ストレス融解ドリンク

「弟ちゃん、これ、ドリンク。よかったらお友達と一緒に飲んでね」


 朝の忙しい時間に、姉ちゃんが何かを渡してきた。

 渡された物をみると、それは缶ジュースで『ストレス融解ゆうかいドリンク』と書かれていた。


「なにこれ?」


「今日発売のドリンクよ。ストレスを融解させるの」


融解ゆうかい? ストレスだと解消とか発散じゃないの?」


チーフ宇宙人が言うには融解という言葉が適切なんだって」


「ふーん」


「じゃあ、私は会社に行くから。それは食後に飲むのが良いみたいよ。じゃあ、みんなによろしくね」


 そういって姉ちゃんは、早々はやばやと出掛けていった。


 朝はあまり時間がないので、僕はあまり考えずに、この飲み物を鞄に入れて学校へと出掛けた。



 この日は特に変わった事はなかった。

 いつも通りに授業を受けて、お昼休みになった。



 僕は鞄からお弁当を出すついでに、姉ちゃんから渡された飲み物を机の上に出す。

 するとヤン太が聞いてきた。


「なんだそれ?」


「みんなに渡すようにって姉ちゃんがくれたんだけど、『ストレス融解ゆうかいドリンク』だってさ、ストレス解消に良いらしいよ」


 僕はあまり興味がなさそうに答える。


 姉ちゃんから渡されたのは、緑色の缶が3個、茶色の缶が3個、合計6個ほどだが、このドリンク、よく見るとデザイン酷い。


 蛍光色のキツい緑と、汚らしい茶色の缶に、見にくい配色で『ストレス融解ドリンク』と書かれていて、見る人の心境をまるで考慮していない。おそらく姉ちゃんが、マイクローンソフト社のヘクセルあたりで適当に作ったんだろう。


 売り文句に『ストレスがミルミル溶けて行くヨ!』とか『とってもオイシイヨ!』とか書かれているが、この文が怪しさを増している。デザインの酷さと相乗効果を起こして、なにか有害なものが入っているようにしか見えない。これが自販機に並んで居ても誰も買わないだろう。



 学校に持って来たものの、みんなに渡して良い物か、疑問が出てきた。

 姉ちゃんの開発した、この手のドリンクでは、僕らはろくな目に遭ってないきがする……


 一人、悩んでいると、ジミ子が声をかけて来た。


「それ、今日の朝のテレビ番組で、お姉さんが紹介してたわよ」


「本当に?」


「ええ、学校に行く直前だったから、あまりゆっくりと見ていられなかったけど」


 なるほど、これの紹介のために今日は早く出掛けていったのか。


「これ、飲んでみたい?」


 ジミ子に話しを振ると、すぐに返事が返ってくる。


「いいの? じゃあ私は茶色のにするわ」


 そういって茶色の缶を持っていき、口を付けようとする。


「あっ、食後の方が良いらしいよ」


 僕がそう助言をすると、ジミ子は素直に従う。


「そうなの、じゃあ、食べ終わった後で飲みましょう」


 みんなで昼食を食べ始めた。



 そして食事を食べ終わってしまった。


 全員に、この飲み物を配るが、あまり進んで口にしようとしない。


 そんな中、ジミ子は躊躇ちゅうちょなく、この飲み物を口にした。

 姉ちゃんの事を信頼しているのだろう。姉ちゃんを信用しすぎていると、いつか痛い目に遭うと思うのだが……


 僕らはジミ子の様子を見つめる。体に異変が起こらないか見守る。

『ストレス融解ドリンク』というのだから、よほどまずい状況になるかと思ったが、いつも通りの変わらないジミ子がそこに居た。


「どうしたの? 飲まないの?」


 その質問にミサキが返す。


「味はどうなの?」


「普通よ」


 味が『普通』とはどういう事だろう。どの程度まで『普通』と言えるのだろうか?

 色々と考えるが、飲める範囲ではあるらしい。



 とりあえず僕は成分表を見てから、口をつけてみる事にした。

 さすがに毒は入っていないだろうが、宇宙人の作る飲み物には不安がある。


 成分表を見ると、僕は気が抜ける。


 僕は、緑色の缶を手に取ったのだが、原材料には『緑茶』と、酸化防止剤の『ビタミンC』しかなく、協賛企業の名前に、お茶で有名な伊遙園いとおえんの名前があった。


 後ろの注意書きには


『ナノマシンによる、特別な抽出法ちゅうしゅつほうで、リラックス成分が従来の3.2倍!』


 などと書かれていた。


 茶色の缶を見てみると『紅茶』が原材料のようだ。


 どうやらお茶を、ちょっとだけ特別な製法で抽出しただけらしい。

 缶の後ろの注意書きを指さすと、ヤン太とキングはさっしたようだ。顔の表情が緩む。



 僕は安心して『ストレス融解ドリンク』を口にする。すると、香りのよい緑茶の味がした。


「ねえ、味はどう?」


 ミサキが僕にも意見を聞いてきた。

 いつもなら食べ物や飲み物は、真っ先に手を出すミサキだが、先日のラブモンの件で少し疑り深くなっているのかもしれない。


「美味しいよ」


 そう答えると、キングがちょっとからかう。


「このドリンクはプラシーボ効果が凄いんだぜ、あっという間にストレスを解消してくれるんだ!」


 フラシーボ効果とは、効果のない偽物の薬を飲んでも、効き目があると勘違して、効果がでてしまう効果の事だ。

 けっこう知られた言葉だと思っていたが、ミサキは知らなかったらしい。


「そっか、プラシーボ効果が凄いのか」


 そういって飲み物を口にする。


「凄い! このドリンク、みるみるストレスを溶かしてくれるわよ!」


 満面の笑顔で答える。

 まあ、ある程度のリラックスする効果はあるとは思うが、所詮はお茶なので、そこまで大げさな効能はないだろう。ミサキは調子が良すぎる。


 こうして僕らは無事に危機を乗り越えた。

 まあ、姉ちゃんがあのデザインをしなければ、何の問題もなかったのだが……



 ちなみに、このドリンクを朝の番組で紹介した時。

 芸能人が飲んだときに、ミサキと似たようなリアクションを取っていたらしい。


 その様子を見て、「そこまでの効果はありません」と、姉ちゃんはドン引きしていたようだ。

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