第26回目の改善政策
お昼になり、僕は自分の部屋からリビングへと移動する。リビングのテレビで改善政策の発表を見る為だ。テレビの前のソファーに座り、スイッチを入れる。台所で昼食の用意をしている母さんに声を掛ける。
「そろそろ始まるよ」
「わかったわ、今行くから」
母さんが昼食を作っている手を休め、こちらへやって来た。
母さんが来ると、タイミング良く時報が鳴り、いつもの番組が始まる。
「今日も
「ヨロシクネー」
福竹アナウンサーと宇宙人が軽く挨拶をする。
「さて、今週の改善政策は何を行なうのでしょうか?」
福竹アナウンサーが本題に入る。すると、宇宙人はいつもの調子でこう答える。
「今週の改善政策はお休みネ。夏休みという事ダヨ」
「なるほど、良いですね夏休み。改善政策を行なうと、場合によっては役所の方も色々と大変らしいですからね」
福竹アナウンサーの表情が緩んでリラックスした状態になる。
この番組は影響が大きい告知がある時がある。福竹アナウンサーは意外と緊張を強いられているのかもしれない。今週のように、たまには気楽な時があっても良いだろう。
「さて、時間が余ってしまいましたが、どうしましょうか?」
福竹アナウンサーが宇宙人に話を振ると、こんな答えが返ってきた。
「新商品が幾つかあるネ、夏休みに向けていくつか商品を開発したからネ。ソレの宣伝をスルヨ」
「おっ、良いですね。是非、開発した商品を紹介させて下さい。価格の発表もありますか?」
「あるネ」
その一言を聞くと福竹アナウンサーの目つきが変わる。おそらく、今日も徹底的に値引きをするつもりだろう。先ほどのリラックスした表情は
「マズは、先日発表した、これネ」
宇宙人はそう言って水着を出してきた。それは、昨日、僕たちがテストした水着だった。
「それは先日のニュースで発表した水着ですね。たしか『水の抵抗を減らす水着』『浮力を調整できる水着』『ズレない水着』の三種類でしたね」
「ソウネ。『水の抵抗を減らす水着』は、水泳連盟の許可が下りなかったカラ、まずは『浮力を調整できる水着』を発売するヨ。少し仕様を改良してネ」
「どんな改良なんですか?」
「溺れないようにする改良ネ。あきらかに呼吸が不安定になると、自動的に浮力を大幅にアップするヨ」
「それは良いですね。水難事故が減りそうです」
「ソウネ、特に子供には有効ネ。お値段は2万6千円の予定ネ」
「それは高すぎですね。水辺の事故を防ぐ為、もっと安くして普及をすべきです。8千円くらいでどうでしょう?」
「ソレハ無理ネ。半額が限界ネ。あまり安くしすぎると、水着のデザインメーカーの取り分が無くなるネ」
「うーん、それなら仕方ないですね。では半額の1万3千円くらいでどうでしょう?」
「分ったネ。デハ1万3千円で発売するヨ」
福竹アナウンサーは強引に水着の値段を半額にする。
確かに2万6千円は辛いが、1万3千円なら僕にも買える値段だ、発売されたらすぐに買うかもしれない。あのもらった水着では恥ずかしすぎて、プールに出掛ける事はできないからだ。
宇宙人は再び福竹アナウンサーに話しかける。
「もう一つ商品があるネ。この国では夏休みに故郷へ帰るじゃナイ?」
「ええ、実家などに帰省しますね。大人数が大移動をするので交通機関が混み合い、なかなか大変です」
「ソコデ、このアイテムを作ったネ。入って来てヨ」
宇宙人が合図を送ると、姉ちゃんが大荷物をもって画面の中へと入ってきた。
旅行用の大型トランクを片手で引きずり、もう片手にはアタッシュケース。肩には大きなクーラーボックスを掛けている。
それぞれの鞄は宇宙人が作った事がすぐ分る。黒ずんだ金属のような質感で、あきらかに地球の物質ではないだろう。
福竹アナウンサーは姉ちゃんに挨拶をした。
「これは
「まあ、試しに中身をみてください」
そういって姉ちゃんは持って来たクーラーボックスの中身を見せる。
大きなクーラーボックスの中には2リットルの水とお茶が6本入って居て、計12キログラム。他にもジュースの缶が沢山入っていて、少なくとも16キログラムくらいはありそうだ。
中身をカメラに見せた後、姉ちゃんは再びクーラーボックスの蓋を閉め。なんとクーラーボックスを福竹アナウンサーの方へ放り投げた。
「はい、福竹アナウンサーどうぞ」
「えっ、いやちょっと!」
慌てて受け止める福竹アナウンサー。
クーラーボックスは、なんとか無事に受け止める事が出来たが、受け止めた福竹アナウンサーの様子がどうもおかしい。
「あれ? これ、やたらと軽いですね」
「そうでしょ、このクーラーボックスは
姉ちゃんがドヤ顔で説明をする。福竹アナウンサーが軽々とクーラーボックスを持ち上げながら言う。
