずっと付き合って行く良き隣人になって欲しい。
「そう言うのが一番難しいよね」
「やっぱりこういう時って言うのは、知らないという事が一番の問題なんじゃないかな。知らないって怖いわ。怖いとそれを遠ざけたり攻撃するのは怯えているって事だと思うの」
「その人達の事を知ってもらうって事か」
「あ、はいはーい!その人達、変な風に勘違いされているんでしょ?だったら、イメージ戦略でさ、プロモーションビデオみたいなので宣伝するのはどう?」
「どうやって作るのよ、お金もかかるわよ」
「そっかー。いいと思ったんだけどなー。PV」
「PVか。美濃さんの考えも良いと思うよ。良いところを知ってもらう事になるし、お金を掛けずにアピールできればいいんだと思うから、それを考えてみるよ」
学校が終わり家に帰ってくると、ウサギが既に帰宅していてガクを迎えていた。
「お兄ちゃん!おかえり!あ、オヤツあるよ!ジュース入れようか?」
「ウサギどうした?いつも、目も合わせないのに」
「そ、そうだったかしら?おほほ」
「それは何キャラ?まあウサギが僕と話してくれるのは嬉しいけど」
「ちょっとキモいんだけど。…でもそれでもいい。キモくても良いから何処にも行かないでね…」
(これは相当心配させたかな。涙目で裾を掴んで来るなんてわざとじゃないよな。あっちの世界に行きづらいな)
「ねぇウサギ。今日もちょっと出かけて遅くなるけど、安全な所だし大丈夫だから。スマホは繋がらないけど、電波が通らないだけで、心配しなくて良いからね」
「うそ!やだやだ!帰ってこないのはやだー」
「だから帰って来るってば。じゃあこっちから電波の通る所に行ったら電話するよ」
「ううっ、分かった…。しなかったらもう口聞かない」
(それは今までと変わらないんじゃ)
ウサギからようやく解放されて自室に戻り、あちらの世界へ転移する準備をする。
家に帰る前に百円均一のお店で買い集めたものをザックに入れる。
蓮華と恵那が提案してくれた、獣人を知ってもらう事、それをPVでアピールするという事に着想を得て、ある準備もしておく。
(出来上がったけど、たくさんあった方がいいかな)
「ウサギー!ちょっとコンビニに行って来るから。何か買って来るものある?」
「『ガリガリさん』買ってきてー。ソーダ味」
(まだ寒くないか?売ってるかな)
近所のコンビニで準備の続きをする。
『警告。要注意に指定されている人物が接近中です』
(何ぃっ!現実世界だぞ!あ、そうか、青海さんが近くにいるのか!)
窓から外を見ると黒姫が外を歩いていた。
緑のマーカーが頭の上に光っている。
(あの「ノワール」は青海さんだったのかな。ちょっと調べてみよう)
ステータス画面から《鑑定》を実行する。
『青海 黒姫 あおみ くろひめ 16歳 女 要注意
レベル:26
HP:523
MP:0
魔界の姫。』
レベルが2つ上がっていた。
要注意と出るのは《マーキング》による設定のせいなので問題ない。
(「ノワール」とかって出れば分かりやすいんだけど、そうは行かないな。レベルが2つ上がるような事をしていると言うのは気になるな)
ガク自身は一気にレベル34まで上がっている為、人の事は言えないがその事には気付いていない。
ふと、黒姫が立ち止まりこちらを見た。
ガクと目が合い、「くすっ」と笑ったように見えた。
(え?僕の事を認識している?いや、クラスメイトなんだから当たり前なんだけど、何だこの感覚)
黒姫の口が動く。
窓越しの為声は届かないが、知っている言葉だったので口の動きだけで理解できた。
『やっぱりあなたも私と同じなんですね』
(あの時の「ノワール」は彼女だったんだ!そして、僕の事もバレている。名前が同じだから、そこは覚悟していたけど、あの言葉といい何か彼女は危険な気がする)
黒姫はそのまま行ってしまうが、その後もガクは黒姫の事が気になって仕方なかった。
家に帰り、ウサギにまた出かけて遅くなるけど、電話もするし心配しないようにと念を押してから、自室に籠り《ビジターカード》を使う。
転移先には『アクアヴィテ』とあった。
調べると「命の水」という意味のラテン語だった。
セグメントの名前になるくらいなので、あの世界にこの名前に関係する何かがある筈である。
『アクアヴィテ』を選び転移をする。
昨日、《ビジターカード》を使った路地裏にちゃんと戻ってこられた。
人通りのある場所にいきなり現れると騒ぎになるからホッとした。
靴を履きザックを背負うと、最初にシャルの家に向かった。
「こんにちは。待たせてすみません、会いにきました」
