水着とプール 2

 水着のテストを行なう当日となった。

 僕らは集合時間に姉ちゃんの会社の前に集まる。



 ジミ子がソワソワしながら言う。


「お金に釣られてバイトを引き受けちゃったけど、いざ、モデルをやると緊張するわね」


「姉ちゃんの話だと、業者向けのチラシ用らしいから、見る人は少ないと思うよ。あんまり気にしなくて良いんじゃないかな?」


 僕がそう言うと、ジミ子はちょっと安心したようだ。


「そうね。そのくらなら平気よね。チラシのモデルなんて誰も覚えてないし」


 確かにそうだ。チラシは毎日のように入ってくるが、そのモデルとなると顔も思い出せない。僕らが載ったところで、誰も注目しないだろう。



 そんな話をしていたら、姉ちゃんが大きな紙バックを持って会社から出て来た。


「みんな、今日はありがとうね。準備が出来ているから行きましょう」


 そう言って、みんなで『どこだってドア』をくぐって移動する。



 移動先は、けっこう古い感じのするプール施設の入場ゲートの前だった。

 入り口にある案内板を見ると、大小さまざまな大きさのプールが10個ほどあり、柵越しに施設の中を覗くと、子供連れの家族で賑わっていて、キャッキャッと騒いでいる声が聞こえてくる。


「こっちから入るわよ」


 姉ちゃんはチケットなどを売っている建物の、スタッフ専用の扉を開けて中に入る。


「姉ちゃん、そんな所を通っても良いの?」


 そんな質問をする僕に、こう答えた。


「大丈夫よ。この施設はプレアデスグループ会社の持ち物だから。経営が立ちゆかなくなって放置されていた施設を買い取ってリニューアルしたの。なかなか良い施設でしょう」


 建物は古く、どこをリニューアルしたのか分らないが、けっこう人が来ているので、施設自体は悪くはないのかもしれない。



 建物の中に入り、廊下を通りすぎ、姉ちゃんは『会議室』と書かれた部屋に入っていく。僕らも部屋の中に入ると、小さな会議室の部屋の隅に、コートを掛けるハンガーラックと、それを覆うようにカーテンを掛けてある謎のスペースがある事に気がつく。


「お姉さん、これはなんですか?」


 ミサキが気になって聞くと、こう答える。


「臨時の更衣室よ、水着の説明もあるし、ここで着替えちゃいましょう」


 会議室で着替えるのはちょっと抵抗があったが、きちんと目隠しが用意されている。それにみんなも気にしていないようなので、ここで着替えてしまっても良いのだろう。



「じゃあ、みんなに水着を渡すね。テストが終わったら、この水着はあげるから」


 そういって姉ちゃんは大きな紙袋に手を突っ込んで、ビニール袋に入った水着を引き出した。


「ええと、まずはミサキちゃんのだね。スポーツタイプで、一番スピードが出るタイプね」


 水着を渡されたミサキは、そのまま部屋の隅にある更衣室コーナーへと行く。


「ちょっと着替えてきますね」


 ゴソゴソとしばらく着替えると、やがてミサキが出て来た。

 その姿はピッチリと体にフィットする、水泳部が使うような競泳タイプの水着だった。


「似合っているわよ」


 姉ちゃんが褒めると、ミサキはまんざらでもないらしい。


「えへへ、そうですか? この水着はスピードが出そうな水着ですね」


「そうね。出ると思うわ。ここに水の抵抗を調整するスイッチがあるのよ」


 姉ちゃんが水着の機能を説明する。宇宙人の技術でどこまで早くなるのか、ちょっと興味がある。



 ミサキの説明が終わると、姉ちゃんはまた紙袋に手を突っ込む。そして水着を取り出す。


「次はヤン太くんね。一般的なビキニの水着のタイプだけど、さっきのスピードが出る仕組みが組み込まれているわ。ミサキちゃんほどの効果は無いけど、そこそこ早く泳げるはずよ」


