バスとバイトとエレベーターガール 3

 バス会社の社長さんを先頭に、空飛ぶバスの近くへと来た。

 バイトの僕らと、姉ちゃんと、カメラを持った取材用のロボット2体、このバスに興味があり手の空いているバス会社のみなさん。総勢30名近くが集まっている。



 空飛ぶバスのほぼ真下に来ると、姉ちゃんは、ちょっと独り言に漏らす。


「うーん。これだけスペースがあれば、バス本体も停留できるんだけど、どうしようかしら……」


 それを聞いていたバス会社の社長さんが、こう返す。


「通常の業務中では、どうやって使用するのですか?」


「以前に少しお話をした通り、乗降用のエレベーターを使って乗り降りをします」


「では、そのエレベーターを使って乗り降りしてみましょう。見てみたいです」


「分りました。では、弟ちゃん。あなた達でこのバスを動かして」


「えっ、どうすれば良いの?」


「まずはバスを動かすリーダーとサブリーダーを決めて」


 姉ちゃんに無茶な事を言われたが、たぶん、僕たちでも動かせるシステムなのだろう、素直に従う事にした。



 みんなでじゃんけんをして、ジミ子がリーダー、ミサキがサブリーダーとなった。


「私がリーダーです」


「じゃあ、ジミ子ちゃんは、このバスの機長で、ミサキちゃんは副機長ね。二人はバスの運航についてやってもらうわ。弟ちゃんと、ヤン太くんと、キングくんは、乗降用のエレベーターのエレベーターガールをやってちょうだい」


「「「分りました」」」


「まずは乗降用のエレベーターを降ろしてね。このバスはエレベーターを2機備えていて、スマートウォッチの音声入力で『一号機、二号機下降』とか言えばOKよ」


 機長であるジミ子が、一歩前にでて、腕に着けているスマートウォッチに向って言う。


「一号機と二号機、下降して下さい」


 ジミ子の声に反応して、バスの後ろの部分の、サンルームのようなガラス張りの小部屋が、2つに分かれて下降してきて、ふわりと地面に着地をする。

 建物の中ではないので、外にあると違和感があるが、それは普通のエレベーターとほとんど変わりない。

 ちょっと違うところは、扉の上部の階数を表示する部分が、電光掲示板になっていて、『ただいま貸し切り中』と書かれているくらいなものだ。



 扉が開き、姉ちゃんが解説をする。


「こちら、横幅180cm、奥行き160cmの17人乗りのエレベーターです、操作は従来のエレベーターと同じ、『開く』『閉じる』『上昇』『下降』、あとは『緊急呼び出し』のボタンのみです。さあ、みなさん行きましょうか」


