飛行船クルージング 5

 すごろくゲームの『モソポリー』を3回ほどプレイをし、時計をみると夜中の1時を過ぎていた。


 ヤン太が僕らに言う。


「そろそろ寝るか」


「お風呂はどうしよう?」


 僕が聞くと、ジミ子が答える。


「明日の朝にしましょう」


「そうね、明日でいいわね。部屋に戻って寝ましょう」


 眠たそうなミサキが、ボソボソと返事をする。



「おやすみ」「おやすみ~」


 就寝の挨拶をして、各自が部屋に戻ろうとした時だ、僕らの部屋があるこの6階には、展望テラスというガラス張りの部屋があるのだが、その窓の向こう側の空に、無数の星の海が広がっているのが見えた。


「見に行ってみよう。凄そうだ」


 廊下から展望テラスへと移り、天井を見上げる。

 この部屋は天井もガラス張りで、空の様子が良く見えた。雲一つ無い空は、星で満ちあふれていた。


「ちょっとヤン太と白木くんを呼んでくるよ」


 僕は部屋に残っているヤン太と白木くんも、この空間へと連れ出す。

 みんなは無言のまま、ただただ、この空を見上げていた。



 10分ぐらいたっただろうか、「グゥ~グゥ~」と寝息とも、いびきともとれる声が聞えてくる。その声の主はミサキだ。


「もう部屋に戻りましょうか」


 ジミ子がミサキを支えながら言う。


「そうだな、戻ろうぜ」


 キングの一声で今度こそ僕らは自分の部屋に戻った。


 ベットに潜り込み、窓の外を見る。

 すると、そこには、展望テラスの外の世界が続いている。

 僕は意識を失うまで、この光景を眺めていた。



 翌朝になり、こんな船内アナウンスで起こされた。


「ただいまマリアナ諸島の上空に居ます、あと一時間ほどでグァム島の上空に到着する予定です。島には着陸しませんが、島の上空を30分ほど回遊飛行しますので、よろしければ1階エントランスの展望室。もしくは3階のレストランから食事を楽しみながらご覧下さい。なお、朝食も無料の食べ放題となっております」


 このアナウンスが終わるとすぐに、「ドンドン」と激しくドアをノックする音が聞える。

 ボーッとしたままの頭で、ドアを開けると、そこにはミサキが立っていた。


「朝食を食べに行くわよ。早く支度をして!」


 僕らはミサキに急かされて、3階のレストランへと向った。



 みんなでレストランに行くと、屋台やたいのような朝食の売店が出ていた。

 すこし大きめのパンが、どの種類でも一つ50円、おにぎり80円、お粥が150円。あと、コーヒー、ジュース、牛乳、などの飲み物が70円。パンは焼きたてらしく、香ばしい匂いが辺りに漂っている。

 普段は有料らしいが、今日はこれらも無料のようだ。値札に横線が引いてあり『0円 無料!』と書いてある。


「うおぉぉー、食べるわよ!」


 ミサキが張り切ってトレーにパンやおにぎりを、山のように載せていく。

 他の人達は、適度な量の食料を手に取った。ミサキと比べると少なく感じるが、もし足りなければ、後でまた追加で取りに来れば良いだけだ。



 トレーに食事を取った僕らは、レストランの空席を探す。

 急いでレストランに来たおかげで、席はまだ空いていた。僕らは窓際の良い席を確保する。


 窓の外には透明な青い海が広がっている。その中にいくつもの島が連なるように浮かんでいた。

 この飛行船は、それらの島々の上を巡るように巡航する。美しい景色を眺めて、ボーッとしていると。


「食べないならもらうわよ」


 僕のバターロールがミサキに奪われた。

 まあ、あまり気にせず、今はこの風景を眺める事に集中しよう。



 やがて、ひときわ大きな島の上空にさしかかる。すると、姉ちゃんの声でアナウンスが入る。


「今、見えているのがグァム島です。面積549平方キロメートル。日本だと淡路島くらいの大きさです。人口およそ16万人。観光の島としても有名ですが、観光客の約8割は日本人だそうです。翻訳機が無くても日本語で問題なくすごせるようですよ。