「へぇー凄いですね。これがあれば旅行は楽になりそうです」
確かに。あの機能の付いた鞄があれば、どんなに重い荷物でも苦労しなくてすみそうだ。
「あと、もう一つ、重力を遮断することで利点があるんですよ。ちょっと使っていないカメラの機材をお借りしても良いですか?」
そういって姉ちゃんは番組スタッフの方に問いかける。
すると、スタッフは姉ちゃんに大きな望遠レンズを渡す。見るからに高そうなカメラのレンズだ。
「はい、ではコレをお借りしますね。ちなみにお値段は……170万円ですか? 高いですね」
姉ちゃんはそう言いながら大きな旅行用のトランクを開ける。そこに物は入っていなかった。
トランクの中心に170万円の望遠レンズを置くと、今度はアタッシュケースから物を取り出しながら解説をする。
「これは生卵ですね。レンズの周りに置いていきます。次はシュークリームですね。これもレンズのすぐ横に置きましょう。そして鞄を閉めて。はい、福竹アナウンサー」
姉ちゃんは高価なレンズと生卵などが入った鞄を放り投げた。卵やシュークリームとレンズの間には、ビニールのプチプチの
「ちょ、ちょっと笹吹アヤカさん」
福竹アナウンサーは出来る限りそっと受け止めるが、もう中身はダメだろう。
姉ちゃんは更にダメ押しをする。
「そのままその鞄を激しく振って下さい」
「いや、それはちょっと」
「これも仕事です。ほら嫌なディレクターの鞄だと思って、思いっきり振ってください」
「そ、そうですか? 仕事なら仕方がないですね」
そういってがむしゃらに鞄を振り始めた。表情こそ普通だが、かなり激しく振っている。福竹アナウンサーも色々とストレスを抱えているのかもしれない。
激しく鞄を振る事、およそ1分間。福竹アナウンサーが肩で息をし始める。
「はい、それで大丈夫です。鞄を開けてみましょう」
姉ちゃんは鞄を床に置くと、それを開ける。するとカメラのレンズは無事だった。卵やシュークリームはそのままで、一切、動いていないように見える。
姉ちゃんが、また
「この鞄は外界との重力を完全に遮断します。外から激しく振っても中の重力には影響しません。
「おおぉ」
と、感心するスタッフの声が入った。重くて高価な撮影機材を持ち歩く彼らにとって、この鞄は喉から手がでるほど欲しいだろう。
「お値段は……、お幾らでしょう?」
まだ息の荒い福竹アナウンサーが値段を聞いてくる。すると、姉ちゃんは用意していたテロップを見せながら言う。
「旅行用のトランクタイプが7万円、クーラーボックスタイプは、保冷機能付きで9万円、アタッシュケースタイプは3万円ですね」
「高いですね、ちょっと高すぎます」
福竹アナウンサーは僕の想像通りのセリフを吐いた。
姉ちゃんと福竹アナウンサーがテレビの向こう側で電卓をたたき合う。
「このくらい値引きができますよね」「いや、ちょっとそれは無理です、せめてこのくらい」「じゃあ間を取ってこのくらいで」「うーん、厳しいですが、まあ良いでしょう」
そんなやり取りが続く。やがて姉ちゃんの持って来たテロップを、赤のマジックで修正して、再び僕らに提示した。
「旅行用のトランク、4万1千円、クーラボックス6万3千円、アタッシュケースタイプは1万7千円。これ以上は値下げできません!」
姉ちゃんは力強く言い放つ。こういった通販番組では、事前に打ち合わせが済んでいるはずだが、この番組は真剣勝負っぽい。少なくとも福竹アナウンサーはヤラセに見えない。
一仕事終えた福竹アナウンサーに、スタッフが声を掛ける。どうやら番組終了の時間が迫っているようだ。いつもの締めの挨拶をする。
「そろそろお時間のようです。また来週お会いしましょう」
「マタネー」
「商品のお問い合わせはこちらの電話番号まで」
最後に姉ちゃんがちゃっかり宣伝をいれて番組が終わった。
あの鞄があれば便利かもしれないが、ちょっと高すぎる。それに、頻繁に旅行をしない僕らには、あまり必要がないだろう。
番組が終わると母さんは再び昼食の準備に取りかかる。
しばらくして、玄関からチャイムが鳴った。
「ちょっと僕が出てくるよ」
そういって外に出ると、ミサキが先ほどテレビに出ていたアタッシュケースを手にしながら言う。
「これ以上は安くならないみたいだから買っちゃった。みんなでどこか旅行へ行こうよ」
……どうやら何も考えずにあの旅行鞄を買ってしまったようだ。
ミサキが水着のバイトで稼いだお金は、これでかなり消えてしまっただろう。安上がりに行ける場所があると良いのだが……
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