朝顔の観察日記 3
異様に成長してしまった、庭の植物を見ながらミサキが言う。
「うちの野菜、ちょっと食べて見ない?」
家庭菜園の野菜がどんな事になっているのか、確かに興味がある。
だが、短い期間で急成長した野菜は、食べても平気なのだろうか?
「少し待ってくれ、成分を調べるから」
肥料が入っていた容器の成分表を見ながら、キングがスマフォを使って調べ始めた。
しばらくすると、結果が出たようだ。
「一般的な肥料に使われる成分だけだったよ」
「大丈夫そうね。ひとまず安心ね」
ジミ子がとりあえず安心をする。するとミサキがこんな事を言う。
「もしお腹を壊したら、宇宙人の治療してもらえば良いわ。まずは食べてみましょう」
ミサキはどこまでも食に貪欲で忠実だ。その姿勢だけは感心する。
家庭菜園に向う途中、ひまわりが咲いていた。
ちょっと前までは、僕の胸の高さくらいで、手のひらほどの花が咲いていたが、いまは2メートル以上に成長し、花は70センチを超えそうだ。
「立派に成長したわね。ちょっと写真に撮ってよ」
「ああ、スマフォをかしてみな」
ヤン太がミサキからスマフォを受け取ると、ミサキはひまわりの真下へと移動する。
写真を撮るためミサキが茎を掴むと、ひまわりはグラグラと揺れる。かなり花が重いのだろう。
「これ、すごい揺れるわ。面白い!」
調子に乗って揺すっていると、ひまわりはボキリと折れて、重たい花がミサキの頭をゴンと直撃した。
「あいた!」
パシャリ、ちょうど良いタイミングでヤン太が写真を撮る。見事にひまわりに殴られているミサキの写真が撮れた。
「おっ、なかなか良い写真が撮れたな」
それを見て、ヤン太が自画自賛をする。確かによく撮れた写真だ、僕も欲しくなってきた。
「本当だ、よく撮れてる。僕にもちょうだい」
「分った。Lnieでみんなに共有しよう」
写真を話題をしていると、ミサキが頭を抑えながら、折れたひまわりを手に持って出て来た。
「ちょっと、私の心配もしてよ」
「でも、大丈夫なんででしょ?」
ジミ子が言うと、ミサキが口をとがらせながら言う。
「そうだけど…… でも、このひまわり、どうしましょう? ちょっともったいないわね」
するとキングが言う。
「花瓶にでも飾っておけば良いんじゃないか?」
「そうね。そうしようかしら」
ミサキは花を飾ろうとするが、70センチの花を入れられる花瓶などは存在しなかった。
「入れられる花瓶が無い……」
ミサキが両手に抱えているひまわりを見て、僕は思いついた。
「その大きさだと、傘立てにでも入れておくしかないんじゃないの?」
「そうね、そうする」
僕の助言で、ミサキは傘立てとバケツを使ってひまわりを
「さて、野菜を収穫しましょう」
園芸用のハサミを持って、ミサキが野菜を次々と収穫する。
50センチを超えそうな、細長いキュウリ。
バレーボールのような、丸く膨らんだナス。
一粒が野球ボールくらいの枝豆。
そして、普通のトマトと何も変わらないトマト。
竹製のザルに夏野菜を摘み取り、僕らは食べる為に台所に移動する。
台所に着くと、野菜を軽く水洗いをして、食べ方を考える。
「キュウリはどうしましょうか?」
ミサキが50センチはあろうかという、やたらと細長いキュウリを振り回しながら言う。
「味噌をつけて、生でそのまま喰えばいいんじゃねーか?」
ヤン太が言うと、特に反論が返ってこない。ミサキが家の冷蔵庫の中を見ながら言う。
「そうね。使えそうなのは味噌とマヨネーズくらいかしら? とりあえず出しておくね」
軽く皮を剥いたキュウリをブツ切りにして、皿に盛る。調味料はそのまま小皿に出した。
僕らは好みの調味料を付けて、キュウリをかじりつく。
すると、みずみずしいキュウリの味がした。ところが、これはあまりにみずみずしかった。
僕が率直な感想を言う。
「なんか、味が薄いね」
「水で引き延ばしたような味ね」
ジミ子も似たような感想をつぶやいた。
キングがスマフォを調べながら言った。
「キュウリは90パーセント以上は水分らしいが、これは99パーセントが水って感じだな」
野菜は急激に大きくなりすぎたのだろう。味が成長に追いついていない感じだ。
やはり、野菜の旨みを引き出すには、ある程度は時間と手間を掛けなければいけないと思った。
「次はナスね。これはどうやって食べましょう?」
ミサキがバレーボールくらいにまんまるに膨らんだナスを、お手玉のように放り投げながら言う。
ジミ子がレシピの載っているサイトを広げながら提案する。
「一般的な食べ方としては、『焼きなす』か『揚げなす』かしら?」
「『揚げなす』は油を使うから、ちょっと難しいかも?」
僕がそう言うと、調理法は『焼きなす』に決まった。
「丸くて調理しづらいわね。とりあえず半分に切るわ」
ミサキが包丁を入れようとした時だ、ナスに少し包丁の先が入ると、そこから水がピューっと飛び出した。水風船に穴が空いたようにナスがどんどん
やがてナスは大根のタクアンのようにしなびてしまった。
「……だいぶ、しおれたわね」
ジミ子が親指くらいに縮こまったナスを見ながら言う。
「うん、そうね」
