サイクリングと国王 3

 レオ吉くんに渡された、自転車に取り付ける懐中電灯のような装置は、牽引けんいんビームの発生装置だった。僕たちの空飛ぶ自転車は、レオ吉くんのバイクに引かれて、ゆっくりと空を移動し始めた。


「これは楽だね。何もしなくて良いよ」


 僕がそう言うと、ジミ子がこんな事を言う。


「どうせだったら、地上から引っ張り上げてくれれば、もっと楽だったのに」


 それを聞いて、レオ吉くんは交通ルールを説明してくれた。


「その牽引ビームの装置、携帯型なので出力が弱くて、急な坂道を引っ張り上がるような強度は無いんですよ。それに、空中バイクで他の自転車などを牽引する時は、危険なので地上ではダメな決まりですし」


 確かに地上でやったら危険すぎる。どうやら警察もちゃんと考えてはいるようだ。



 そんな会話をしていると、ヤン太が急かすように言ってきた。


「そんな事より、もっと飛ばそうぜ! スピードを出さないと!」


 興奮気味こうふんぎみに言うヤン太に、レオ吉くんは冷静に対処する。


「牽引時のスピードは、時速25kmまでと決まっているんですよ」


「ちょっとぐらいオーバーしても良いんじゃないか? せっかく早そうなバイクに乗っているんだから」


 なおも食らいつくヤン太に、レオ吉くんは、こう返す。


「いえ、バイクの人工知能AIが自動的に状況を判断しているので、ボクがどんなにアクセルを入れても、制限速度内に収まってしまうんですよ」


「ちぇっ、じゃあ、ゆっくり行くか」


 ヤン太があきらめて、僕たちはのんびりと目的地をめざす事になった。



 目的地は低いとはいえ山の頂上だ。空飛ぶ自転車は、ほんのわずかな傾斜で登って行く。

 足の下の景色は、市街地から次第に畑へと、そして雑木林ぞうきばやしから、山間さんかんの風景へと変わっていく。

 登り坂が延々と続く過酷だったサイクリングは、ただ風景を楽しむだけの、快適な旅行へと変わった。


 バイクや自転車の運転は、ほぼ自動で行なわれる。やる事も無くなり暇になった僕たちは、会話を楽しむ事にした。



「レオ吉くん。最近はどうなの? 仕事とか大変?」


 ミサキが話題を振ると、こんな風に答える。


「国王としての公務は楽ですね。決められた原稿を読むだけで良いですから」


 レオ吉くんが明るく答えた。続いて僕がこんな質問をする。


「じゃあ、プレアデスのグループ会社の方はどう? 改善政策の内容を決める会議にも出てるんでしょ?」


「ええ、『動物ノ王国』の代表として参加しています。毎回、何かしらの相談が寄せられるんですが、そこからとんでもない解決策が出てくるので、安心できません。下手をすると、被害が出るかもしれませんので、胃が痛くなります」


 ……どうやら、姉ちゃんと宇宙人の相手は大変らしい。

 大変なのは分るが、ここは是非ともレオ吉くんに頑張ってもらいたい。あの会社でまともな人は、おそらくレオ吉くんしか居ないのだから。



 今後の地球と月と火星の運命をになうレオ吉くんに、オススメできるプレゼントを僕は思いついた。

 大したものではないが、レオ吉くんに勧めてみる。


「この間、植物園に行ったとき、リラックスできるハーブティーを買ったんだ。香りがとてもいいからレオ吉くんもあげようか?」


「本当ですか! お願いします。いやあ、まさかツカサくんからプレゼントをもらうなんて……」


 少しテンションの上がるレオ吉くん、こんな物で喜んで貰えるなら、僕がいくらでも贈ろう。

 そんな話をしていたら、僕らは目的の山の、山頂付近の駐車場へと到着した。



 目的地に着くと、僕たちは牽引ビームを止めて、各自が駐車場へと降り立った。

 広い駐車場の一角には、自転車とバイクを止める場所があり、僕らはそこに駐輪する。


 周りには、山小屋風のお茶屋があり、その奥には山頂へと続く山道が続いていた。


「さあ、行きましょう!」


 ミサキが張り切って先頭を歩く、しかしそれは一瞬の間だけだった。


「し、閉まってる」


 山頂付近のお茶屋さんは閉まっていた。お店の開店時間は午前11時、今は10時30分くらいなので、まだ少し時間が早い。



「まあ、休まずに来たから、ちょっと早く着きすぎたか。そういえば、確か山頂には展望台があったよな?」


 ヤン太がみんなに聞くと、ジミ子が返事をする。


「確かあったはずよ。ここからあまり遠くない気がしたけど……」


 僕らがここに来たのは、小学生の時だ。何となく来たのは覚えているが、あまりハッキリとは覚えていない。

 すると、キングがスマフォで調べてくれる。


「ここからだいたい、250メートルくらいかな? 歩いて5分もかからないと思うぜ」


「じゃあ、行ってみましょうよ。ボク、山登りは初めてなんです」


 この距離では、とても『山登り』とは言えない。そう思ったが、まあ、レオ吉くんが満足するならそれでも良いだろう。


 僕たちは舗装された道から、土が剥き出しの山道へと入っていく。

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