農業と農作業 6
姉ちゃんと僕と3人のアンドロイドの僕たちは『どこだってドア』をくぐり、農水省へと移動した。
これから火星の農業に対して
ドアをくぐると会議室の中に出て来た。そこにはテレビで見たことのある農水大臣と、官僚と思われる人が何人も居る。官僚の1人は大臣に分厚い書類をみせながら、その内容を丁寧に解説している最中だった。
姉ちゃんが部屋に入ると、官僚の人の何人かが気がついた。すぐさま大臣に小さな声で報告をすると、大臣は席を立ち、こちらへ向って歩いてくる。
「これは、
「紹介しますね。こちらが私の弟の笹吹ツカサです。そしてこちらの3人は、弟のアンドロイドですね」
「ア、アンドロイドですか? どう見ても人間ですが、中身は機械なんですか?」
「ええ、そうですね。中身はロボットと同じような感じですね」
大臣は僕とアンドロイドを交互に見比べる。
初対面の人に対して、ちょっと失礼な行動かもしれないが、これはしょうがない。僕が反対側の立場だったら、やはり同じ様な行動をしていただろう。
「大臣、時間が迫っております」
官僚の1人が急かすように言う。
「おお、そうだった。ところで笹吹アヤカさん。農業問題に関して、何か良い解決法は出ましたか?」
すると姉ちゃんは首を横に振りながら答える。
「いえ、良いアイデアは出ませんでしたね。宇宙人の
「おお、そんな技術もあるんですね。素晴らしい」
「ただ、問題もありまして。これがまた
「……それは酷そうだ」
大臣を含め、この話を聞いている者は、全員が嫌な顔をする。
誰も糊など食べたくないだろう。
「おっと、話を戻しましょう。私らには良いアイデアが思いつかなかったんですが、このアンドロイド達は違います。今日一日、たっぷりと学習をしてもらい、答えを導き出したようですよ。ちょっと失礼しますね」
そういって姉ちゃんは官僚の1人から、辞書のように分厚い資料を貸してもらう。そして、そのままアンドロイドの僕に渡すと、パラパラとページめくっていき、あっという間に読み終えた。
「おおー」「凄い!」「本当に読んだのか、信じられない」
驚きの声が上がり、周りの人達がざわつく。
「こんな感じで、片っ端から資料を読ませました。何か素晴らしいアイデアを思いついたに違いありません」
姉ちゃんは、ちょっと得意気に言う。大臣は興味津々で姉ちゃんに聞く。
「どのようなアイデアなのですか?」
「それはですね、今から確認を……」
姉ちゃんが言いかけると、官僚の1人が、さえぎるように言ってきた。
「お時間です。移動をお願いします」
その言葉を聞いて、姉ちゃんはこんな提案をする。
「じゃあ、会議の場所でアンドロイドに直接発表してもらいましょう。その方が間違いも起こりにくいですし」
「そうですね。そうしましょうか」
なんと大臣がその提案を受け入れた。
姉ちゃんの言う事を、大臣が信じるなんてどうかしている。ここは会議に遅れて行っても、事前に確認をするべきではないだろうか……
僕の思いは伝わらず、時間の方を優先して、大会議室へと移動する事になった。
移動する途中、姉ちゃんがこんな事を言ってくる。
「そう言えば、アンドロイドの弟ちゃん達は、私が急に作らせたから、まだメイクが安定していないとか報告が上がってきたの。強い衝撃を与えると、メイクが崩れるらしいけど、大丈夫だった?」
「うん。特に変な事は無かったけど。メイクが崩れるとマズいの」
「いえ、見た目がちょっと悪くなるだけで、機能に問題は無いって言われたわ」
「じゃあ大したことはなさそうだね」
「そうね。あっ、あそこの会議室よ。始めに弟ちゃんから説明をお願いね」
「えっ、ちょっとまって!」
「さあ、扉を開けるわよ!」
急に姉ちゃんから説明するように言われた。事前に言ってくれれば、少しは準備をしておくのに……
相変わらず姉ちゃんは無茶すぎる。
大会議室のドアを開け、姉ちゃんと大臣が入る。続いて官僚の方々が入り、最後に僕が入場する。
