テスト前の混沌 6

 18回目の改善政策を受けて3日目の朝を迎えた。明日にはテストだ、ちゃんと勉強をする期間は今日しか残されていない。


 僕は朝食を食べに台所へ向うと、母さんと父さんが二人でお茶漬けを食べていた。


 母さんは僕を見ると、朝食は何にするかと聞いてくる。

 同じので良いと答えると、電子レンジで温めるご飯にお湯を掛けてお茶漬けをだしてくれた。


 僕はお茶漬けを食べながら、ゆっくりと朝刊を見るお父さんに声を掛けた。


「今日はずいぶんゆっくりしてるけど、会社は平気なの?」


「今日は会社は休みだ。もちろんテスト勉強の為にな。ほとんどの会社は休みになってるみたいだぞ」


「へえ、凄いね。みんな勉強しているんだ」


「まあ、中には遊びにいってるヤツもいるがな。部長とかゴルフに行くとかいってたし。課長は釣りをするとか言ってたぞ」


「そ、そうなんだ」


「まあ他人の事は放って置こう。うちらは真面目に勉強に励めば良い」


「そうだね」


 新聞の模擬問題に目を通す父さんが、なぜだかちょっと頼もしく見えた。



 新聞には当然、広告が挟んである。

 このような非常事態の時に広告を打ってくる企業は少なそうだが、普段より多くの広告が挟まれていた。その内容のほとんどは学習塾のものだった。


『一日で覚えられる!』『徹底講習、社会人のあなたに向けて』『臨時コース。一人1万2千円』


 そんな見出しが並ぶ。

 学習塾はここが稼ぎ時だと判断したのだろう。商魂たくましい。



 母さんと父さんはどうやらどこかの講習に入るようだ。

 いくつかのチラシから選別して、今日通う場所を決めている。


 僕はお茶漬けを食べ終わると、いつも通りにミサキの家に迎えに行く。



 ミサキの家に着き、いつものように玄関をくぐると、朝からグッタリとしたミサキが居た。


「もうダメ、覚えきれない」


 一応、勉強はやって居たみたいだ。

 あまり成果は望めなさそうだけど。


 僕はそんなミサキの引っ張り出すように学校へと連れて行った。



 この日の授業も小テストの連続だ、今日は中学生の問題がおもになってくる。

 中学生の問題は、さすがに小学生とは違い間違いが増えてくる。


 おととい、昨日と復習ばかりで予習はあまりしていなかったが、それでも7割くらいは正解だろう。

 これなら本当に勉強をしなくても、宇宙人のテストに合格するかもしれない。


 僕らは淡々とテストをこなし、一日が過ぎていった。



 そして放課後を迎える。

 ミサキは机に突っ伏しながら、こう言った。


「も、もうダメ……」


「いいから、これから公民館に行って答え合わせだ!」


 ヤン太が無理矢理、ミサキを机から引き剥がし、強引に公民館に連れて行く。

 先頭をヤン太、両脇を僕とジミ子、後ろをキングで囲んで、囚人を護送するように移動する。



 公民館にたどり着き、空いている席を探す。

 ところが、この日は席が一杯だった。


 公民館の職員に、何とかならないかと相談すると、備品倉庫を僕らの為に開放してくれた。

 狭い室内に机を入れて、僕たち専用の勉強部屋が出来上がった。


 僕らはさっそく、それぞれ小テストの答案を机に広げるのだが、ミサキはボーッと座ったままだ。

 しょうが無く、僕が鞄からテスト用紙を出すのだが、これが酷かった。

 平均点は4点以下だろう、2~3点といった酷い点が多い。特に数学は壊滅的だ。


「うふふ、私、宇宙人に頭を改造されて、これから天才になるの……」


 虚ろな目で、力なく言う。

 ミサキは完全にやる気をなくしていた。


「これは…… 今から勉強し直して間に合うかな?」


 キングが深刻な表情を浮かべながら言った。


「ある所から聞いた情報なんだけど、本当に簡単な問題らしいから、中学生の問題はあきらめて小学生の問題を中心に復習すれば何とかなるよ」


 僕がそういうと、みんなは納得する。

『ある所』と言葉はぼかしているが、みんなは姉ちゃんの事だと分かっている様子だった。


「でも、本人がこの様子だとね……」


 ジミ子が横目でチラッとみる。


 そこには机にへばりついている脱力状態のミサキが……



 ここで僕は鞄の中から、姉ちゃんからもらった怪しいドリンクを取り出す。使いたくはないが、しょうがない。


 変な飲み物を出すと、ヤン太が反応をする。


「なんだこれ?」


「姉ちゃんからの差し入れだよ」


 キングが手に取ってラベルを読み上げる。


「『やる気アップ、これを飲めば頑張れる! 青春力アップ成分配合』なんだこれ……」


「あまりラベルは気にしなくても良いかも。姉ちゃんの落書きみたいなもんだし。一応、みんなの分もあるんだけど、どうする?」


「まあ、お姉さんからの差し入れなら大丈夫でしょう」


 そういって躊躇ちゅうちょ無くジミ子は薬を飲んだ。

 どうやらジミ子はかなり姉ちゃんを信用しているらしい。


「とりあえずミサキは飲んでみて」


「うん、わかった」


 独り言のように返事をすうると、ミサキは薬を飲み干した。


 僕とヤン太とキングは、二人が飲んだ後に、異変がなさそうな事を確認してから薬に口をつける。



 薬を飲んだものの、ミサキの様子は変わらない。天井あたりをボーッと眺めていた。

 しかし10分後、薬の効き目が突然現れた。


「うおぉぉぉぉ! テスト! テスト勉強しなくちゃ!」


 獣の様な声を上げると、これまでにない勢いで小テストの復習を始めた。

 勉強することは良いことだが、大丈夫なんだろうか? これは……


 あまりの薬の効き目に驚いていると、今度はヤン太が叫び出す。


「漢字は体で覚えろ! ただただ繰り返し書き続けろ」


 その問いかけにミサキは答える。


「分かった、間違った漢字は百回、復習するわ!」


 もの凄い勢いでノートに漢字を書き始める。



 漢字の書き取りが一段落すると、今度はジミ子が興奮した様子でミサキに語り出す。


「ミサキ、社会は暗記よ。ひたすら覚えるのよ! 見て覚えられない時は、書いて覚えなさい!」


「わかった、都道府県名を、千回づつ書いて覚えるわ!」


 こんどはノートにひたすら県名を書き続ける。県名だけではなく、他の事も覚えた方が良いかと思ったが、あまりに熱心に書き続けているので、僕は止められなかった。



 県名の書き写しが終わると、こんどはキングに薬が効き始めた。


「数学は公式だ! 公式さえ覚えれば何とかなるぜ!」


「分かったわ、公式を百回、書き写すわね!」


 今度は公式を映し始める。

 これは大丈夫か? 公式の意味を理解してないと、全く意味が無い気がするが……



 そう思っていたら、僕にも薬が回り始めた。


「ミサキ、頑張れ! 根性だ! ミサキはやれば出来る! 今までやらなかっただけだ!」


「うん、がんばる! 私はいままで勉強していなかっただけ! これからは凄くがんばる!」


 僕は勉強しているミサキをただただ励まし続ける。

 この奇行は、薬の効果が切れるまで、およそ4時間続いた。


 薬が切れ、冷静さを取り戻した僕たちは、帰宅する。

 叫び続けたせいか、喉が痛い。


 かなり勉強をした気分だが、はたして効果はあっただろうか?

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