サイクリングと国王 4
僕らは山頂付近の駐車場にバイクと自転車を置いて、展望台がある山頂へと、山道を歩き出した。
うっそうと生い茂る、薄暗い森の中を、僕らは登り始める。
ゴツゴツとした根が足元まで這い出していて、けっこう歩きにくい。
「おぅ、これは歩きにくいですね」
レオ吉くんが、ちょっとフラフラと頼りなく歩く。
こういう道は、おそらく歩いたことはないだろう。それにバイク用のブーツは、とても歩きずらそうだ。
「手をとか繋ぐ? 足元が危ないし」
「えっ、あ、はい。じゃあ繋ぎましょう」
僕がレオ吉くんの手を引いて、山道を歩き出す。
スマフォの地図によると、山頂までは250メートルほどの距離だ。150メートル程は、緩やかな登りが続いていたが、山頂が近づくと急に
勾配がきつくなってから、しばらく進むと、レオ吉くんが肩で息をしながら、僕たちに訴えかけてきた。
「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと休みませんか?」
前から体力が無いと思っていたが、まさかここまでとは……
強引に進んでも良いのだが、本当にレオ吉くんがつらそうなので、僕たちは少し休憩を挟む事にした。
「じゃあ、ちょっと休もうか?」
僕がそう言うと、レオ吉くんは道端の石に座り、レザーのツナギのチャックを大きく開けると、こう言った。
「この国はボクにとっては暑すぎます」
ツナギの下のシャツは、汗でグッショリと濡れている。
「レオ吉くん、とりあえず水分を補給して」
あまりの汗の量に、僕は脱水症を心配して、もってきた水筒を渡す。
するとゴクゴクと、一気に飲み干した。
「ぷはぁ、生き返りました」
レオ吉くんの呼吸が落ち着いてくると、ジミ子が質問をする。
「そういえば月面の『動物ノ王国』って、涼しかったわよね?」
「今は夏の気温の設定で、最高気温が24度ですね。湿度もそんなに高くないんで過しやすいです」
「うらやましいわね。そんな場所に住みたいわ……」
ジミ子がそう言うと、レオ吉くんがこんな事を言う。
「『動物ノ王国』では、いつでも住人を募集していますよ。移住でもどうですか?」
冗談か本気か分らないレオ吉くんの提案に、ミサキが飛びついた。
「本当? ぜひとも住みたいわね。動物たちの王国なんて、きっと素晴らしい夢の国でしょうからね」
ウットリとしているミサキに、レオ吉くんはちょっと困った顔をして答える。
「いえ、そんなに人間社会とかけ離れていないと思いますよ」
しあわせそうな顔で浮かれているミサキの顔を見て、ヤン太が何かを思いついたようだ。レオ吉くんにこんな質問をする。
「『動物ノ王国』で、動物をなでまわしたりしたらどうなるんだ?」
「ええと、やられた相手の対応によると思いますが、普通は
すると、ヤン太がミサキをからかうように言う。
「だってさ、いくら可愛いからって、不用意にさわったら犯罪らしいぜ」
「そ、そんなぁ~」
ミサキが情けない声を出した。動物と過剰に触れあいたいミサキは、『動物ノ王国』では
「まあ、住むのは無理だと思うけど、一度は見てみたいよね」
僕がそう言うと、レオ吉くんが、この話題に食いついて来た。
「それなら、夏休みにボクの家に遊びにきますか?」
「良いの? 大丈夫なの?」
そう言うと、レオ吉くんはちょっと考えて返事をする。
「もしかしたら、日付の調整が必要かもしれません。問い合わせをするので、後日、返事を返します」
「あっ、うん。急いでいないから、返事はいつでも良いよ」
レオ吉くんの、ちょっと社会人っぽい一面が
どうなるか分らないけど、もしかしたら僕らは月面の『動物ノ王国』に行けるかもしれない。
話し込んでいると、レオ吉くんの呼吸がだいぶ落ち着いて来た。
「さあ、また登ろうか」
ヤン太に急かされて、僕らは再び登り始める。
さきほど休憩した地点から、70メートルほど進むと、山頂の展望台が見え始めた。ここに来て、またレオ吉くんが休もうと言いだしたが、山頂までは30メートルもない。
