マイ自転車 2

 日曜の昼の1時過ぎ、みんな自転車用のプロテクターを着けて、僕の家の前に集まった。3駅先の映画館に行くためだ。



 全員が集まると、いよいよ出発する。ここでちょっと問題が起こる。


「誰か道を知ってるか?」


 ヤン太が僕らに質問を投げかけた。


「おおよその道は知ってるわ」


 ジミ子がそう言うが、顔をみる限り、自信はあまりなさそうだ。

 そこで僕はスマフォにインストールした空飛ぶ自転車のアプリを思い出す。


「たしか、あの自転車のアプリにナビゲーションが付いていたから、試してみる?」


 僕がそう言うと。「それで行こう」という話しになった。


 いつも使っているナビゲーションのアプリでも良いのだが、この自転車は空を飛べる。従来通りに律儀りちぎに道に沿って進む必要はないだろう。



 スマフォでアプリを立ち上げて、ナビゲーションを選ぶ。すると行き先を音声で入力するように言ってきた。

 僕は行き先を告げると、こんどはこんなオプションの選択画面が現れた。


『プレアデススクリーンをナビゲーションとして使いますか?』


『プレアデススクリーン』とは、いつもアンケートの集計に使われている、光のスクリーンの事だ。

 僕は試しに『はい』を選択して、自転車のペダルをこぎ始める。


 すると、光の矢印が自転車の前カゴの上にちょこんと表示される。

 矢印の横には『High』と表示されていて、上昇を促していた。

 僕は指示の通りに操作する。



 ナビゲーションソフトは、初めのうちは道路に沿って上昇するように指示をしていたが、十分に高度が稼げると、真っ直ぐと目的地の方向を指すようになった。

 地上からの高さは、およそ30メートルくらいだろうか。ちょっと怖いが、このプロテクターを着けていれば落ちても平気だと思うと、安心してペダルを漕ぐ事ができる。


 上空は少し風が強かったが、気持ちよい。

 いつもなら回り道をしなければならない畑の上を突っ切り、川の上を通過し、線路も踏切など関係なく自由に進む。


 目的の映画館までは、いくつか川と丘を越えていかなければならないのだが、空飛ぶ自転車だとそれもなく、平らな道をただただ真っ直ぐ進む。


 空の道での一番の利点は、信号に引っかからない事かもしれない。

 一度も信号で止まらずに、どんどん進めるのは新鮮な出来事だった。


 そして地上の道だと40分は掛かる道を、僕らは25分あまりで到着した。

 あっという間の出来事だ。



 時間より早く目的地に着いた僕らは、映画感のロビーで時間を潰す。


 映画館の中にもかかわらず、話題の中心は空飛ぶ自転車の事だ。


「ずいぶん、早く着いたな、やっぱ直線で来たからか?」


 ヤン太がそう言うと、みんなが頷く。ジミ子がもっともな意見を言う。


「そうね、直線で来たのも大きいけど、赤信号の影響が大きいわね」


「それにしても空は気持ちよかったよね」


 ミサキが機嫌よく言う。僕もその意見には賛成だ。


「鳥より高い位置に居たのは初めてかもね」


「確かにそうね、足下をすずめが飛んでいたのは、カワイイかったよね」


「私は、そんな暇は無かったわ」


 ちょっと高い所が苦手なジミ子は、足下も見てる余裕は無かったらしい。



 キングは別の視点から、この自転車の利点を挙げた。


「車を気にしなくていいのは良いよな」


「たしかにそうだな、そういえば周りの景色もゆっくりと見られた気がする」


 ヤン太が道中を思い出しながら話す。

 確かに言われてみれば、周りの風景をじっくりと見る事ができた。地上だと色々と気をつけなければいけないのでこうはいかない。


「今度はもうちょっと遠出してみる?」


 僕がそう言うと、


「いいね」「行きましょう」「行こうぜ」「いいわよ」


 全員が賛成してくれた。



 雑談をしていたら、アナウンスで、僕たちが見る映画の開場が告げられた。


「早く行きましょう。良い席を取らないと」


 ミサキにせかされて僕たちはチケットを買い、上映室の中へと入る。

 ずいぶんと早く着いたので、席は自由に選べた。ベストポジションを占領すると、上映時間を待つ。



 ……上映直前になって、僕らは不安に駆られている。他の客が入ってこないのだ。


「大丈夫?ここであっている?」


「確認したわ、もうじき始まるわよ」


 ミサキとジミ子が周りに気を遣い、小声で話すが、他に客が居ないので、そこまで気にしなくていい気もする


 やがて室内の照明が落ち、宣伝が始まった。

 すると、2~3人、この場所へと入ってきた。僕らは少しだけ安心した。


 だが、観客はこれだけだった。



 映画が始まると、映画自体は意外と楽しめた。


 火星に取り残された主人公。敵対する火星人、戦闘に次ぐ戦闘。

 そして闘いの後に芽生える友情。

 和解し、やがて火星人と結婚して平和な日々を過ごす主人公。

 そこへ地球人が火星人を駆除しにやってきて、板挟みになった主人公は驚きの選択を取る。


 そんな内容だった。


 上映が終わり、明かりが付くと、なぜか他の観客は既にいない。

 僕たちだけが残されている。どうやら途中で他の客は帰ってしまったらしい。

 これでは映画館がやっていけるのか不安になる。



 僕らは映画を見終えると、再び自転車に乗って帰路に着く。

 日が傾きかけた赤い空の中、映画の話しをしながらゆっくりと自転車を漕いだ。


 やがて自宅が近くになると、空中で挨拶を交わし、それぞれの家の方向へと降りていく。

 何気ない日常のハズだが、新鮮な体験の日だった。



 ちなみに、あとで映画の評判を調べたら、ボロクソに叩かれていた。

 僕らは原作をしらなかったが、原作を知っている人にとっては、あれは耐え難い出来だったらしい。火星人との結婚は映画ならではの脚色だったらしく、批判の的となっていた。

 漫画原作の実写映画は、色々と厳しいようだ。

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