ゲームと夏休みイベント 3
どこだってドアをくぐり抜け、僕らは酉武ドームの前へ来た。
この野球の球場は、都心から外れた緑の中にある。球場の前の大きな広場には、たくさんの街路樹が植えられ、その周りには森が広がっている。
穏やかな風景だが、ドームの入り口の方を見ると、こんな垂れ幕が飾ってあった。
『ラブモンGOイベント会場 エイリアン VS クトゥルフ 本日開催、プレイヤーは無料で入れます!』
こんなイベントに来る人は居ないと思っていたが、意外にも人が多い。
会場の入り口には、人の列が出来ていた。僕らはその列の後ろに並ぶ。
3分ほど列に並んでいると、僕らの入場の番になった。
入り口のゲートを抜け、無線のイヤホンを渡される。場内アナウンスでもいい気がするが、周りを見ると外国の人が多い。個別の言語に対応出来るイヤホンの方が都合が良いのだろう。
イヤホンを装着すると、30人ほどにまとめられ、ロボットの説明を受ける。
ロボットのしてくれた説明をまとめると、こんな感じだった。
・メインイベントは、プレイヤー全員と、ボスモンスター『クトゥルフ』との戦闘。
・戦闘が始まると、所有しているラブモンが姿を現し、勝手に戦い始める。
・『クトゥルフ』との戦闘後、所有しているラブモンは戦闘前の状態に戻る。たとえ戦闘中に傷を負っても、死んでしまっても大丈夫。
あと、プレイヤー側に、いつもの宇宙人も参加するらしい。
確かに宇宙人がプレイヤーとして参加すれば『エイリアン VS クトゥルフ』というイベントタイトルは、間違ってはいない。
無事に入場を済ませたが、戦闘イベントまでは、およそ1時間はある。
説明が終わって自由になった僕たちは、今後の行動を話し合う。
ジミ子がみんなに意見を聞く。
「どうしましょうか?」
「とりあえず会場を下見してみるか」
ヤン太の提案で、僕らはとりあえず戦闘が行なわれる場所へと向かう。
戦闘は、野球のグラウンドで行なわれる。
普段は絶対に入れない場所だが今日は違った。グラウンドへの巨大なゲートが開いており、一般人でも自由に出入り出来るようになっていた。僕らはこのゲートをくぐり、中へと進む。
グラウンドには、何かゴムのシートのような物が敷き詰めてあり、少し柔らかい。
周りを見渡すと、人がそこそこいるようだ。ただ暗くて、遠くにいる人物はよく分からない。
このドーム球場は、ちょっと建物が変わっていて、壁が無く天井だけがある。柱だけで屋根のドーム部分を支えている構造だ。
ここに来る前に写真で見た時は、外野席の向こうには木々が見えて日差しが球場内にさしていた。牧歌的で、のんびりとしたイメージだったが、今日は違う。周りが全て暗幕で覆われて、光が入ってこない状態になっていた。
ただ、さすがに真っ暗という訳で無く、所々から光りは漏れている。しかし明るいというには程遠く、ちょっと異様な雰囲気を作り出している。
「暗いな」
キングがボソリとつぶやく。
「そうっすね」
白木くんも同意する。
「ちょっと怖い。早く外へでましょう」
ミサキが怖がっている。たしかに、いかにもラブモンが出て来そうな感じはする。
「会場は十分に広そうだね。確認できたから、外へ出ようか」
僕がそう言って、みんな通路へと戻った。
「さて、残った時間はどうする?」
ヤン太がみんなに意見を聞くと、白木くんがこんな事を言う。
「何か関連商品を色々と売ってるから、行ってみよう!」
「そうね。他に行く場所も無いから見て回りましょう」
白木くんとジミ子に促されて、僕らはこの会場を巡る事になった。
外野席のさらに外側には球場を取り巻くように、かなり広い通路が設けてある。
大量の観客がスムーズに移動できるようにする為の通路だが、観戦客を見込んで様々な屋台が並んでいた。
ミサキはその中でタコ焼きの屋台に心を引かれたようだ。
「ちょっと見ていかない? 見るだけだから」
そう言ってフラフラと近寄っていく。
タコ焼きの屋台を見ると、ちょっと変な事になっていた。看板の『タコ』の部分の上に『クトゥルフ』というシールが貼ってあり、『クトゥルフ焼き』という意味不明の商品を売っていた。ちなみに値段は700円もする。
「どうするの? 食べるの?」
ジミ子はミサキに聞く。何でも食べるミサキだが、今回は流石に
「う、うーん。どうしよう。お小遣いもほとんど無いし……」
「じゃあ、みんなでお金を出し合って分け合って食べてみる?」
僕がそう言うと、「いいわよ」「そうね」「そうだな」「いいぜ」「キングさんが食べるなら俺もたべます」と、全員の賛成を得た。
僕が代表して注文をする。
「クトゥルフ焼き、一つ下さい」
「はいよ、ちょっと待ってね。はい、お待ちどう」
そう言って渡されたのは、タコ焼きだった。ただ、ちょっとアレンジがされている。
