バスとバイトとエレベーターガール 4

 空飛ぶバスの説明が終わると、姉ちゃんがカウンターの中に居るジミ子に指示を出す。


「ジミ子ちゃん、事前に登録した『テストコース001』ってヤツがあるから、それを選んでみて」


「わかりました。コレですね」


「そう、それを選択して、車内アナウンスよ。アナウンスはミサキちゃんがやってみて」


「はい、『皆さま、これよりテストコース001を試験運行します。巡航高度はおよそ130メートル。15分ほどのコースとなっております。では、発車します』」


 ミサキのアナウンスが終わると、ジミ子が画面の発進ボタンを押した。バスはゆっくりと動き出す。



 バスはとても静かで、振動などが全く無い。

 静止しているようにしか感じないが、外の風景を見ると動いる事が分る。


 バス会社の方々はそれぞれこの飛行を楽しむ、窓の下をのぞき込んだり、自販機でコーヒーを買って飲んだり、トイレをチェックして時間を過ごす。

 15分の遊覧飛行はあっという間で、バスは再びバス会社の車両基地へと戻ってきた。



 車両基地に着くと、姉ちゃんが僕らに言う。


「これから本番稼働が始まるんだけど、私はちょっと他の場所で仕事があるの。サポートのロボットと、バス会社の社長さんが残ってくれるから後はお願いね。もし何かあったら電話でもちょうだい」


「「「わかりました」」」


「じゃあ、バイトが終わる頃に迎えにくるわね。じゃあ頑張ってね」


 姉ちゃんはそう言い残すと、エレベーターに乗って何処かへといった。

 バス会社の方々も社長を残し、車両基地の建物の中へと戻っていく。



 僕らとバス会社の社長さんだけになると、機長であるジミ子が、このバスを仕切る。


「ええと、お姉さんから渡された予定表だと、ここの車両基地から、最寄りの『野井駅』まで移動、その後『上神駅』との間を休憩をはさみながら3往復、最後にここに戻ってきて、今日一日の運行が終わるみたい」


 ジミ子からスケジュールを見せてもらうと、休憩を入れて、およそ4時間余り、このバスに乗り続けるらしい。


 ここで僕は1つ確認をする。


「社長さんは、この後、丸一日、僕らに付き合ってもらえるのですか?」


「ああ、明日もあさっても、このバスの全ての運行に付き合う予定だから、バスの運行に関して、分からない事があれば何でも聞きなさい」


 これは心強い限りだ。この社長さんは運転手としての経験も長いと、姉ちゃんから教えてもらった。


 しかし、この格好はどうだろう、窓に貼り付くようにして景色を眺めるその姿は、とても社長とは言い難い。ただこのバスに長く乗っていたいだけかもしれない。



 ジミ子がバスについている端末を操作し終えて、こう言った。


「自動運転に設定したわ。時刻が来ると勝手に発進するみたい。ヤン太とキングはエレベーターの一号機で待機、ツカサは二号機をお願いね。ミサキはここで私とお客様の接客をしてちょうだい」


「了解」「ラジャー」「はい」「わかったわ」


 ジミ子の指示で僕たちは配置につく。



 しばらくすると、バスが勝手に動き出した。

 出発の時刻が来たんだろう。


 動き出してすぐに、僕らのスマートウォッチが震え、メッセージが流れた。


『車両基地前にお客様が3名』


「ちょっと迎えにいってくるわ」


 ヤン太とキングがエレベーターを操作して下降していった。



 下降する際、当然、エレベーターはバス本体から切り離されるのだが、バスは止まる気配がない。そのまま進み続けて、ヤン太とキングのエレベーターを置いていってしまった。


「えっ、ちょっと、ヤン太とキング達、まだ戻ってないよ!」


 僕がジミ子にそう言うと、ジミ子はこう答える。


「大丈夫みたいよ。画面に説明によると、エレベーターは追いついてくるみたい」


 本当に大丈夫なのだろうか?

