離島ぐらし
宇宙人の飛行船が世間に発表されると、しばらくして日本のフェリーがことごとく、この飛行船に置き換わった。
この空飛ぶ船と言える飛行船は、普通の飛行機よりも遅いという話だが、それでも時速400~500キロは出る。あまり広くない日本では、充分すぎる速度だろう。値段も手頃な料金が多いので、ちょっとした旅行ブームが起きた。
テレビはこぞって旅行番組の特別番組を放送する、そんな中、テレビ
旅行番組を見飽きた僕は、テレビ都京にチャンネルを合わせる。すると『YOUはどこから通勤を?』という番組がやっていた。この番組は、遠距離通勤をしている人を探し出して、その人に付いていく番組だ。
レポーター兼、ディレクターが、アポ無しで、オフィス街にある会社に飛び込んだ。
かなり大きな会社らしく、従業員は300人ほどらしい。この会社に勤めている社員の中で、最も遠距離から通勤している人を探し出していく。
ディレクターは社員に片っ端からインタビューをする。
「すいません。テレビ都京の『YOUはどこから通勤を?』という番組なんですが、この会社で一番遠くから通っている人を知りませんか?」
「たしか総務部の方で、かなり遠くから通うようになった人がいますよ」
すると、横にいる同僚と見られる人から、追加情報が入ってくる。
「総務部の
「そうですか。情報、ありがとうございます。念のため、ほかの部署でも色々と聞き込みをしてみましょう」
他の部署でも聞き込みをするが、返ってくるのは「総務部の浅沼さん」という答えばかり。
どうやらこの会社で、一番の遠距離通勤をしている人は、浅沼さんという方に間違いないらしい。
ディレクターは『総務部』と書かれている部屋に入る。
「浅沼さんはおられますか?」
周りに声を掛けると、一人の社員が返事をする。
「はい、浅沼は私ですが」
その人は白髪交じりの、かなり高齢の方だった。
「すいません。テレビ都京の『YOUはどこから通勤を?』という番組なんですが」
「ああ、あの番組ですか。テレビでたまに見てますよ」
「それは光栄です。今日は是非、浅沼さんの事を取材したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、まあ、そうですね。私でよろしければ、どうぞ」
「ありがとうございます。それでは、取材の方をよろしくお願いします」
こうして浅沼さんの取材が決る。
コマーシャルを挟み、番組が再び始まると、『5時間後』というテロップが流れた。
ディレクターが実況を開始する。
「時刻は午後8時。ようやく就業のようです。これから浅沼さんと一緒に帰宅をします」
続いてナレーションで解説が入る。
「まずは最寄り駅の
ディレクターが浅沼さんに聞く。
「どちらの路線に乗るのでしょうか?」
「どちらでも良いのですが、お、山毛線の車両が来ました。これに乗りましょう」
再びナレーションが入る。
「山毛線、内回りに乗り、一駅だけ、約二分で浅沼さんは浜木公町駅に降りました。浜木公町駅は山毛線、京ミ兵東北線に加え、地下鉄の都営浅葛線、大江芦線、他には都京モノレールの駅があります。都京モノレールは空の
浅沼さんは、この駅で降りると、空港へと続く都京モノレールの方へ歩き出した。
ディレクターが焦った様子で浅沼さんに質問をする。
「もしかして空港に行きますか?」
「いえ、ちょっと買い物です。この時間だと、地元のスーパーは閉まっていますので」
「よかった。安心しました」
「15分ほど経過すると浅沼さんがスーパーから出て来ました。後を着いていきます」
黙々と歩く浅沼さんの後をディレクターが着いていく。どこを歩いているのか分らないが、ナレーションが説明をしてくれる。
「浜木公町駅から、およそ6分歩くと、浅沼さんは竹芝銭橋の客船ターミナルに着きました」
ここは電車の駅もあるようだが、周りの様子はどう見ても港の船着き場だ。ディレクターが驚いた様子で聞く。
「もしかしてフェリーですか?」
「ええ、フェリーというより、今は飛行船と言った方がふさわしいかもしれませんけどね。こちらでチケットを買います」
浅沼さんは手慣れた様子で乗船チケットを買う。チケット代は片道2300円らしい。
ディレクターがそれを見ながら質問をする。
「定期券ではないのですね?」