 今回、試験飛行のため停泊はしませんが、東京からグァム間の料金は、エコノミー1万2000円、ビジネスは1万6000円、ファーストクラス2万4000円になる予定です。皆さま、この飛行船が正式に就航した後も、ご利用をよろしくお願いします」


 ちゃっかりと宣伝もする姉ちゃん。

 周りからは、「安いな」「その値段なら毎年行けるな」「正月休みに行ってみるか」などと、好感触を得ていた。確かに1万2000円なら、僕らでもかなり頑張れば行けそうだ。



 この後、30分ほど、ゆっくりと島の周りを周回して、帰路に着く。


 帰りもマリアナ諸島の上空を通り、色々な島の上を巡る。

 それなりの高さを飛んでいるが、おそらく飛行機ほど高度はでていないだろう。家や漁船や車をハッキリと見ることが出来た。


 2時間ほど、このような楽しめる飛行が続くと、今度はこんなアナウンスが入った。


「これから先、海が延々と続きます。日本への到着は、午後の2時となっております。それまでおくつろぎ下さい」


 このアナウンスの通り、マリアナ諸島の一番北の島を離れると、海しか見えなくなってしまった。

 こうなると退屈になってくる。ヤン太が僕らに問いかける。


「この後、どうする? 部屋に戻るか?」


「風呂いこう! 昨日から入ってないし!」


 白木くんがやや興奮しながら言う。これは、おそらくキングの裸が見たいだけだろう……


 すると、ジミ子がメガネをクイと上げながら、得意気に言った。


「ここは大浴場が一つしかなくて、女性と元男性の混浴になっているの。そうなると恥ずかしがる人も多いから湯浴衣ゆあみぎっていう、ガウンみたいな服を着てお風呂に入るみたい。これだと恥ずかしくないわよね」


 ジミ子の説明を聞き、あからさまにガッカリする白木くん。


「じゃあ、風呂に決まりだな!」


 ヤン太が『ざまあないな』といった、したり顔をしながら言う。


 僕らはいったん着替えを取りに行き、再びこのフロアの後方にある大浴場へと向う。



 大浴場の入り口には、入浴券の自販機が置いてあった。500円と書いてあるが、ここも無料らしい。コイン投入口に紙が貼ってあり『タダでチケットを購入できます』と書いてある。

 試しにボタンを押すと、プラスチックのチケットが出て来た。

 僕らはこれを手に取り、カウンターへと向う。


 カウンターはロボットが数体待機していて、チケットを渡すと湯浴衣ゆあみぎとフェイスタオルを渡してくれた。


「バスタオルは無いんですか?」


 僕がそう質問すると、ロボットは奥にある電話ボックスのような部屋を指さして、こう言った。


「アチラをご利用くだサイ。脱水乾燥室となっておりマス」


 そっちを見ると、湯浴衣を着た人が、ちょうど入る所だった。

 部屋に入った人がどうなるか観察してみると、入った人に向けて、四方から猛烈な風が吹き付ける。そして、しばらくすると乾いた状態で部屋から出て来た。


 どうやらトイレなどで見られるハンドドライヤーを大きくしたような装置らしい。

 大げさな装置に感じたが、大きなバスタオルを洗濯する事を考えれば、こちらの方がコストが良いのかもしれない。


 脱衣所に入ると、試着室のような小さな更衣室がたくさんあり、僕らはその中に入って湯浴衣に着替える。


 湯浴衣に着替え終わると、服を着たままシャワーを浴び、そして『天空の大浴室』と書かれた部屋に僕らは進む。



 大浴室に入ると、ここもかなり広い。円形のジャグジーがいくつもあって、それぞれ『ぬるま湯』『ややぬるま湯』『標準』『やや熱め』『熱め』など、様々な温度設定がされている。

