農業と農作業 6

 姉ちゃんと僕と3人のアンドロイドの僕たちは『どこだってドア』をくぐり、農水省へと移動した。

 これから火星の農業に対してねたみを持っている地球の農家さんたちを、会議で説得しなければならない。


 ドアをくぐると会議室の中に出て来た。そこにはテレビで見たことのある農水大臣と、官僚と思われる人が何人も居る。官僚の1人は大臣に分厚い書類をみせながら、その内容を丁寧に解説している最中だった。



 姉ちゃんが部屋に入ると、官僚の人の何人かが気がついた。すぐさま大臣に小さな声で報告をすると、大臣は席を立ち、こちらへ向って歩いてくる。


「これは、笹吹ささぶきアヤカさん。ようこそおいで下さいました。ところでそちらの方々は? 四つ子でしょうか?」


「紹介しますね。こちらが私の弟の笹吹ツカサです。そしてこちらの3人は、弟のアンドロイドですね」


「ア、アンドロイドですか? どう見ても人間ですが、中身は機械なんですか?」


「ええ、そうですね。中身はロボットと同じような感じですね」


 大臣は僕とアンドロイドを交互に見比べる。

 初対面の人に対して、ちょっと失礼な行動かもしれないが、これはしょうがない。僕が反対側の立場だったら、やはり同じ様な行動をしていただろう。



「大臣、時間が迫っております」


 官僚の1人が急かすように言う。


「おお、そうだった。ところで笹吹アヤカさん。農業問題に関して、何か良い解決法は出ましたか?」


 すると姉ちゃんは首を横に振りながら答える。


「いえ、良いアイデアは出ませんでしたね。宇宙人のAI人工知能に答えを求めたんですが、出て来た答えが『食料生産で困っているナラ、ワレワレが食料工場で食料を作るヨ』というものでして。二酸化炭素から、直接、炭水化物に変換する技術なんですが……」


「おお、そんな技術もあるんですね。素晴らしい」


「ただ、問題もありまして。これがまた不味まずいんですよね。ようはデンプンの粉なので、水に溶いて食べるんですが、まあのりを食べているみたいで……」


「……それは酷そうだ」


 大臣を含め、この話を聞いている者は、全員が嫌な顔をする。

 誰も糊など食べたくないだろう。



「おっと、話を戻しましょう。私らには良いアイデアが思いつかなかったんですが、このアンドロイド達は違います。今日一日、たっぷりと学習をしてもらい、答えを導き出したようですよ。ちょっと失礼しますね」


 そういって姉ちゃんは官僚の1人から、辞書のように分厚い資料を貸してもらう。そして、そのままアンドロイドの僕に渡すと、パラパラとページめくっていき、あっという間に読み終えた。


「おおー」「凄い!」「本当に読んだのか、信じられない」


 驚きの声が上がり、周りの人達がざわつく。


「こんな感じで、片っ端から資料を読ませました。何か素晴らしいアイデアを思いついたに違いありません」


 姉ちゃんは、ちょっと得意気に言う。大臣は興味津々で姉ちゃんに聞く。


「どのようなアイデアなのですか?」


「それはですね、今から確認を……」


 姉ちゃんが言いかけると、官僚の1人が、さえぎるように言ってきた。


「お時間です。移動をお願いします」


 その言葉を聞いて、姉ちゃんはこんな提案をする。


「じゃあ、会議の場所でアンドロイドに直接発表してもらいましょう。その方が間違いも起こりにくいですし」


「そうですね。そうしましょうか」


 なんと大臣がその提案を受け入れた。

 姉ちゃんの言う事を、大臣が信じるなんてどうかしている。ここは会議に遅れて行っても、事前に確認をするべきではないだろうか……


 僕の思いは伝わらず、時間の方を優先して、大会議室へと移動する事になった。



 移動する途中、姉ちゃんがこんな事を言ってくる。


「そう言えば、アンドロイドの弟ちゃん達は、私が急に作らせたから、まだメイクが安定していないとか報告が上がってきたの。強い衝撃を与えると、メイクが崩れるらしいけど、大丈夫だった?」