 僕は後ろに引き離したエレベーターを見守る。


 エレベーターはしばらくすると浮上して、何事もないようにバスに追いつき、連結をする。

 そして、中からお客さんが3人現われた。


「すごい」「新しいぜ」「広いなー」


 僕らより年下の、中学生と見られる学生さんが乗って来た。


「こちらで会計をお願いします」


 ミサキが声を掛けると、中学生はカウンターあるPASNOパスノの端末に定期入れを触れる。

 そして、会計が終わると、みんなバスの最前列へと走って行った。かなりテンションが上がっているようだ。


 お客さんが近くに居なくなると、キングは僕にこう言った。


「この仕事、けっこう疲れるぜ」


 エレベータのボタンを押して、お客を乗せるだけだが、どこに疲れる要素があるのだろうか?



 しばらく走っていると、またスマートウォッチが震える。

 画面を見てみると、『貯水タンク前、高齢者のお客様6人』とメッセージが表示されていた。


「今度は僕が行ってくるね」


 そういって、エレベーターのドアを閉め、下降ボタンを押す。



 エレベーターはすぐに地面に着地をして、扉が開いた。

 僕はこのバスの行き先をアナウンスする。


「こちら『野井駅』へ向うバスになります。お乗りのお客様はこちらにどうぞ」


 完璧に近いアナウンスをして、かなり自信があったのだが、帰ってきた答えはこうだった。


「は?」「こりゃなんだ? バスじゃないだろ?」「お前さん、何言ってんだ」


 ああ、そうだ。上空からエレベーターが現われ、「これはバスですよ!」と言っても信じられないだろう。

 つまり、僕がこの状況を説明して、何とかエレベータに乗せないといけない訳だ。



「ええとですね。あそこの上空に空飛ぶバスがあるんですよ。これは、あのバスへ運ぶエレベーターなんですよ」


「あんなバスがあるか」「信じられるわけないだろう」


 話している間にも、バスの本体がどんどん離れていく、あまり離れすぎると追いつけなくなりそうで怖い。僕は焦り始める。


「これはプレアデスグループ、つまり宇宙人の会社と、ロケットも作っている彡菱さんびしグループの共同開発した空飛ぶバスです!」


「そんな事をいってもなぁ」「バスには到底とうてい、見えんよ」


「今日が試験運転初日なんです、本当なんです、普通のバスと同じなんです、信じて下さい!」


 僕が泣きそうになって訴えると、ようやくちょっと信じてくれる気になったらしい。


「わかったわかった。料金は普通のバスと同じなんだろ?」


「ええ、全く同じです」


「じゃあ、乗ってみようじゃないか」「そうだな、このお嬢ちゃん、よく見ればバス会社の制服も着てるおるな」


 こうして僕の必死の説得で、ようやくエレベーターに乗ってもらう事が出来た。



 お客さんを乗せたエレベーターを上昇させ、バス本体と連結する。


「おおこりゃ広いな」「快適そうだ」「トイレまでついておるぞ」


 お客さんを降ろすと、僕はどっと疲れた。


 ヤン太が僕に励ますように声をかけてくれる。


「お疲れ、うちらは中学生だから楽だったけど、お年寄りは特に大変そうだな」


「そうなんだよ。理解してくれなくて」


 すると、キングがもっともな事を言う。


「まあ、普通に考えると、あの状況は理解はできないと思うぜ」


「確かにそうだな。さて、次にお年寄りが来たらどうしようか……」


 ヤン太が腕組みをしながら考えて居ると、バス会社の社長さんが、こんな提案をしてくれた。


「わかりました。お年寄りがいる場合、私も降りていきましょう。若い人より、少しは説得力があると思いますよ」


「助かります。是非、お願いします」


 僕は強くお願いをする。これでかなり楽になるだろう。



 この後、大変だったが、僕たちは何とか乗り切る事が出来た。

 何度となく、説得できなくて、心が折れそうになったが、誠意と熱意をもって説明すれば、どうにか伝わるらしい。バイト代は、けっこう高かったが、これほどエレベーターガールが大変な仕事だとは思わなかった。


 ちなみにバイトは3日間の契約で、まだ初日が終わったばかりだ。

 この調子だと、2日目以降も大変そうだ。

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