教育実習生の留学生 9

 チャイムが鳴り、現代社会の授業が始まった。

 今日はレオ吉くんが教壇に立つ、謎めいた動物ノ王国について説明する為だ。


 ちなみに、あがり症は相変わらずなので、教壇の前に特別に席を置いて、そこに僕が座らされた。

 早く一人で演説が出来るようになって欲しいが、まだ時間が掛かりそうだ。



 レオ吉くんは教壇に立つと背筋を伸ばし、まっすぐに僕を見ると本題に入った。


「ええと、まず、動物ノ王国の住人は、みんなが人間の様に進化はしていません。進化段階は以下のように分かれます」


 そう言って黒板に文字を書き出す。


『1番. 動物そのままの無進化の状態』

『2番. 骨格は、ほぼ動物で、知能は人間に近い状態』

『3番. 骨格も知能も、ほとんど人間に近い状態』


「このような進化をたどります。

 2番への進化は、市販されている宇宙人の進化薬と同じ物ですね。知能が上がり、喋れるようになります。

 3番への進化は、非売品の進化薬があり、それを使うとボクのような形態に進化できます。

 何か質問はありますか?」


 そこまで言うと、ヤン太が手を挙げた。レオ吉くんがそれを指名する。


「はい、ヤン太くん、なんでしょう?」


「進化するヤツとしないヤツはどうやって分けるんだ? もしかして頭が良いヤツだけ進化させるのか?」


 その質問にレオ吉くんは丁寧に答える。


「あくまで本人の希望ですね。希望があればいつでも進化して頂いてます。

 ただ、逆方向への進化、まあ退化と言っても良いですが、それは出来ません」



 今度はジミ子が手を挙げた。


「はいジミ子さん、なんですか?」


「進化した動物は全体の何パーセントくらいなんですか?」


「おおよその数字ですが、無進化の状態の動物は7割近く、2番の状態の動物が3割ほど、3番の状態の動物はほとんど居なくて1パーセント未満です。

 2番への進化は、見た目があまり変わらないこともあり希望者も多いのですが、3番の進化は色々と大きく変わるので躊躇ちゅうちょする動物がほとんどです」


 なるほど、レオ吉くんのような人型の動物はまだ、少ないらしい。


 引き続きジミ子が質問をする。


「そういえばレオ吉くんは元はオスだったんですよね? 動物ノ王国の住人も全員がメスになってしまったのですか?」


「いいえ、2番への進化までは、オスもメスも居ます。3番へ進化すると、強制的にメスになります。

 どうやら3番の進化は、人間をベースにして遺伝子を操作しているようで、人間が女性しか居ない為にそうなってしまうのだとか」


「なるほど、わかりました」



 ジミ子が納得すると、今度はミサキが質問をする。


「レオ吉くんは何で3番の進化をしたんですか? もしかして、ツカサのお姉さんに無理やり……」


 するとレオ吉くんはキッパリと否定した。


「いえ、違います。たしかに笹吹ささぶきあやかさんからは強い要請がありましたが、最終決断をしたのはボクです。進化した理由は色々とありますが、最大の理由は『人間の街を歩いてみたかった』からですね、ライオンのままだと、知性が人間並でも無理と言われました」


 確かにライオンが街中を歩くわけには行かない。


「じゃあ、今は夢が叶ったんですね」


 ミサキが大げさにレオ吉くんに確認をすると、


「ええ、そうです。夢のようですね」


 満足そうな笑顔を返した。



「人権? と言っていいのかな、そこら辺はどうなっているのかな?」


 続いてキングが質問する。


「人間と同じような扱いですが、一つだけ違う点がありますね。進化をおこなって、人間と同じレベルの知能を得ないと、選挙権などの権利が得られません。

 なぜ、そんな区別をするのかと言えば、選挙権を持つには大人としての判断力が携わっているかどうかが判断基準にしているからです」


「それだと進化しない動物からクレームが来るんじゃないかな?」


「確かに来るかもしれません。ですが、もし区別をしないとなると、このような問題が考えられます。

 例えば、動物のままの知性で選挙権を与えてしまうと、動物のおやつなどのエサで票を買収されてしまう恐れがあります。

 しかも買収自体を罪と認識できないかもしれません。知識や判断力が足りないのが問題です。

 これらの事を避ける為、このような区別をする事にしました」


「なるほど、わかったぜ」


 キングとのやり取りが終わる。



 僕もひとつ疑問が出てきた。手を挙げて発言をしてみる。


「社会体制はどうなるんでしょう?」


「イギリスを手本にしているので議会選挙制国家ですね。ただ、人間の社会と違う点は、労働の義務でしょうか。

 人間の社会だと、成人すると働かなければなりませんが、動物ノ王国ではしょくじゅう、つまり食べ物と住処は完全に保証されています。働きたい人は働き、働きたくない人は働かない。そんな自由な国になります」


「なるほど、では仕事、つまり動物ノ王国では何か産業はあるんでしょうか?」


「今のところ、特に何も無いですが、まずは農業からやりたいと思ってます。

 月にも水があるようなので、水耕栽培から始める予定ですね」


「まずは食料生産ですか?」


「ええ、自分たちの食べる分は自分で生産したいですね。植物の生産に関しては、火星の人達も協力してくれるようなので、以外と早い時期に生産体制が整うと思っています」


 なるほど、火星の人達がいれば大丈夫だろう。

 きっと美味しい野菜ができるはず。



 概ね質問が出尽くすと、レオ吉くんがまとめに入る。


「動物ノ王国は、初めは自立を目指しますが、人間社会からの完全な独立は目指しておりません。

 人間と動物、お互いが支え合うような、より良い社会が築けたらと考えています。

 それは難しい事かもしれませんが、手探りで少しずつ進展できたら良いなと思っています」


 そう言うと、クラスから盛大な拍手が上がる。

 中には感動で嗚咽おえつに近い声も聞こえてくる。この声はおそらくミサキだろう。


 国の経営は様々な困難がともなうだろうが、レオ吉くんが居れば大丈夫だと感じた。

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