サイクリングと国王 5

 山頂付近のお茶屋さんでランチを食べると、僕らは早々そうそうに店を出た。

 午後は市民プールに行く予定になったからだ。


 プールの準備をする為に、それぞれの家にいったん戻る。

 空飛ぶ自転車とバイクにまたがり、ナビゲーションシステムを自宅に合わせると、僕らは再び空中へとペダルを漕ぎだした。


「帰りも牽引けんいんしましょうか?」


 レオ吉くんが気を利かせて僕たちに聞いてくる。ヤン太が帰りの進路を確認しながら答えた。


「う~ん、帰りは下りだから大丈夫じゃないか? 走って見て、漕ぐのがつらかったら、また牽引を頼むわ」


「分りました。では、つらくなってきたらすぐに言って下さいね」


 そう言ってレオ吉くんは少しスピードを上げた。僕たちはその後を着いていく。

 帰りはヤン太の予想通り、緩やかな下りがどこまでも続いていて、とても楽だ。ほとんど漕がず、僕たちはかなり早く自分の街へと戻ってきた。



 街の上空でヤン太が言う。


「じゃあ、各自準備をして、市民プールの中で合流しよう。レオ吉くんの水着はツカサが用意するんだよな」


「うん。レオ吉くんはよかったら僕の家に来て、サイズのチェックをするから」


「分りました。ナビゲーターをセットしますね」


「じゃあ、またプールで会おうな」


 こうして僕らは、それぞれの家へと戻った。



 家に着くと、レオ吉くんを家に上げる。ミサキと違って、外で待たしておく訳には行かないだろう。


「レオ吉くん、上がって」


「それではお邪魔します。おお、やっぱりツカサくんの家の匂いがしますね」


「……そんなに匂う?」


「あっ、嫌な臭いとかじゃないですよ。安心できると言おうか、心地よい匂いです」


「まあ、それなら良いんだけど……」


 確かに余所よその家に行ったときには、その家独特の匂いがする時がある。レオ吉くんは不快ではなさそうだし、あまり気にしなくても良いかもしれない。



「ええと、レオ吉くんは、とりあえずリビングで休んでいて。あっ、姉ちゃんが居る」


 姉ちゃんがリビングで発泡酒を飲んでいた。僕たちに気がついた姉ちゃんは、声を掛けてくる。


「今日の仕事は午前だけだったのよ。どう、レオ吉くんも一杯飲む?」


 そういって発泡酒を勧めてくるが、もちろんレオ吉くんは断る。


「いえ、この後、プールに行くのでお酒は無理です。バイクの運転もありますし」


「そうだった、バイクの免許合格、おめでとう。どう調子は?」


「まだ、乗り始めですが、楽しいですよ。スピードは怖くて出せませんが」


 レオ吉くんと姉ちゃんが話し始めたので、その隙に僕は水着を取りに自分の部屋に行った。



 自分の部屋のタンスから、水着を2つ引っ張り出す。ひとつは普通の水着、もうひとつきわどい水着。

 あらためてきわどい水着を手に取ってみると、本当に布面積の少なく、見えてしまいそうで怖い。

 なんとかこの水着を着ない方法を考えていると、ふと、ひとつのアイデアが思い浮かんだ。僕はダッシュでリビングへと戻る。


「姉ちゃん。姉ちゃんの水着を貸してくれない?」


「えっ、私の水着? 良いけどどうするの?」


「僕の水着をレオ吉くんに貸すことになっているんだけど、姉ちゃんの水着でも良いかなって思ってさ」


「あー、どうだろう? サイズ的に無理じゃないかな。とりあえず持ってくるわ」


 姉ちゃんはそう言って、二階の自分の部屋に行き、ワンピース型の水着を持ってきた。



 姉ちゃんが水着をかざしながら言う。


「やっぱり無理じゃないかな~。そう言えば、サイズを測るアプリがあるんだけど、使って見る? 本当はネットショッピング用で、買うときに服が着られるかどうか、チェックするヤツなんだけど」


「うん、使って見よう」


「じゃあ、ちょっと待ってね……」


 そう言って姉ちゃんはタブレット端末を操作する。そして、すぐに僕たちに向って聞いてきた。


「はい、サイズを測る承認しょうにんをお願い。口頭こうとうで返事をするだけで良いから」


「いいよ」「いいですよ」


 僕たちが返事をすると、姉ちゃんはタブレット端末を見ながら言った。


「これで承認はOKよ。ええと、測定してみた結果、やっぱり私の水着は小さすぎてレオ吉くんには無理ね」



 レオ吉くんが無理と言うなら、僕は次の作戦に切り替える。


「じゃあ僕が姉ちゃんの水着を着られないかな?」


「弟ちゃんの胸が大きすぎて無理ね」


 どうやら、姉ちゃんの水着は無理らしい。そこで、今度はこんな質問をしてみる。


「僕の水着は、レオ吉くんが着られるかな?」


 これで僕の水着が入らなければ、レオ吉くんは新たに水着を買うしかなくなる。そうなれば、あの恥ずかしい水着を着なくても済むはずだ。


「あっ、弟ちゃんの水着は両方とも大丈夫ね。むしろレオ吉くんの胸がちょっと足りなくて余裕があるくらいかな。もしかして弟ちゃん、また成長した?」


「いや、そんなに成長してないと思うけど。まあ、着られればいいよ、着られれば……」


 僕の悪あがきは無駄に終わったようだ……



 ガッガリとしている僕を気にせず、姉ちゃんはレオ吉くんに話しかける。


「レオ吉くん、水着の付け方とか分る?」


「いえ、初めてなので、ちょっと分らないです」


「じゃあ教えて上げるよ。ここで着ていけば?」


「あっ、はい。お願いします」


 そう言ってレオ吉と姉ちゃんは洗面所の方へ行く。



 しばらくすると、レオ吉が水着姿でリビングにやってきた。

 背の高いレオ吉くんは、すらっとしていて、モデルのようにスタイルが良い。


「ちょっと下着みたいな格好で恥ずかしいですね……」


 初めての水着姿に戸惑うレオ吉くん。もちろん着ているのは普通の水着だ。

 そんなレオ吉くんに姉ちゃんが、こんな励ましの声を掛ける。


「大丈夫よ、弟ちゃんのもう一つの水着はもっと凄いんだから。ちょっとアレを着てきてよ」


「……あっ、うん。分ったよ」



 姉ちゃんに言われるがまま、僕は残った水着に着替えて、レオ吉くんの前に姿をさらした。すると、レオ吉くんは、目を丸くして、僕をジロジロと見ながら言う。


「えっ、す、凄いですね、ほとんど裸です。それに比べれば、この水着は恥ずかしくありませんね。ありがとうツカサくん」


「あっ、いえ、どうも」


 レオ吉くんからなぜか褒められる。おそらくレオ吉くんの事だから、悪意は無いのだろう……


 そんなやり取りをしていると、玄関のチャイムが鳴り、ミサキが迎えに来た。

 僕たちは水着の上に服を着ると、ミサキと一緒に市民プールへと向う。

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