「じゃあ、付けてきます」


 そう言ってヤン太も更衣室に入った。少し時間がかかり、ヤン太が恥ずかしそうに出てくる。


「付け方はこれでいいのかな? ビキニはちょっと恥ずかしいな」


「似合ってるわよ、かっこ良いわ」


 姉ちゃんに褒められ、ちょっと照れるヤン太。


「そうかな、それなら良いけど」


「この水着のスイッチはココね。こっちが抵抗を減らす機能が最小で、こっちが最大になるわ」


 ヤン太もこの水着についての説明を受けた。



「さて、次の人は誰かしら?」


 そう言いながら姉ちゃんは再び紙袋に手を入れて、水着を引っ張り出す。


「これはジミ子ちゃんの水着ね。泳ぎが苦手な人に向けて、浮力の調整できるタイプよ」


「はい、わかりました。着替えてきますね」


 部屋の隅にある更衣室で素早く着替えを済ますと、僕らの前に姿を現す。

 大きなフリルの付いたかわいらしい水着だが、眼鏡を外したジミ子はいつもと違い、ちょっと大人おとなびて美人に見える。


「どうですか? やはり私に水着のモデルは無理では……」


 自信が無いように言うと、姉ちゃんが親指を立てて絶賛する。


十二分じゅうにぶんに可愛らしいわよ。プロのモデルとしてもやっていけるわ」


「それはちょっと言い過ぎです」


「そんな事は無いわ本当よ、プロとしてやっていけるわ。ええと、水着のスイッチはこの部分ねこれで浮力の調整ができるわ」


 そう言って水着の説明をした。



「ええと、これはキングくんのヤツね。浮力調整の水着と、水に浮かぶスマートフォンケース。あと防水のヘッドホンよ」


「わかった。着替えてくる」


 キングが更衣室に入り、しばらくすると出て来た。

 大人が着るようなビキニタイプの水着を、見事に着こなしている。


「水着の付け方はこれで良いのかな? こんなの初めてだし……」


 胸の収まりが悪いのか、ちょっと気にしている。それを姉ちゃんがチェックする。


「どれどれ、うん、大丈夫。完璧よ」


 僕からみてもキングは完璧に見える。これなら週刊誌のモデルとしてでもやって行けそうだ。


「この水着のスイッチはここね。こっちに動かすほど浮力が増すわ」


 キングも水着の説明を受けた。



「さて、最後は弟ちゃんね。はい、これ。着心地きごこちを優先した、動いてもズレない水着」


 そう言って白い水着を渡される。だがこの水着はあきらかにおかしい。見ただけで布面積が小さすぎる。


「姉ちゃん、これって……」


「ああ、うん。ちょっとね。デザイナーさんにズレない素材って伝えたら『ズレない生地の特性を活かすなら、動いても見えない利点を最大限に活かして、ギリギリまで攻めた方が良いですよね! そういうデザインを、一度してみたかったんです!』って強く言われちゃってさ。『うん。そうね』って答えちゃったら、こんなのが出来上がっちゃったのよ。大丈夫、大事な所は隠れるはずだから」


「いやぁ、でも、これは……」


 ドン引きしている僕の背中を姉ちゃんが押す。


「ほら、試しに付けてみて。バイト代を払ったでしょう」


 確かにバイト代は既に受け取ってしまった。着ないわけには行かないか……


「じゃあ、ちょっと着てみるよ」


 そう言って試着コーナーへと入る。


 下着をつける要領で水着をつけるのだが、非常に心もとない。あまりにもスカスカすぎる。見えてしまっていないかとても不安だ、僕は更衣室の中から姉ちゃんを呼ぶ。


「姉ちゃん。ちょっと良い? これ、見えてない?」


「ああ、うん。大丈夫よ。ちゃんといちおう隠れてる」


「ちゃんと一応ってどういう意味? 本当に隠れてるの?」


「大丈夫、大丈夫だから。この水着のスイッチはココね。ココをひねると、水着がロックされるわ」


 水着の一部につまみが付いていて、それをひねる。すると、水着が肌にピタッと貼り付いた。


「これで引っ張ってもはずれないわ。さあそとへ出ましょう」


 こうして僕らは無理矢理、外に連れ出されてしまった。



 外に出ると、姉ちゃんがカメラを取り出した。


「水に入る前に、ちょっと写真を撮りましょう」


 そう言って一人一人、プールサイドに立たされて写真を撮る。

 直立不動で正面と側面の写真を撮るだけだが、僕はそのポーズが取れない。胸を腕で隠しているので、腕を下げる事が出来ないからだ。


「弟ちゃん。腕を下げてみて」


「いや、ちょっと無理。危ないって」


「大丈夫だから。ほら」


 姉ちゃんに急かされるが、無理なものは無理だ。手を外すと見えてしまいそうだ。

 勇気を出せず、躊躇ちゅうちょしていると、後ろからミサキが飛びついてきた。


「うわぁ、ちょっとミサキ」


「ほら、大丈夫だって。見えないから」


 そういって僕の水着を引っ張る。水着は接着剤で肌にくっつけたように離れない。


「いた、いたた。引っ張らないで!」


「ほら、平気でしょ。手をどけて」


「わかったよ。じゃあ姉ちゃん、写真をお願い」


「任せてちょうだい。はいOKよ」


 なんとか写真を撮る事はできたが、僕はかなり恥ずかしかった。こんな水着を着せられるなら、このバイトを断ればよかった。

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