バイトと水族館 7
プレアデスグループ会社の水族館を一通り体験し終わると、僕たちは会議室へと移動をする。会議室に入ると、姉ちゃんがみんなに感想や意見を聞いてきた。
「どうだった? 何か気がついたり、改善したいアイデアはあるかしら?」
すると、キングが手を上げて、こんな事を言う。
「今日は立ちっぱなしで、ちょっと疲れた。気軽に座れるベンチみたいな物を設置して欲しいぜ」
「なるほど、ベンチね。スペースは広めに作ってあるから大丈夫でしょう。早速、設置させるわ」
「それだったら、有料でも構わないから休憩所とか作ったらどうでしょう? リクライニングチェアでリラックスしながら海中ですごせると思います」
ジミ子がそう言うと、ミサキはこんな事を言う。
「それならレストランが欲しいわね。海中レストランなんて素敵じゃない?」
姉ちゃんは、スマフォにメモを取りながら、こう答える。
「わかったわ。休憩室とレストランね。今の部屋で足りなければ増設すればいいわね。海は広いからいくらでも設置できると思うわ」
ミサキは単に食い意地が張っているだけの気がするが、確かにクジラを見ながら、ゆっくりと食事が出来れば最高だろう。
一方、ヤン太はこんな提案をする。
「水族館がいくつも集合した施設なんで、仲間とはぐれてしまったら大変そうだ。お互いの位置を教え合うようなシステムがあれば、とても便利だと思うけど…… 作るの大変そうだな」
「簡単に出来るわよ。状況の表示は、アンケートの時に使って居るプレアデススクリーンを使えば分かりやすいわね。友人達の居場所を把握できるようにしましょう」
このシステムは役に立ちそうだ。もし迷子が出てしまっても、これならすぐに家族と合流ができるだろう。
水族館の館長が、控え目に手を上げる。
「何でしょうか? 何かアイデアがあれば、気軽に言って下さい」
すると、こんな事を言い出した。
「おそらく、あの海底の鑑賞室には、お子さん達もたくさん来るでしょう。ゆっくりと鑑賞したい人には、ちょっとだけ、うるさく感じるかもしれません。部屋の構造が構造なので……」
確かに、アシカショーで聞いた様な大きな歓声を、あの密閉空間で叫ばれると、魚の鑑賞どころではないかもしれない。
「わかりました、じゃあ、消音システムを導入しましょう。音の波をぶつけ合って、音を打ち消す装置です。 子供が大声で叫んでも、ほとんど聞こえないレベルまで音量を下げる事ができますよ。
もちろん近くの人とは普通に会話はできます。必要な音以外の雑音は、全て
「それは良いですね。是非、導入して下さい」
館長は満足そうな顔をする。
これは、かなり静かな水族館になりそうだ。
「弟ちゃんは何か意見はあるかしら?」
話しを振られたので、僕は思いついた事を答える。
「魚の解説が聞けるイヤホンみたいなのが欲しいかな。今回は館長さんが説明してくれたから助かったけど、案内役は居た方が良いと思うよ」
「そうね。説明や解説は必要よね、用意しておくわ。画像での説明もあったほうが良いわよね?」
「そうだね。プレアデススクリーンで見ても良いけど、案内アプリみたいなのものでスマフォで確認できるようにしても良いかも」
「わかったわ。そのアプリも開発してリリースしちゃいましょう」
一通り意見が出尽くして、発言が無くなると、姉ちゃんが話しをまとめようとする。
「他に何かアイデアはない? なければ今日はこれでお終いにするけど」
するとジミ子が小さく手を上げて、こう言った。
「すいません。アイデアとかではないのですが、この施設ってプラス300円で使える予定なんですよね?」
「そうよ。それでなんとか採算はとれる予定よ」
「……ちょっと安すぎないでしょうか? もっと高くても良いと思います」