「うん。特に変な事は無かったけど。メイクが崩れるとマズいの」


「いえ、見た目がちょっと悪くなるだけで、機能に問題は無いって言われたわ」


「じゃあ大したことはなさそうだね」


「そうね。あっ、あそこの会議室よ。始めに弟ちゃんから説明をお願いね」


「えっ、ちょっとまって!」


「さあ、扉を開けるわよ!」


 急に姉ちゃんから説明するように言われた。事前に言ってくれれば、少しは準備をしておくのに……

 相変わらず姉ちゃんは無茶すぎる。



 大会議室のドアを開け、姉ちゃんと大臣が入る。続いて官僚の方々が入り、最後に僕が入場する。


 会議室の中には、農家を代表という人達が、およそ40人くらい居た。

 入場して来たこちら側を、険しい表情でにらみつけてくるが、ヤン太のガンの付け方と比べると、まだまだ甘い。



 部屋に入ると、姉ちゃんが最初に話を切り出す。


「お越し頂き、ありがとうございます。今日は問題解決の切り札をお持ち致しました。こちらです」


 そう言って僕とアンドロイドの僕たちに話を振る。

 僕はマイクを渡されて、いきなり説明をする立場となった。


「え、えーと。僕は笹吹ささぶきツカサと申します。皆さんは、僕らが四つ子に見えているかもしれませんが、僕の後ろにいる3人は、僕を元にして作られたアンドロイドです」


 すると会議場がざわつく。どよめきが収まるのを待ち、僕は再び話し出す。


「このアンドロイドの3人は、記憶力、学習能力が高く、疲れを知らず何時間で作業を続けられます。今日は、この農業問題に対して、答えを出す為に様々な学習をさせました。まずは彼らの意見を聞いてみて下さい」


 そう言ってマイクをアンドロイドの僕に渡す。

 初めはヤン太とジミ子が学習させたアンドロイドだ、おそらくこのアンドロイドが一番まともな意見を言うだろう。



 マイクを渡された僕は、こんな話をする。


「ボクが調べた限りでは、この国の農業は十分に保護されていマス。火星の農業と同じ条件を求めるなら、火星のルールに従うべきで、この国の保護は受けれません。米の定額での買い取り、固定資産税、相続税に関しての支援などは受けられなくなりますヨ」


「それは困る」「優遇制度はこのままで、火星のサービスだけ受けたい」「国の方で何とかしろ」


 農家の方々は、自分勝手な事を言う。すると、アンドロイドの僕はこう言った。


「それならば、火星と同じサービスを提供する会社を作り、フランチャイズ契約をするしかありませんネ。加入する際に利益分配などの条件を決め、もし違反を起こすと違約金を払う。コンビニ業界の『ヘブン・イレブン』辺りを参考にすると良いでショウ」


「それはダメだ……」「そのフランチャイズの参加は出来ない」


 コンビニチェーンの最大手『ヘブン・イレブン』は何かとブラックな噂を聞く。

 強制的な24時間営業、必要以上の販売ノルマ、儲けが出たとしても、ほとんど親会社が持っていく。そして、何かの契約違反をすると、莫大な違約金を支払わされる。


 こんな契約は誰も結びたがらないだろう。ヤン太とジミ子が学習させた僕は、この後も契約について説明を続けようとしたが、周りの人たちのブーイングが次第に大きくなっていき、あきらめて、次のアンドロイドにマイクを受け継いだ。



 2人目は、ミサキが学習させたアンドロイドだ。マイクを手に取った、もう1人の僕は話し出す。


「ボクは売り上げの多い順に、783冊の書籍のデーターを入力しまシタ。どのような質問にでも柔軟に答えられる知識を備えていマス。何か質問のある方はいマスか?」


 農家の代表の1人が手を挙げた。官僚の方の1人が、その人にマイクを渡すと、こんな質問をぶつけてきた。


「うちの農家の売り上げですが、年々下がってきています。ただでさえ安い外国産に追い詰められ、火星の高品質な野菜が出回ってくると…… このままでは、この国の農家が滅びます!」