会議室の中には、農家を代表という人達が、およそ40人くらい居た。
入場して来たこちら側を、険しい表情でにらみつけてくるが、ヤン太のガンの付け方と比べると、まだまだ甘い。
部屋に入ると、姉ちゃんが最初に話を切り出す。
「お越し頂き、ありがとうございます。今日は問題解決の切り札をお持ち致しました。こちらです」
そう言って僕とアンドロイドの僕たちに話を振る。
僕はマイクを渡されて、いきなり説明をする立場となった。
「え、えーと。僕は
すると会議場がざわつく。どよめきが収まるのを待ち、僕は再び話し出す。
「このアンドロイドの3人は、記憶力、学習能力が高く、疲れを知らず何時間で作業を続けられます。今日は、この農業問題に対して、答えを出す為に様々な学習をさせました。まずは彼らの意見を聞いてみて下さい」
そう言ってマイクをアンドロイドの僕に渡す。
初めはヤン太とジミ子が学習させたアンドロイドだ、おそらくこのアンドロイドが一番まともな意見を言うだろう。
マイクを渡された僕は、こんな話をする。
「ボクが調べた限りでは、この国の農業は十分に保護されていマス。火星の農業と同じ条件を求めるなら、火星のルールに従うべきで、この国の保護は受けれません。米の定額での買い取り、固定資産税、相続税に関しての支援などは受けられなくなりますヨ」
「それは困る」「優遇制度はこのままで、火星のサービスだけ受けたい」「国の方で何とかしろ」
農家の方々は、自分勝手な事を言う。すると、アンドロイドの僕はこう言った。
「それならば、火星と同じサービスを提供する会社を作り、フランチャイズ契約をするしかありませんネ。加入する際に利益分配などの条件を決め、もし違反を起こすと違約金を払う。コンビニ業界の『ヘブン・イレブン』辺りを参考にすると良いでショウ」
「それはダメだ……」「そのフランチャイズの参加は出来ない」
コンビニチェーンの最大手『ヘブン・イレブン』は何かとブラックな噂を聞く。
強制的な24時間営業、必要以上の販売ノルマ、儲けが出たとしても、ほとんど親会社が持っていく。そして、何かの契約違反をすると、莫大な違約金を支払わされる。
こんな契約は誰も結びたがらないだろう。ヤン太とジミ子が学習させた僕は、この後も契約について説明を続けようとしたが、周りの人たちのブーイングが次第に大きくなっていき、あきらめて、次のアンドロイドにマイクを受け継いだ。
2人目は、ミサキが学習させたアンドロイドだ。マイクを手に取った、もう1人の僕は話し出す。
「ボクは売り上げの多い順に、783冊の書籍のデーターを入力しまシタ。どのような質問にでも柔軟に答えられる知識を備えていマス。何か質問のある方はいマスか?」
農家の代表の1人が手を挙げた。官僚の方の1人が、その人にマイクを渡すと、こんな質問をぶつけてきた。
「うちの農家の売り上げですが、年々下がってきています。ただでさえ安い外国産に追い詰められ、火星の高品質な野菜が出回ってくると…… このままでは、この国の農家が滅びます!」
すると、ミサキの教え込んだ僕は、変な事を言い出した。
「つまり、金運を呼び込めばいい訳ですネ?」
「ええと…… まあ、そういう言い方も出来るかもしれませんね」
「では、アナタの生年月日と、家の間取りを教えて下サイ」
「家の間取りですか? まあ、良いですけど……」
質問した人は官僚の人から紙を渡され、生年月日と家の間取りを描いた。
それをみて、アンドロイドの僕は言う。
「ここの窓のカーテンをピンクに変えて下サイ。あと、玄関には黄色い物を置いて下サイ、出来るだけ目に付く物が良いデス。それと……」
あまりに変な事を言い始めたので、僕が思わず突っ込む。
「ちょっと待って、どんな書籍を読めば、そんな事が言えるの」
「書籍販売トップの『
ミサキの学習させた僕は、僕が思った以上に役に立たなかった。