「ええ、私はシルバー人材として、週3日で働いていますから、定期券で買うより、普通にチケットを買った方が安いんですよ」
「往復で4600円。週3回として、一ヶ月、およそ13往復とすると、合計で59800円。およそ6万円ですが、交通費は全額支給ですか?」
「いえ、うちの会社は、交通費は月額3万円までなので、残りは自費ですね。でも、その交通費を払う価値は充分にありますよ。おっと、どうやら空飛ぶフェリーが来ました、乗り込みましょう」
人が降りきってから、浅沼さんとスタッフは乗り込む。
僕らが乗った飛行船よりは小さいが、それでも3階建ての飛行船で、350人ほど乗れるらしい。
船の中に入ると、ごく普通のシートが並ぶ。この船は宿泊などは考慮してなさそうだ。
宿泊用のシートと比べればかなり小さいが、それでも、かなり大きめのシートだった。ディレクターが座り、満足げにこう言った。
「これはゆったりとしてますね。映画館のシートみたいだ」
「なかなか快適ですよね。通勤電車だった時とは比較になりません」
「確かにそうですね。これに慣れてしまったら電車には戻れないかも…… おっ、動き出しましたね」
ここでCMが入った。
CM開けはナレーションから入る。
「23分後、このフェリーは伊豆太島に着きました、浅沼さんはここでは降りません。さらに16分乗り、フェリーに乗り始めてから通算39分、フェリーは最終駅のミ宅島へと到着します。ミ宅島は都内からおよそ180km。今は空飛ぶフェリーで通勤圏になりましたが、以前は6時間以上かかっていました」
ディレクターがちょっと驚いた様子で浅沼さんに言う。
「もう到着ですか? 早いですね」
「そうですね、このフェリーになってかなり便利になりました。しかも、以前だと一日に一往復しか船便がなかったのが、それが日に7往復に増えました。雑誌などは発売日の翌日や翌々日に届いていたのですが、確実にその日のうちに届くようになりましたね」
「下手な場所より、都心へのアクセスが良いですね」
「以前は千菜県に居を構えて居ましたが、通勤時間はそんなに変わらないですね」
確かに40分くらいで山毛線の駅に出られるなら、通勤圏として問題なさそうに思える。ただ、片道2300円はかなり高い。
「ここからは、いつもは自転車なのですが、歩いて行きましょうか。歩くとおよそ15分ほどです」
浅沼さんは、フェリー置き場の横にある駐輪場から、自分の自転車を引っ張り出してきて言う。
「それはありがたいです。ところで何故、この島から、会社に通おうと思ったんですか?」
「この島は私の生まれ故郷でして、年老いた両親もこの島におります。しかし仕事の都合上、どうしても島から離れざるを得なかったんです。しかし、この度、空飛ぶフェリーが就航しまして、これを機にこの島から通う事にしました。多少、不便な点もありますが、それを補って余る魅力的な島ですよ」
「よろしければ、この島の紹介して頂けないでしょうか?」
「私でよろしければ紹介させて頂きます。この家が私の実家ですね」
「それでは明日もよろしくお願いします」
「では、また明日、お会いしましょう」
そういって浅沼さんは大きな家の中に消えていった。
あの広さの家を都会に借りるとなると、いったい家賃はいくら掛かるのだろうか……
翌日、浅沼さんはこの島での暮らしを紹介する。
家の前に広がる、家庭菜園と呼ぶには立派すぎる大きな畑。
浅沼さんは、朝早くからこの畑の手入れをする。
そして、しばらくすると友人が訪ねてきた。友人と二人で、防波堤に釣りに出かける。
昼過ぎくらいには釣りを切り上げ、その後には島の共有浴場でゆっくりと温泉に浸かる。
夕方には釣ってきた魚を焼いて、家族全員でお酒を飲み始めた。
その暮らしはまるで旅行そのものだ。
旅行番組を避けてこの番組を見たのだが、内容的には旅行番組と大して差はなかった。
しかし、あんな暮らしができるなら、離島での暮らしも悪くないだろう。
後日、この番組のせいかどうかは分らないが、減り続けていたこの島の人口が、増加に転じたようだ。たくさんの入居者が押し寄せて来たらしい。
ネットのニュースで、ちょっと話題になっていた。
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