味はともかく、腹いっぱい食べられると思っていたミサキは、残念そうに答える。
この後、宇宙人の技術を使った電子レンジで、『焼きなす』を調理するのだが、味はごく普通だった。
ミサキがこんどは枝豆を取り出して言う。
「今度は大丈夫でしょう。塩ゆでで良いわよね?」
「いいぜ」「いいわよ」「OK」「構わないよ」
お湯を沸かして、塩を入れ、枝豆のさやを二つ入れる。さやには2~3粒ほどの豆が入っているので、ちょうど、一人に一粒、豆が行き渡る数だ。
普通の大きさだと、一粒で満足できるはずもないが、豆の大きさは、さやの大きさから想像すると、野球ボールほどはあるだろう。味は薄いかもしれないが、満腹になりそうだ。
「この大きさだと、おそらくナイフとフォークが居るわね、用意するわ」
ミサキが人数分の皿と、ナイフとフォークを用意した。
豆が大きいので、レジピよりだいぶ長い15分ほど、ゆっくりと時間をかけて茹でる。
やがて茹で上がると、ミサキは鍋からさやを引き上げ、みんなの皿に枝豆の粒を配る。
「あつっ、あつつ、豆を出すわよ」
両手を使ってさやから豆を押し出すと、巨大なさやから、従来通りの大きさの1cmにも満たない豆が出て来た。
「……中の豆は生長してないみたいだね」
「…………」
僕が説明しても、想像していた結果を完全に裏切られ、言葉を無くすミサキ。
この後、みんなはナイフとフォークを使って、それぞれ一粒の枝豆を
ミサキがトマトを取り出して言う。
「さて、最後はトマトね。これは見た目は普通だけど、味はどうなのかしら」
「とりあえず、スライスして、塩でも振りかけて食べて見るか?」
ヤン太がトマトを手に取って言うと、ミサキが反論をした。
「私はマヨネーズをかけて食べたいんだけど?」
「トマトにマヨネーズは邪道だろう。塩しか無いって。みんなの家もそうだろう?」
ヤン太が僕らに話をふる。思わぬ所で調味料の討論になってしまった。
「僕の家は塩かな」「私の家も塩だわ」
僕とジミ子の家は塩派らしい、マヨネーズ派のミサキは圧倒的に不利な状況に追い込まれる。ミサキは焦った様子でキングに話を振る。
「キ、キングの家はどうなのよ?」
「うーん。家はモッツァレラチーズとオリーブオイルを使って、カプレーゼにする事が多いかな?」
「カ、カプレーゼ?」
「うん、こんな感じだぜ」
キングが料理サイトを調べて、スマフォで写真を見せてくれる。
そこには、スライスしたトマトとモッツァレラチーズを交互に並べた、お洒落なイタリア料理の写真が載っていた。
「ま、負けたわ。とりあえずトマトをスライスするから、好きな味付けで食べてちょうだい」
どうやらミサキは負けてしまったらしい。
ミサキがトマトに包丁を入れようとした時だ。それは起こった。
「バン!」
包丁の刃がトマトに軽く触れると、トマトは
頭からトマトの汁まみれになるミサキ。
「なに? どうしたの?」
ジミ子が驚いた様子で言う。ヤン太がこの状況を推理する
「うーん。他の野菜は大きくなっていたのに、これは大きくなって居なかった。つまりコイツは、大きくなる代わりに圧力が高まって、ちょっとしたきっかけで爆発したんじゃねーかな?」
「「「なるほど」」」
トマトまみれのミサキ以外は納得する。
確かあれは中国製の成長薬だったはずだ。さすがは中国産としか言いようがない。
「このトマト、どうすればいいのよ」
ミサキが収穫した、何も処理していないトマトをこちらに向けて言った。
「危ないわね。ちょっとそんな物騒な物もってこないで」
ジミ子が席を離れて、部屋の隅へと逃げる。とてもトマトの扱いとは思えない。
「ミキサーに入れて、トマトジュースにするしかないんじゃないかな?」
「そうね。トマトジュースにするくらいしかないわね」
僕が処理方法を言うと、ミサキは納得したようだ。
ミキサーのガラス容器の中に、慎重にトマトを入れる。
トマトの皮にミキサーの刃が当り、少しでも傷つくと、トマトは爆発するだろう。
ミサキは緊張のあまり手が震え、額から汗が流れ落ちてくる。
丁寧にトマトを入れ終わると、蓋を閉め、その上から手で押さえつける。
「行くわよ!」
ミサキがミキサーの刃を少し動かすと、ボンボンボンと、トマトは連鎖的に爆発をして、あっという間にトマトジュースが出来上がった。ミキサーの刃はほとんど動かしていない。
神経をすり減らして作ったトマトジュースを、僕らは口にする。
「普通ね」「普通だわ」「普通だな」
苦労した割には、味は普通だった。
やはり、成長薬ひとつでどうにかなるほど、農業は簡単ではなさそうだ。
この後、ミサキはシャワーを浴びて、トマトを洗い流す。
みんなで宿題をこなしつつ、ミサキのつけている『朝顔の観察日記』を見せてもらうと、朝顔の大きさが『全長25cm』から、『台風の為、観測不能』の一日を経て、『全長4メートル70センチ、直径37センチの大輪の花が咲く』となっていた。この観察日記は本当の事を書いてあるが、宿題としては大丈夫なのだろうか?
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