ジミ子が眼鏡を上げながら言う。水族館の館長も、この意見には賛成のようだ。
「私もそう思いますね、最低でも2000円から3000円は取れるでしょう。本来、この施設なら2万円や3万円くらい取ってもおかしくないレベルだと思いますが……」
その意見に、ヤン太も首を縦に振りながら答える。
「確かにそうだな。最初に行った沖縄の海底遺跡だけでも、交通費がいくら掛かるかわからないな……」
今日、行った中で、最も遠い距離にあるのは『水の下に沈んだオーストリアの公園』か『北極海の氷の下』あたりだろうか。まともに飛行機で行ったら、天文学的な費用が掛かっていただろう。そう考えると、一万円でもかなり安く感じる。
料金の指摘を受け、姉ちゃんは困った顔をする。
「おかしいわね? 人工知能を使って300円という適正価格をはじき出したハズなんだけど、サンプルに選んだ人がまずかったのかしら?」
「もしかしたら日本以外の人物を選んだとか?」
キングがサンプルになった人物を予想をする。確かに物価や給料の安い国の人なら、300円という価格もあり得るだろう。
しかし、姉ちゃんはそれを否定をした。
「そんな事は無いわよ。サンプルの人物は、日本人の有名人で、それも結構な高額所得者のはずだわ」
しばらく考えてみるが、全く誰だか分からない。しびれを切らしてジミ子が答えを聞き出した。
「どんな人を選んだんですか?」
「ああ、サンプルの人物は『福竹アナウンサー』ね。彼がOKを出す数字をシミュレートしてみたんだけど…… やはり安すぎたようね」
「……うん、そうだね。福竹アナウンサーに値段をつけさせちゃダメだと思うよ」
僕がそう言うと、みんなは納得した。
やはり、あの人の金銭感覚は少しズレているようだ。
会議室での話し合いが終わると、僕らは帰路に着く。
水族館のスタッフが作った、手作りの小さなゲートをくぐり、水族館の外へと出る。
「正式にオープンしたら、また来ましょう」
ジミ子が感想と言うか、決意に近い発言をすると、
「ああ、また来よう」「そうね」「何度だって付き合うぜ」
みんなはそれぞれ賛成をした。
「入場料がいくらになるか分からないけど、お金を貯めておかないとね」
僕がそういうと、姉ちゃんは丁度良いタイミングだと思ったのか、鞄から茶封筒を出しながら、こう言った。
「今日はありがとうね。おかげで良い水族館ができそうよ。はい、これはバイト代。ちょっと大目に1万5千円を入れておいたわ」
一人一人にお金を配る。姉ちゃんが最初に言ったとおり、こんな楽なバイトはないだろう。
今日の体験は、むしろお金を払っても良いくらいだ。
みんな、ちょっと申し訳なさそうにバイト代を受け取る。
全員にお金を配り終えると、姉ちゃんはこう言った。
「じゃあ、帰りましょうか」
「あっ、ちょっと待って下さい。寄りたい場所があるんです」
ミサキがそう言って、水族館の目の前のある場所を指さす。そこには『海鮮、お土産センター』の看板があった。
「そうね、せっかくだから、ちょっと寄っていきましょうか」
こうして僕らは少しだけ、寄り道をする。
お土産センターのガラスの引き戸を開けて、中に入る。
お店の大きさは教室二つ分ほどだ。
手前にはアジやサバの干物がザルの上に並び、奥の冷蔵ケースの中には、氷の上に魚がまるごと売られていた。そして、店の中央には
「何が売られているのかしら?」
ミサキと共に、最も目に付く、生け簀と水槽を見て回る。
生け簀には、ハマグリやサザエなどの少し大きな貝。エビやカニなどの甲殻類。他にはウニなどが売られている。水槽の中には鯛が泳いでいたが、他の種類の魚は居ない。ただ、驚く事に足の長いタカアシガニが売っていた。もちろん水族館のと比べると大分小さいが、それでも2万5千円という高値が付いている。
