バイトと水族館 6

 僕たちは、海中に設置された観賞用の部屋を見て回る。


 沖縄の海底遺跡。クラゲだらけの湖の底。沈没船の直ぐそばの豊かな魚礁ぎょしょう。深海2500メートルの駿河湾の底。ジュゴンが見られるというフィリピンの海。水の下に沈んだオーストリアの公園。シャーク湾のエサに群がるサメたち。北極海の氷の下。グレートバリアリーフの珊瑚礁さんごしょう



 そして最後の『10番』の部屋の前に来た。


「最後は凄いよ。ちょっとお金を掛けているからね」


 姉ちゃんに言われて、僕らは嫌でも期待をする。


 しかし、ここまで来る部屋の中で、いくつかはハズレの部屋があった。


 駿河湾の底では、バレーボールくらいのダンゴムシのようなダイオウグソクムシと、深海に住む小さな海老しか見られなかった。


 ジュゴンが見られるというフィリピンの海では、運が悪かったのかジュゴンが見られず、海藻の森があっただけだ。


 オーストリアの水中の公園は、雪解けの時期は水の下に沈んでいるのだが、それ以外の季節は干上がって、ごく普通の公園になってしまうらしい。


 次の場所は大丈夫だろうか?

 期待と不安の入り混じる中、僕らは最後のドアの中へと入る。



 ドアをくぐり抜けた先は、かなり大きな部屋だった。その広さは、体育館より少し小さいくらいのドーム状の部屋で、天井はかなり高い。そして、目の前には巨大なシロナガスクジラが3頭ほど、優雅に泳いでいた。


「マジか!」「きれい!」「ファンタスティック!」「凄いわね!」


「本当にすごい!」


 その雄大ゆうだいな光景に僕も思わず声を上げる。


 僕らはガラスのそばまで駆け寄ると、食い入るようにしてクジラを見る。

 巨大な生物はゆっくりと尾びれを上下に動かし、力強く、しなやかに泳ぐ。

「フオゥ」「フウオゥ」と会話している様な声もガラス越しに聞こえてきた。


 知識で大きさは知っていたが、ここまで大きな生き物を間近で見られるとは。

 まばたきを忘れ、僕らはクジラを凝視する。


 クジラ達にとってもこの施設が珍しいのか、ドームの周りを3~4回くらい周回すると、やがて何処かへと消えていった。


「いやぁ凄かったね」


 ミサキがちょっと震えながら言う。

 ヤン太も、この幸運な出来事を、心の底から喜んでいる。


「まさかクジラが偶然みられるとは、思ってもみなかった」


「本当に運がよかったね」


 僕がそう言うと、姉ちゃんが反論した。


「いや、偶然じゃないわ。彼らはうちの契約社員だから」


「「「えっ!!!」」」


 僕らは思わず声を上げた。



「クジラが契約社員ってどういう事?!」


 僕が詰め寄ると、姉ちゃんが説明してくれる。


「クジラは知能が高い事はしってるわよね」


「うん。知ってるよ」


「彼らは野生のクジラだったんだけど、エサの供給と、健康面の管理。あと外敵の排除を約束する条件で交渉したら、OKしてくれたわ。

 営業時間中に、お客様がくると、この10番目の部屋の周りを回遊してくれる契約よ。

 食事代がかなり掛かるけど、採算はとれるから安心して」


 ジミ子がややあきれながら言う。


「じゃあ、私達が見れたのって……」


「ええ、彼らは自分の仕事をしただけよ」


 姉ちゃんがそう言うと、キングがおどけた表情で、こう言った。


「ちょっとガッガリしたけど、必ず見られるなら悪くないのかもな」


 確かに、常に姿を見せてくれるのならば、クジラを雇うのも一つの手だろう。



「アト、5分デス」


 姉ちゃんのスマフォから、ロボットのような声が聞こえた。


「おっと、そろそろアシカショーの時間だわ。急いで戻りましょう」


 僕らはわずか3分で、元に居た水族館へと戻ってきた。

 アシカショーの会場は既に満席で、僕らは最後尾からショーを覗く。


「はい、それではアシカショーを始めます。よろしくお願いします」


 飼育員のお姉さんの挨拶が済むと、アシカが芸を始める。

 鼻先で飼育員さんとボールのキャッチボールをしたり、フラフープのような輪くぐりをしたり、イルカほどではないが、アクロバットなジャンプもする。

 芸を披露する度に、観客席の子供達は「おー」とか「うぉー」とか歓声を上げる。

 そしてアシカは芸をする度に、バケツからご褒美のエサをもらう。


 ただ、このアシカは小狡こずるい。

 一度、エサを貰ったのに、再び『エサをよこせ』と要求したり、飼育員の人がちょっと目を離したすきに、バケツに頭を突っ込んで、エサの魚をつまみ食いをする。


 この様子がユーモラスでショーは大いに盛り上がった。アシカがエサを強奪ごうだつする度に、観客席から笑いが起こる。エサを盗まれた後の、飼育員さんとの掛け合いも面白かった。


 楽しいショーはあっという間に終わり、最後にアシカが前ひれでバイバイをして、アシカと飼育員さんはバックヤードに引っ込んだ。



 ショーが終わり、姉ちゃんが館長に話し振る。


「大変面白いショーでした。よく教え込みましたよね?」


「食い意地の強い子で、エサに釣られて直ぐに覚えましたよ」


 そう言って、ちょっと苦笑いをする。


「ちょっと誰かさんみたいね」


 ジミ子がみんなに話しかけると、ミサキだけが、


「わ、私はちがうわよ」


 と、急いで否定した。

 まあ、ある程度は自覚はあるようだ。今さらなので、これ以上は話を掘り下げない事にした。



「さて、これで一通り見たから、ちょっと話し合いをしましょうか。みんなで会議室へ行きましょう」


 姉ちゃんに言われて、僕らはこの水族館の会議室へと移動する。

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