サイクリングと国王 7

 僕らは競技用のプールに移動してきた。


 競技用のプールは、25メートルのプールで、8レーンある。

 このプールの深さは1.5メートルほどだが、8レーンのうち2レーンは、プールの底に踏み台が設置されていて、子供でも足が届くようになっている。



 プールに到着すると、さっそくヤン太とミサキは空いているコースの飛び込み台に立つ。


「勝負をしようぜ。水着の機能はオフでやろう」


「良いわよ。じゃあ、合図をお願い」


 ヤン太が勝負を持ちかけて、ミサキがそれを受ける。


「いくぜ。3、2、1、スタート」


 キングが適当に合図をして、勝負が始まった。



 二人とも運動神経が良い、クロールで25メートルをろくに息継ぎもせず、もの凄い速さで泳ぎ切る。


 泳ぎ終わると、ミサキが水面から顔を出して、僕らに聞いてくる。


「どっちが早い? 私? ヤン太?」


「ミサキが早いように感じたよ」


 僕がそう言うと、ミサキがガッツポーズを取る。


「よし。勝ったぁ」


 喜んでいるミサキに、ヤン太は再戦を申し込む。


「もう1回勝負だ、こんどは水着の機能を使って、水の抵抗を減らしてやろうぜ」


「いいわよ。次も私が勝つからね」


 そう言って、二人は再び飛び込み台に立つ。



「じゃあいくよ、3、2、1、スタート」


 僕が合図をすると、二人は勢いよく飛び込んだ。

 二人とも、先ほどと比べて段違いに早い。水面を滑るように、あっという間に泳ぎ切る。


 泳ぎ切ったヤン太が、僕らに確認を取る。


「どっちが早かった?」


「うーん。ヤン太の方が早かったわね」


 ジミ子がそう言うと、ヤン太は両腕を上げて喜んだ。


「よっしゃー」



 この様子を見ていたレオ吉くんが、僕に聞いてくる。


「ボクも練習すれば、あんな風に泳げるようになりますかね?」


「あそこまで上手になるのは難しいけど、練習すれば泳げるようには成るかもね」


「本当ですか? ボクも泳ぎの練習したいのですが、みなさん付き合ってくれますか?」


「いいよ」「いいぜ」「いいわよ」


 ボクとキングとジミ子が返事をして、レオ吉くんの特訓が始まる。

 ちなみにミサキとヤン太は3回目の勝負を始めている。そのうち飽きたら、こちらに合流してくるだろう。



 とりあえず僕たちは、踏み台のある浅いレーンに、レオ吉くんを連れてきた。

 レオ吉くんは身長が高いので、1.5メートルの深いレーンでも問題は無いが、それではジミ子が足が着かないからだ。

 プールの中に入り、まず、僕たちは話し合う。人に泳ぎなど教えた経験など、誰も無い。


「どこから教えれば良いんだろう?」


 僕がそう言うと、キングが答える。


「ビート板を使って、バタ足で進む所かな?」


「じゃあ、私はビート板を借りてくるわね」


 そう言って、ジミ子はビート板を借りてきてくれた。



 持ってきたビート板で、ジミ子がバタ足を実演する。


「こんな具合で、足だけを動かして進むの。とりあえずやってみる?」


「そうですね。それなら出来そうです」


 レオ吉くんはビート板を受け取り、水面に水平になる姿勢を取ると、そのまま頭から沈んだ。



「ぶはぁ、何ですかコレ、全然、浮きませんよ!」


 沈んでいたレオ吉くんが立ち上がり、僕たちに訴えかける。するとキングが答えた。


「水には自力で浮いてないと、ビート板はちょっと補佐をする程度の浮力しかないからな」


「その水着、浮力を調整する機能が付いているんだけど、使ってみる?」


 僕がそう言うと、レオ吉くんは力強く否定をした。


「いえ、もうちょっと自分の力で頑張ってみます」


 自力で頑張るというレオ吉くんを、僕らは全力でサポートする。



「とりあえず、みんなで支えるから、水に浮かぶ所からやってみよう」


「分りました。絶対に離さないで下さいね! 約束ですよ!」


 僕とキングが側面から支え、ジミ子は前でビート板の代りにレオ吉くんの手を掴む。なんとか水に浮かんだ体勢になったが、レオ吉くんは水を怖がって、体がガチガチだ。


 人はりきんでいると、水に沈む。当然、レオ吉くんも沈んでいくので、僕たちは必死になって、それを阻止する。


「レオ吉くん、体の力を抜いて! 力を抜けば水に浮くから!」


「えっ、ちょっと何を言っているのか分りません! 力を抜くと浮くとか、理由が全く分りません!」


「とにかくリラックスすれば大丈夫だぜ。肩の力を抜いてくれ」


「今、それどころではありません。ここで気を抜くと沈みます」


 こんなやり取りを2~3分続けていると、ジミ子がこう言った。


「いったん、足を着きましょうか。宇宙人の水着の浮力を使いましょう」


 レオ吉は地面に足を着けて、冷静になって言う


「……そうですね。初めは水着の浮力を使って、慣れて来たら徐々に浮力を減らして行きましょう」