しかし、そんな占いの本が日本の書籍のトップなのか。この国は大丈夫なのだろうか……
このアンドロイドはダメそうなので、次のアンドロイドにマイクを渡すように言う。
ミサキの学習させた僕は、渋々、キングの学習させた僕にマイクを譲る。
マイクを渡された僕は、農家の方々に質問をする。
「あなたたちは火星の農業の方が進んでいると思いマスか?」
「まあ、そうだろうな……」「悔しいが、そう思っている」「できれば火星のシステムを無料で取り入れたい」
農家の方々が認めると、キングの学習させた僕はこんな事を言い出した。
「ソレって、言わば火星の農業へのひがみですよね? 労働力を無料で使いたいだけのいい訳ですよネ? それなら、ちっちゃい日本の農地などから離れて、火星へと移住したらどうデス?」
「なんだと!」「先祖代々の土地を捨てろというのか!」
「『先祖』とか、非科学的な事を言っているから、時代の変化から取り残されるんですヨ。そんな考え方では、普通の企業だったらとっくに潰れてマス。あなたたち大丈夫ですカ?」
「ふざけるな!」「お前、ちょっとこっちへこい!」
キングの学習させた僕は、ネットの様々な討論を見たせいか、議論そのものを進めるよりも、相手より優位に立とうと振る舞うらしい。しかし、端から見ると、ただ煽っているだけのように見える……
「我々の地球の方の野菜が絶対に美味しい!」「まごごろがこもっている!」
「まごころってなんデス? 火星よりも美味しいというデーターの情報源はどこです? それって、あなた個人の感想ですよネ?」
どこかのネットの動画で学習したのだろう。言い方もいちいちムカつく。
あまりの挑発に耐えきれず、農家の代表の1人の手が出てしまった。
「てめぇ、いい加減にしろよ!」
その人は、こんな状況でも最低限の理性は保っていたらしい。
僕の立っていた位置からはよく分らないが、どうやら顔の中身が見えてしまったようだ。
「ぎゃあー」「うげぇ」「なんじゃあー」
驚き、慌てふためく農家の方々。かなりグロいのか、中には吐いている人もいる。
この混乱に乗じて、姉ちゃんは大きな声で、こう言った。
「あー、ちょっとアンドロイドのメイクが落ちてしまったようですね。農業の労働力に関しては、来週の『改善政策』で何らかの発表したいと思いますが、これからどうします? このまま会議を続けますか? それとも終わりにして帰りますか?」
姉ちゃんが手で合図を送ると、ロボットが大会議室の出入り口の扉を開けた。
扉が開くと、逃げる様に飛び出していく農家の人々。
しばらくすると、農家の人は、誰1人として残らなかった。ガランとした大会議室には、政府関係者と姉ちゃんと、僕らしか残っていない。
姉ちゃんは僕に向って、明るい表情で言う。
「やった。ナイス、弟ちゃん。思ったより早く会議が終わったわ。大臣と官僚の方々、これから飲みにいきません? あと片付けはうちのロボットにやらせておくので」
「ああ、はい。わかりました、行きましょう」
大臣は半ばあきれながら返事をする。
「じゃあ、弟ちゃんまたね。バイト代ははずんでおくから、会議が長びきそうになったら、またお願いね」
何が『またお願い』なのだろうか。姉ちゃんの考え方が、まるで分らない。
こうして、問題を何一つ解決する事無く会議は終わった。
後日、ネットを眺めていると、売り上げが上がったという農家さんがいた。
農家さんのトゥイートを良く読んで見ると、それはミサキの学習させた僕がアドバイスをした農家さんだった。
『カーテンをピンクして。玄関には黄色いクマのぬいぐるみを飾ったら、急に買取額が上がりました! みなさんも真似してみて下さい!』
ただの気のせいのように思えるが、あの3人の僕の中で、一番役に立ったのは、もしかしてミサキの学習させた僕かもしれない。
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