あまり休んでいても先には進めないし、どうせ休むのなら、見晴らしの良い展望台で休む方がいいだろう。僕とキングが背中から押し、ヤン太が前から引っ張り上げて、無理やり30メートルほどを歩かせた。
今までは、森の中の薄暗い道だったが、山頂に着くと
空が開け、青空が広がる広場に出て来た。
この広場の一角には、コンクリートで出来たベランダの様な展望台があり、そこから周りの風景が
右手にはどこまでも山の風景が続き、左手には平地が広がり、その先には僕らの住んでいる街が見えた。
「凄いです、遠くまで見渡せますよ!」
ベランダの手すりから乗り出すようにして、子供のようにはしゃぐレオ吉くん。
ちょっと危なっかしいので、ジミ子が注意をする。
「気をつけてよ。ここはけっこう高いんだから」
そう言われて、ベランダの真下をみるレオ吉くん。
「あっ、うん。高いですね」
それまでは、乗り出すように見ていたが、冷静になって怖くなったのか、ベランダから2歩ほど下がった。
この後、僕たちは自分が住んでいる街をレオ吉くんに説明する。
珍しい物は何もない、ごく普通の街だが、それでもレオ吉くんは真面目に聞いてくれた。
やがて説明する事がなくなると、ミサキが時計を見ながら話を切り出す。
「さて、そろそろ戻らない?」
「もう少し見ていきましょうよ。せっかく山を登ったんですから」
レオ吉くんが
僕は時計を見て確認をする。
「あっ、お昼だね。下のお茶屋さんでお昼を食べようか」
僕がそう言うと、レオ吉くんはミサキに気を使ってくれた。
「そうですね。そろそろお昼にしましょう」
僕たちは来た道をもどり、駐車場近くのお茶屋さんへと入る。
お茶屋さんに入ると、席に着き、僕らはお昼を注文する。
どうやら、このお茶屋さんのランチの主力商品は『田舎そば』らしい。
山菜そばや、天ぷらそば、メガ大盛りざるそばなど、それぞれが食べたい物を注文した。
昼時のそばは、準備がしてあったのか、すぐに出て来る。ちょっと太くて黒っぽい、田舎そばを僕らは食べながら、これからの予定を話す。
「午後はどうしようか? どこにいこう?」
ヤン太がそう言うと、レオ吉くんがこんな事を言った。
「ちょっと暑さがキツイので、出来れば涼しい場所が……」
それを聞いてキングが、思い当たる場所を提案をする。
「涼しいと言えば、冷房の効いた室内か、プールぐらいしか思い浮かばないな……」
「ボク、水着を持ってませんよ」
レオ吉くんが言うと、ミサキが口にそばを含みながら言った。
「持ってないなら、買えば良いんじゃないの?」
「それが、バイク関係で、ほとんどお金を使ってしまって、今月はあまり余裕がないんです……」
どうやらレオ吉くんは、予想以上に
夏に入って、僕たちはけっこうバイトをしてきた。
僕がレオ吉くんにお金を貸してもいいのだが、学生が社会人にお金を貸すのは、世間的にはどうなのだろう?
そんな事を気にしていると、ジミ子があるアイデアを思いついた。
「そういえば、ツカサは水着を2着もっていたわよね? 片方をレオ吉くんに貸してあげれば?」
「えっ、いや。僕の着た水着を着るなんて、レオ吉くんは嫌でしょ?」
「いえ、ぜんぜん構いませんよ。ボクは気にしませんから」
僕は確かに水着を2着持っている。一着は露出が激しく、きわどすぎる水着。もう一着は、恥ずかしかったので、追加で買った露出が控えめの普通の水着。
露出が激しい水着を、国王であるレオ吉くんに着せる訳にはいかない。
普通の水着をレオ吉に渡すと、残った水着を僕が着るはめに……
「いやぁ、でも、プールはどうなんだろう? レオ吉くんは水とか怖くない?」
「行った事が無いので行ってみたいですね」
僕の
それを聞いて、ジミ子がまとめに入る。
「じゃあ、午後の予定はプールで決まりね。いったん家に帰ってから、水着をもって市民プールへ行きましょう」
そういってジミ子はニヤリと笑った。
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