 そして、船の最後部の窓際の部分は、およそ30メートルくらいに渡って浴槽が続いていた。

 人はそこそこ居るが、風呂場が広すぎて、窮屈きゅうくつさはまるで感じない。


「この眺め、最高ね!」


 ミサキが走り出そうとして、それをジミ子が止める。


「泳いじゃダメだからね」


「わ、わ、わかってるわよ」


 慌てて返事をするが、これは絶対に泳ごうとしていた時の返事だ。



 僕は『ややぬるま湯』に設定された、窓際の風呂に入る。

 この風呂はもちろん部屋の中にある内風呂だが、気分は露天風呂だ。空から海を眺めながら、ゆっくりとお風呂を楽しんだ。


 白木くんは、キングにつられて『普通』の温度の風呂に入る。

 すると『熱め』の風呂に入っていたヤン太が、白木くんを挑発する。


「そんなぬるい浴槽に入るなんて根性がねーな」


「なんだと、じゃあ、どちらが熱い風呂に入っていられるか、勝負しようじゃねーか」


「望むところだ!」


 僕がリラックスしている横で、ヤン太と白木くんは、『熱め』の設定をしている風呂で我慢比べを始めた。



 この勝負、結局、見回りのロボットに引きずり出される事で決着が付く。

 二人ともゆでだこのように赤くなって、のぼせ上がった。


 気分が少し悪くなったようだが、水風呂に入り、アイスを食べて、ラムネを飲んだら、だいぶ体調が戻ってきたようだ。


「もう無茶はやらないでくれ」


「あ~、わかったよ」

「了解したッス、キングさん!」


 キングが言うと、ヤン太と白木くんは素直に従ってくれた。



 到着まで、まだまだ時間があるので、一端部屋にもどり、休憩を挟んで、すごろくゲームの『モソポリー』を何度か遊ぶ。

 やがて正午近くになると、ミサキがこんなことを言い出した。


「そろそろお昼になるわ。お昼も食べ放題かしら?」


「まだ食べる気ッスか? それだけ食べれば太るんじゃ……」


 白木くんが、半ば心配、半ばあきれながら言う。


 するとミサキは、ある薬を出しながら言った。


「宇宙人の開発した栄養摂取阻害剤えいようせっしゅそがいざいがあるから平気よ。太らないわ」


「でも、それだけ食べると、どこか体に悪いんじゃ……」


 今まで大して気にしていなかったが、確かに白木くんの言うとおりだ。あれだけ食べれば、体のどこかに負担が掛かっているのかもしれない。


「大丈夫よ。体のどこか悪くなっても、宇宙人の技術があれば直るはずだわ!」


 確かにそうかもしれないが、この返事を聞いた白木くんの顔はすごい表情をしていた。



 そして昼になると、アナウンスが入る。


「お昼になりました、レストランを無料開放いたします、お好きな食事をお召し上がり下さい。なお、到着時刻は午後の2時となっております」


「急いで行くわよ! 時間が無いわ!」


 ミサキは2時間も食べ続けるつもりなのだろうか……



 そして2時間後、飛行船は出発した港へと到着する。僕らは荷物をまとめ、船を降りる。

 ミサキはかなりギリギリの時間まで食事をしていた。前々からちょっとおかしいと思っていたが、白木くんに言われて、だいぶおかしい事に気づかされた。



 港につくと、姉ちゃんと再び合流する。すると、姉ちゃんは僕らに質問をしてきた。


「航海は楽しかった?」


「「「はい!」」」


 全員が笑顔で返事をする。ぼくら高校生の財力では厳しいかもしれないが、ちょっと無理をしても、また乗りたいと思う。


 この後は来たときと同じで、『どこだってドア』でワープをして、姉ちゃんの会社の前で解散となった。


 白木くんが、手を振りながら挨拶をする。


「また誘って下さいね」


「おう」「またな」


 キングとヤン太はこころよく答えた。

 白木くんは良い人だが、風呂やプールのイベントがある時は避けた方が無難なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る