「き、君という奴は、私の事を弄んでそんなに楽しいか!」
「ええっ!?いきなりどうしたんですか?」
「いや、分かっている。私が勝手に盛り上がっているだけだ。この歳でちょっとトキメキを味わえるのが、病みつきになっているが、まだ自覚しているから大丈夫だ」
言葉の意味は理解できないが、何やら楽しそうなので良しとする。
「上がっても良いですか?」
「な、何!いきなり私の家か!分かってはいる。分かっているが、言わせてほしい。まだ心の準備ができていないのだと!」
(テンション高いな。流石に昨日会ったばかりの人なのに家に上げて欲しいと言うのは失礼かな)
「あ、それじゃあ、何処か行きましょうか」
「いや!是非上がってくれ!さあ、大丈夫だ!何もしないから!」
セリフが逆のような気もするが、それならと上がらせてもらう。
部屋は一部屋だけありキッチンも風呂もない。
日本でいうワンルームといった所だが石造りの為、見た目はロッジという印象だ。
「お茶でも出そう」
「あ、いや、お構いなく、って何してるんですか?」
「お茶を入れてるのだが?」
「紅茶の葉っぱはカップに入れるんじゃなくて、ティーポットに入れるんですよ」
結局、危なっかしいのでガクがお茶を入れる事になった。
「す、すまん、あまりこういうのはやった事がないのだ。いつも婆やがやってくれるからな。騎士団ではこういったものは飲まないし」
「もしかしてシャルさんってお嬢様なんですか?」
「一応、親は爵位を賜っているから、小さい頃はそう言われる事は多かったな」
「エルフ族って貴族とか嫌ってそうですけど、僕の勝手なイメージなんですね」
「何故私がエルフだと分かった?騎士団の誰にも言ったこと無いのに!」
(まずい!魔法で調べたなんて言ったら怒られるか?)
「そ、それは、シャルさんの可憐さ?とかが、こう、滲み出していると言うか溢れ出していると言うか、そんな感じです」
「そ、そんな、可憐だなんて生まれて初めて言われた。これはもう、好きになっていいのか。私に春が来るのか?」
これは話を変えなくては、まずい方向に向かってしまう。
「あ、あの!王都の教会って近くにあるんですか?」
「も、もう式の話か?」
「違います」
話が変わらなかった。
「教会が市民に対して獣人の事を嫌うように扇動しているって話を聞いたんです。それって本当なんですか?」
「ふむ。本当の事だな。教会は人族が最上の種族であり、それ以外の種族は人族から派生したもの、もっと直接的に他の種族は劣化した種族、とも言っている過激派もいるな」
「獣人だけではないんですね」
「いや、獣人はもっと酷い。「人」と言う言葉は人族の事を指しているのだが、その劣化がエルフ族やドワーフ族だと言ってはいてもそこまでは「人」の一種だとしている。だが、獣人は「人」では無く「獣」であると言って、扱いが全く違っているのだ」
人族以外の種族を全て同じように下に見ていると反発も強くなるが、更に下に獣人を置く事で最下層がまだ下にあると思わせ溜飲を下げる目的なのだそうだ。
教会は人族が神に一番近い種族であると考えており、王宮の派閥の一つがそれを利用して、他の種族の王国内の発言力を押さえつけようとしているらしい。
「そんな政治利用に種族の違いを使っても民衆は中々惑わされる事はないのだがな。何せこのガリア王国は様々な種族が入り混じっていて、隣人はみな別種族だったりするからな。特定の種族を悪者にしようとしても、次は我が身と考えれば容易に爪弾きはせぬよ」
(その考えは今の日本には無いかも。誰かいじめるターゲットが見つかれば皆んな喜んで強い側に飛びつく。いつ自分が弱者にされるか分からないのに、それに気付かず目の前の楽しみだけしか見えていない)
「あれ?それでも今は爪弾きにしているんですよね。何が変えさせたんですか?」
「ほんの少しのきっかけだな。王宮付き占い師の一言が効いたようだ。当時、隣国と小さな紛争があったのだが、その占い師の占いがきっかけで大勝利に導いていた事があったのだ」
その為、民衆は占い師の発言に心酔し切っていた。
そこへきて、「獣人は災いを呼ぶ」という発言に教会からの「獣人は獣である」という見解が出ては、民衆は疑う余地もなく信じてしまった。
(それならやっぱり王国民は何が真実かは分からず、言われたままをそのまま受け入れているだけなんだ)
そこに付け入るチャンスはある筈だと、ガクはこれからの行動を決めていた。
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