まず、タコが異様に大きい。普通のタコ焼きは、タコの足が見える事は無いが、これはボールの部分から突き出すようにタコの足が飛び出ていた。
さらに、トマトソースをたくさんかけて、その上にチーズをかけ、ガスバーナーで焼いてある。
赤いソースの中でグツグツと煮えたぎるチーズ。そこから飛び出るようなタコの足。とにかく見た目がグロかった。
「……まあ、味は平気そうね」
そういってミサキが食べて、感想を言う。
「おいしいわよ」
その言葉を聞いて、僕たちは食べ始めた。
たしかに見た目はグロかったが、要はトマトとチーズのイタリア風のタコ焼きだ。味はいける。
「確かに美味しいわね」「これはこれで有りだな」
みんなも、味は納得したようだ。見た目さえどうにか出来れば、これはヒット商品になるかもしれない。
屋台が並んでいる場所の奥には、関連グッズを売っているコーナーがあった。
商品を覗くと、Tシャツ、タオル、うちわ、など、この手のイベントでは良く売られていそうなものがならんでいる。ちょっと異質なのは本だろうか。表紙に『召喚』とか『呪い』とか『生贄』とか、いかがわしい文字が並んで居た。僕らはそれを見えない振りをして通りすぎる。
「あの本ヤバくないか?」
完全に通りすぎた後に、ヤン太が僕らに言う。すると、このゲームに詳しい白木くんが、こう答えた。
「このゲームはライトゲーマー層と、ガチゲーマーに別れているんだ。俺はもちろんライトゲーマーだが『ガチ勢には近寄るな』という話しは、このゲームでは常識だ。危ないと感じたら近寄らない方が良い」
冗談にしか聞こえない話だったが、白木くんの表情は真剣そのものだった。
グッズの販売エリアを越えると、そこから先は特に何も無い。ガランとしたエリアが広がる。
ただ、このエリアは休憩や待ち合わせに向いているらしく、ある程度の人が居た。
3~6人くらいで円を描くように談笑しているグループが多い。
おそらく、このゲームについて話しているだけなのだが、ここでも普通のゲームのイベントと、ちょっと違う点があった。頭から、目の部分しか空いていない、白い三角頭巾をかぶった人々が居る。
TシャツにGパンといった、カジュアルな格好の上に、三角頭巾をかぶっている人もいれば。全身を白いローブのような服に身を包み、その上に三角頭巾をかぶっている本格派の人も居る。
もしかしたら単なるゲームのコスプレイヤーなのかもしれないが、やたらとこの頭巾をかぶっている人が多い。僕にはこの状況がよく分らないが、ただ一つ言えるとしたら、あの人達には絶対に近寄りたくない。
白木くんが僕らだけに聞こえるように言う。
「あの頭巾をかぶってる連中はガチ勢で『
「そうだな。引き上げるか」
何かと白木くんと反発するヤン太だが、今回は大人しく従う。
通路を戻ろうとしたときだ、三角頭巾の一人が僕らを指さした。そして周りに居る三角頭巾に何かを伝える。その集団は、僕らを取り囲むように近寄ってくる。
ちなみに彼らはカジュアルではなく、本格的な『狂信者』格好をしていた、足の先から頭の先まで真っ白な服で統一されている。
中でもリーダーとみられる人物はヤバい。手に頭の無いニワトリのような物を持っている。コスプレの道具の一環だと思いたいが、血のりの付き方や、取れ掛かった羽を見ると、どう見ても本物にしか見えなかった。
僕らはビックリして足を止めると、あっという間に狂信者の団体に囲まれた。ジミ子は怯えて僕の後ろに隠れる。
血にまみれたニワトリを持っている狂信者は、英語ではない外国語でまくしたてるように喋りだした。
最初は何を言っているか分らなかったが、無線のイヤホンから、遅れて翻訳が流れてくる。
「アナタは『深き者』の養殖の、第一人者、ジミ子さんですよね。
アナタの
会えて光栄です。お写真を一緒に撮らせてもらって構わないですか?」
「へっ? なんですって?」
緊張していたジミ子が、まぬけな声を出す。
「ご一緒に写真撮ってもいいですか? あとよろしければ『深き者』についてお話をしましょう」
「あっ、うん。良いわよ」
この後、ジミ子は狂信者の人達と写真を撮り、ジミ子が所有しているカラフルな『深き者』について話しをする。その姿はちょっと得意気だ。
僕は勘違いをしていたようだ。狂信者と呼ばれる人達も普通の人であり、一般的なゲーマーだったようだ。ただ、記念撮影の時、だれも頭巾を取らないのは、少し気になったが……
一通り話しをすると、彼女らは満足したようだ。狂信者の方々と手を振って別れる。
あのニワトリが本物かどうかは、結局、最後まで聞けなかった……
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