 30名と2体のロボットは、それぞれのエレベーターに分かれ乗り込む。

 僕は、入り口近くの操作パネルの前に陣取る。もちろん、このエレベーターを操作する為だ。まあ、操作といっても、ボタンは4つしかなく、これなら子供にでも出来るだろう。


 全員がエレベーターに乗り込んだ事を確認すると、僕は扉を閉めて、上空へと移動を開始した。



 エレベーターは普通の物より早くて静かだが、乗り心地は全く変わりがない。

 30秒もしないうちに、上空20メートルほどのバスへと連結した。扉が開き、人が出て行く。


「広い」「広いな」そんな社員の方々の声が聞える中、姉ちゃんが大きな声で叫ぶ。


「いったん、奥の方へ進んで下さい、席についたら順番に説明をします」


 ある程度の人が奥に進むと、バスの内部が見えてきた。



 興味はあるが、僕はエレベーターガールの仕事がある、持ち場を離れる訳にはいかないだろう。

 そう思っていたら、姉ちゃんが手招きで僕らを呼び寄せる。


「弟ちゃんとヤン太くんとキングくん、ちょっとこっちへ来て説明をするわ。それに、今は貸し切りだから、途中で停留所で乗ってくる人もいないから」


 僕らは持ち場を離れてバスの内部へと乗り込む。

 中に入り、周りを見渡すとかなり広く感じた。とてもバスとは思えない。



 バス会社の社員の方々が客席に座り、ロボットが撮影位置につくと、姉ちゃんが説明を開始した。


「こちら、通勤バスの標準として設計されたタイプですね。このバスの内装は、みなさんお気づきかもしれませんが、彡菱さんびしワソウさんがやっています。

 スペックは車幅3.7メートル、全長16メートル、座席数は76人。

 中央の廊下の通路幅は76cmあります、シートの幅は44cmで、新幹線の5列シートの幅とほぼ同じですね。

 座席の前後の間隔は92cmで、電車と比べると、ちょっと見劣りしますが、通勤バスとしては、十分に広いと思います」


 バスは3列シートが左右に有り、6人が座れる列が13くらい並んで居た。

 車内はかなりゆったりとしていて、幅だけみると電車より広い、これはバスというより船に近い気がする。



「乗客の座席に関してはこんな感じです。ではバス後部を説明しますね」


 姉ちゃんがバスの後方へ移動して、このバスの設備の説明をする。


「みなさんが乗って来たように、このバスは後ろから乗り降りします。このバスはエレベーターが2機のタイプですが、1機の物も、3機の物も用意できます。

 バスの後方部分は共有スペースとなっており、乗降用の待機スペースは、2畳ほどあります。すこし余裕があったので薄型タイプの自販機を置いてみました」


 エレベーター前には、乗り降りをする為に、およそ縦横2メートルほど、ちょうど通勤電車のドアの前くらいの空間があり、かなり出入ではいりがしやすそうになっていた。これだけのスペースがあれば、多少の混雑でも問題なさそうだ。



 姉ちゃんは淡々と説明を続ける。


「進行方向に対して後部左側はトイレの個室があります。通常のトイレが1つ、多目的トイレが1つの合計2つですね。

 進行方向に対して後部右側はカウンターがあり、基本的に乗務員はここで業務を行なう事になります。

 ここで航路の設定や、お客様の料金などの支払いなど、業務に関して、全ての事が出来るようになっています。

 ちなみに料金の支払いは、従来のシステムと変わりません。

 では、機長のジミ子ちゃんと、副機長のミサキちゃん、カウンターの中の座席に座ってみて」


「「はい」」


 二人が中に入る。僕もちょっと気になり、カウンターの中をのぞき込むと、そこにはモニターが幾つも並び、複雑そうな交通用のICカードを操作する機械があった。


「ちょっと、私らにはこれは操作できないと思います」


 ミサキが音を上げると、姉ちゃんが優しく言う。


「今回、音声入力で対応できるようにしたから大丈夫よ。それに助手のロボットも居るの。そこの棚を開けてみて」


「分りました」


 ミサキが棚をあけると、バスケットボールくらいの丸い球に、目を付け、手を生やしたような、不格好なロボットが出て来た。


 バス会社の社員の方々が騒ぎ出す。


「機動戦士ガソダンのマスコットロボだ!」「ガソダンの八口はちぐちだなアレは!」


 その言葉を受けて、姉ちゃんが開き直ったように言う。


「ええ、このロボも彡菱さんびしさんのデザインによるものですね。このロボは優秀です、接客を任せたり、掃除や装備の点検もやってくれます。飛行能力もあるので、走行中に窓の外で掃除をさせたりする事もできますよ」


「「おおー」」


 ここに居る全員が感嘆かんたんの声をあげた。

 見た目はショボいが、あのロボットはなかなか高性能のようだ。



 姉ちゃんの説明が一通り終わると、この空飛ぶバスについて社員の方々が語り出した。


「いや、天国のような環境のバスですな」


「運転で神経をすり減らす必要も無いし」


「自販機で飲み物をいつでも飲める」


「それに、トイレがついているとなると、最高だ!」


 ここで僕は昔から疑問に思った事を聞いて見た。


「運転手の人達って、トイレはどうしているんですか?」


「事務所で用を足して、あとは我慢だな」


 ちょっと信じられないといった顔で、ミサキが話を聞く。


「どうしても我慢ができない時はどうするんです?」


「本能の非常時には、コンビニの前に停車する事もあるが、そうなると始末書かかなきゃいけない事態だな」


 自由にトイレにも行けないとは……

 運転手の方々は今まで大変だったらしい。

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