 この後、水着の浮力の調整の仕方を教えて、適度な浮力に設定をした。



 レオ吉くんにビート板を渡し、浮力を調整し、ようやくバタ足の体勢を取ることに成功する。


「行きますよ、みなさん。危ない時は助けて下さいね」


 そう言ってから、バシャバシャと足を動かして、水しぶきを立て始める。


 一応、形にはなったので、これで普通なら進むはずなのだが、何故かほとんど進まない。

 なにか悪い所があるのだろうが、運動があまり得意で無い3人には、どこをどう直せば良いのか分らない。


 困っていると、競争を終えたミサキとヤン太が戻ってきた。



 ミサキはレオ吉くんのバタ足を見て、すぐに言う。


「それじゃダメよレオ吉くん。もっと『ドシュ』っと、蹴り出さないと!」


「えっ? どうすればいいんですか?」


「だから、『ドシュ』っと蹴って、『ギューン』って勢いを出すの。そうすれば進むわ」


 訳の分らない説明を聞いて、ダメだと思ったヤン太が説明をし直す。


「もっと足をしならせて、水を後ろに押し出すような感じでやるんだ。左右の足の間は離さない様に、出来るだけくっつけてやれば、前に進むようになるぜ」


 言われた通りにレオ吉くんが直すと、バタ足で進み出すようになった。


「おお、進んでいます! 泳げていますよボク!」



 進み出して25メートルプールの半分ほどを過ぎたとき、レオ吉くんの動きがピタリと止まる。


「いた、痛たた、足が、足が軽くつりました……」


 動きが止まっても、レオ吉くんは浮力の塊のような状態なので、沈む事は無かった。僕とキングが救助に行き、プールサイドの上に引き上げる。


 ボクがレオ吉くんに聞く。


「今日はここまでにしておく?」


「そうですね。この続きは後日にしましょう」


 今日の成果は、バタ足で15メートルほど進んだだけだ、ちゃんと泳げるようになるには、どれほど時間が掛かるか分らない……

 でも、水泳が身につかなくても、何も困る事はないので、特に焦る必要はないだろう。


 この後、僕らは水深1メートルの遊戯用のプールの方に移動する。

 ジミ子の持ってきた浮き輪を使い、レオ吉くんはプカプカと優雅に水面に浮かんでいた。どうやら、すっかり水に慣れたようだ。



 のんびりと遊戯用のプールで過していると、やがて夕方になり、僕たちは帰りの支度をする。

 タオルを取り出し、体を拭き、更衣室で着替えて、スマフォなどを取りにロッカーに戻ると、レオ吉くんが水着のまま立ち尽くしていた。


 僕は不思議に思い、声を掛ける。


「どうしたの? レオ吉くん?」


「下着をツカサくんの家に忘れてしまいました……」


 おそらく家で着替えた時に忘れてきたのだろう。この話を聞いていたミサキが、こんな事を言い出した。


「大丈夫よ、下に水着を来たまま帰っちゃえば。返すのは明日以降でも良いでしょう」


「確かに洗ってから返したいですが……」


 遠慮がちのレオ吉くんに、僕が言う。


「返すのはいつでもいいよ。夏休みが終わって、プールに行く必要が無くなってから、返してもらっても良いし」


「そ、そうですか。でも、ボクも水着をちゃんと買おうと思います。できれば『泳ぎ』を覚えたいので頻繁に通うかもしれません。それに、プールのたびにツカサくんを、その格好をさせる訳にも行きませんし……」


 そういって視線を僕から外し、頬を赤らめる。

 確かにこの格好は恥ずかしいが、あからさまにそんな態度を取られると、あらためて恥ずかしくなってきた……


 とりあえず、この日はレオ吉くんは水着のまま家に帰り、翌日、僕に水着を返す事になった。

 そして翌日も、僕たちは、この市民プールに集まる約束をした。

 レオ吉くんの泳ぎが、ある程度の形になるまで、このプールがよいは続きそうだ。



 そして、翌日になる。

 プールの前で集まっていると、Lnieでメッセージが飛んできた。


「どうしたのかしら? レオ吉くんがまだ来てないけど、遅れるのかしら?」


 ミサキがそういいながらスマフォで確認すると、どうやらこんな内容はだったらしい。


「ええと、『全身が筋肉痛の為、今日は行くのが無理になりました。申し訳ありません』ですって」


 ジミ子があきれながら言う。


「昨日は250メートルの登山とプールで、あまり運動してないわよね?」


「まあ、そうだけど、気にしていてもしょうがない。俺たちだけでも遊ぼう」


 ヤン太がみんなに言って、僕たちは市民プールの中へと移動をする。


 水着へと着替えている途中に僕は気がつく。

 僕の普通の水着はレオ吉くんが持っていて、今日、返してもらう約束だった。

 手元には、一応持ってきた、あの露出のきわどい水着しかない。


 仕方が無いので、僕はきわどい水着をつけて、またプールで遊ぶ事になってしまう……

 気のせいか、今日は人の視線が厳しく感じた。

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