 すると、ミサキの教え込んだ僕は、変な事を言い出した。


「つまり、金運を呼び込めばいい訳ですネ?」


「ええと…… まあ、そういう言い方も出来るかもしれませんね」


「では、アナタの生年月日と、家の間取りを教えて下サイ」


「家の間取りですか? まあ、良いですけど……」


 質問した人は官僚の人から紙を渡され、生年月日と家の間取りを描いた。

 それをみて、アンドロイドの僕は言う。


「ここの窓のカーテンをピンクに変えて下サイ。あと、玄関には黄色い物を置いて下サイ、出来るだけ目に付く物が良いデス。それと……」


 あまりに変な事を言い始めたので、僕が思わず突っ込む。


「ちょっと待って、どんな書籍を読めば、そんな事が言えるの」


「書籍販売トップの『細本数孑ほそもとかずげつ』先生の、七星占術のデータを元に言っていマス。販売数9000万部以上を超えていて、ギネスブックにも載っていますヨ」


 ミサキの学習させた僕は、僕が思った以上に役に立たなかった。

 しかし、そんな占いの本が日本の書籍のトップなのか。この国は大丈夫なのだろうか……



 このアンドロイドはダメそうなので、次のアンドロイドにマイクを渡すように言う。

 ミサキの学習させた僕は、渋々、キングの学習させた僕にマイクを譲る。


 マイクを渡された僕は、農家の方々に質問をする。


「あなたたちは火星の農業の方が進んでいると思いマスか?」


「まあ、そうだろうな……」「悔しいが、そう思っている」「できれば火星のシステムを無料で取り入れたい」


 農家の方々が認めると、キングの学習させた僕はこんな事を言い出した。


「ソレって、言わば火星の農業へのひがみですよね? 労働力を無料で使いたいだけのいい訳ですよネ? それなら、ちっちゃい日本の農地などから離れて、火星へと移住したらどうデス?」


「なんだと!」「先祖代々の土地を捨てろというのか!」


「『先祖』とか、非科学的な事を言っているから、時代の変化から取り残されるんですヨ。そんな考え方では、普通の企業だったらとっくに潰れてマス。あなたたち大丈夫ですカ?」


「ふざけるな!」「お前、ちょっとこっちへこい!」


 キングの学習させた僕は、ネットの様々な討論を見たせいか、議論そのものを進めるよりも、相手より優位に立とうと振る舞うらしい。しかし、端から見ると、ただ煽っているだけのように見える……



「我々の地球の方の野菜が絶対に美味しい!」「まごごろがこもっている!」


「まごころってなんデス? 火星よりも美味しいというデーターの情報源はどこです? それって、あなた個人の感想ですよネ?」


 どこかのネットの動画で学習したのだろう。言い方もいちいちムカつく。

 あまりの挑発に耐えきれず、農家の代表の1人の手が出てしまった。


「てめぇ、いい加減にしろよ!」


 その人は、こんな状況でも最低限の理性は保っていたらしい。こぶしではなく、平手でアンドロイドの僕のほっぺたをひっぱばく。すると、アンドロイドの僕のほっぺたが崩れた。

 僕の立っていた位置からはよく分らないが、どうやら顔の中身が見えてしまったようだ。


「ぎゃあー」「うげぇ」「なんじゃあー」


 驚き、慌てふためく農家の方々。かなりグロいのか、中には吐いている人もいる。



 この混乱に乗じて、姉ちゃんは大きな声で、こう言った。


「あー、ちょっとアンドロイドのメイクが落ちてしまったようですね。農業の労働力に関しては、来週の『改善政策』で何らかの発表したいと思いますが、これからどうします? このまま会議を続けますか? それとも終わりにして帰りますか?」


 姉ちゃんが手で合図を送ると、ロボットが大会議室の出入り口の扉を開けた。

 扉が開くと、逃げる様に飛び出していく農家の人々。



 しばらくすると、農家の人は、誰1人として残らなかった。ガランとした大会議室には、政府関係者と姉ちゃんと、僕らしか残っていない。


 姉ちゃんは僕に向って、明るい表情で言う。


「やった。ナイス、弟ちゃん。思ったより早く会議が終わったわ。大臣と官僚の方々、これから飲みにいきません? あと片付けはうちのロボットにやらせておくので」


「ああ、はい。わかりました、行きましょう」


 大臣は半ばあきれながら返事をする。


「じゃあ、弟ちゃんまたね。バイト代ははずんでおくから、会議が長びきそうになったら、またお願いね」


 何が『またお願い』なのだろうか。姉ちゃんの考え方が、まるで分らない。

 こうして、問題を何一つ解決する事無く会議は終わった。



 後日、ネットを眺めていると、売り上げが上がったという農家さんがいた。

 農家さんのトゥイートを良く読んで見ると、それはミサキの学習させた僕がアドバイスをした農家さんだった。


『カーテンをピンクして。玄関には黄色いクマのぬいぐるみを飾ったら、急に買取額が上がりました! みなさんも真似してみて下さい!』


 ただの気のせいのように思えるが、あの3人の僕の中で、一番役に立ったのは、もしかしてミサキの学習させた僕かもしれない。

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