店の中を一通り見終わると、姉ちゃんが僕にこう言ってきた。
「弟ちゃん。今日の我が家の晩ご飯は、豪勢なシーフードにしましょうか? 姉ちゃんがお金を出すから、食べたいのを選んでよ」
「分かったよ。じゃあ、適当に選ぶね」
その会話を聞いていたヤン太が、僕の袖を引っ張って、こう言った。
「あそこに例のカニがいるぜ、どうだ?」
「流石に2万5千円は……」
そんな話しをしていると、隣に居た姉ちゃんは財布の中身を覗き出す。そして店員さんにこんな事を聞く。
「ここって、カードは使えますか?」
「ごめんなさい、この店では使えないんですよ」
ちょっと申し訳なさそうに謝る店員さん。
「わかりました。弟ちゃん。あのカニは無しでお願い」
「あんな高いのは買わないから安心して」
そう言うと、姉ちゃんが
「お刺身は食べたいわね?」
姉ちゃんが僕に注文をしてきた。まあ、確かに鮮魚と言えばお刺身だろう。
「どの魚がいいんだろう?」
僕が切り身の前で悩んでいると、店員さんが声を掛けてきた。
「今朝獲れたスズキなんてどうだい。3500円の所、3000円にしておくよ」
40センチほどの立派な魚を持ち上げて見せてくれる。
目が澄んでいて、とても新鮮そうだ、しかも値段も下げてくれたのだが、それでも僕は悩む。
「しょうがないな。2700円でどうだい?」
さらに値下げをしてくれた。だが、僕が悩んでいたのは値段の事ではなかった。
「すいません、魚をさばけないんですが……」
「ああ、そんな事かい。それなら三枚にさばいて渡すから心配しなくていいよ」
「では、それを下さい。あと、
「今のオススメは『つぼ鯛』かな、一枚600円の所、450円でいいよ」
「それなら俺も買おうかな」「じゃあ俺も買うぜ」
安さにつられてヤン太とキングもお土産を買い始めた。
この後、ミサキとジミ子も買い始め、かなりの量を僕たちは買った。
そして長い買い物が終わると、ようやく店を引き上げる。
『どこだってドア』をくぐり抜け、あっという間に地元へと帰ってきた。
僕の両手には、大量のお土産がある。『スズキ』『つぼ鯛』の他に『塩さば』『アサリ』を買って、合計金額は6千円ほど。ちなみにヤン太とキングは3千円ほど、ジミ子は2千円ほどの買い物をした。
そして気がつけば、ミサキも重そうなお土産を抱えている。
「ミサキは何を買ったの?」
僕がそう聞くと、得意な顔をしながら答える。
「あそこにタカアシガニが売られていたじゃない。それを買ったのよ」
「えっ、2万5千円も払ったの?」
驚いて聞き返す。ミサキはこの間、お金を使い果たしていた。そんなお金は持っていないはずだ。
するとミサキは手をパタパタと振りながら、こう言った。
「いや、缶詰を売ってたのよ。流石にアレは買えないわ」
「なんだ、缶詰か……」
僕はちょっと安心する。だが、これが間違いだった。
「そう。タカアシガニの缶詰のセット。お値段は8000円」
「えっ」
「それがなんと5400円に値下げよ」
「そ、そうなんだ。良かったね」
「うん、だから二つ買っちゃった。あと、サザエも買って合計で1万4千円も使っちゃった」
『てへっ』という悪気の無い表情を浮かべる。
貰ったバイト代は1万5千円で、もうほとんど残っていない。
僕は隣にいる姉ちゃんに相談を持ちかける。
「姉ちゃん、また何かバイトがあったら誘ってくれるかな……」
「……良いわよ。何か用意しておくわ」
福竹アナウンサーは金銭感覚がおかしいが、ミサキも別の意味で金銭感覚がおかしいようだ。
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