夏の前のひととき

 空中を飛ぶ自転車が発売されたのだが、あまり街では見かけない。

 考えられる理由は三つほどある。


 ひとつ目は、値段がそこそこする事。

 福竹アナウンサーが頑張って値下げをしたとはいえ、学生の僕らは9万円は出せない。役に立つかわからない、電動立ち乗り二輪車のセィグウェーが流行らなかったのと同じだろう。


 理由のふたつ目は、公共事業団体に優先して振り分けられている事だ。

 自転車と同じくバイクも発売され、まずこれらが警察署と消防署に割り当てられた。


 警察は犯罪者の取り締まり、消防署は消防車と救急車の代わりとして使われている。

 これらは主に都心部で使用されているらしい。

 特に救急車は渋滞をすり抜けられる事と、アパートやマンションの上の階に直接アクセスできるのが強みだ。4階建て以下で、エレベーターの付いてないマンションの急患には『救世主』と、救急隊員が話していた。


 そして理由の三つ目は、僕らにある。

 日常生活の中では、意外と空を見上げない。

 もしかしたら上空を自転車が通過しているかもしれないが、僕らは気がついていないだけかもしれない。



 放課後、僕らはハンバーガーチェーンのメェクドナルドゥに集まって、雑談をしている。


「あの自転車、欲しいわよね」


 ジミ子がため息交じりに言った。


「でも9万円だろ、夏休みにバイトでもしないと手にいれらねーよな」


 ヤン太も欲しいらしいが、やはり学生の僕らには厳しい。キングは早々にあきらめているようだ。


「まあ、俺たちは地上を走ろうぜ」


「仕方がないかな……」


 ジミ子がちょっと名残惜しそうに言った。



 すると、ミサキが余計な事を発言する。


「この間の自転車のモニタリングのように、何かあったら私達が手伝うのはどう?」


「それって姉ちゃんの手伝いをするって事かな?」


「そうよ、この間は自転車に乗るだけで2万円もらえたし、この調子なら9万円もすぐに貯まりそうだわ」


 するとみんなが予想外の反応をする。

 ヤン太が真っ先に賛成した。


「それ良いな」


 続いてジミ子とキングも賛成する。


「いいわね」「niceナイス アイデア」


 姉ちゃんに協力するというのは、ハッキリ言って不安しかない。みんなはもっとよく考えた方がいい。


「ま、まあ、こんど伝えておくよ」


 僕が話しをはぐらかそうとしたら、どうやらその事をミサキに気づかれた。


「私から直接伝えておくから安心して! Lnieで伝えておくね」


 そういうとミサキは素早くメッセージを入力して、送信してしまう。

 こうして、姉ちゃんとの交渉窓口が僕からミサキへと移ってしまった。最悪だ。



 僕が憂鬱ゆううつそうにしていたら、ジミ子が勘違いをしてきた。


「大丈夫よ、お姉さんだったら良いバイトを紹介してくれるわ」


 いや、僕の心配している所はそこではない。

 難しい顔をしていたら、他のみんなも心配そうにしてきた。

 これ以上、無駄な心配を掛けるのも悪いだろう。僕は平常心を装う。


「ああ、うん大丈夫。夏休みの予定とか、どうしようかなと思っていただけだから」


 すると、夏休みという言葉にミサキが食いついてきた。


「そうね、夏休みに海でも行かない?」


 まだ、だいぶ先の夏休みの話しをし出す。


「まあ、いいけど、どうしたの急に海なんて?」


 僕がそういうと、ミサキは何故か得意気に言う。


「実はもう水着をかっちゃったのよ、カワイイやつをね」


 するとジミ子が話しに乗って来た。


「私も買おうかな。もうちょっと大人っぽいヤツ」


「それならコレなんか良いんじゃ無いかな」


 ミサキはスマフォで水着の特集のページを広げ、物色し始めた。


 全く興味がない、元男子の3人はボーッとしていたら、思わぬ流れ弾が飛んできた。


「あなた達は水着、どうするの?」


 突然、ジミ子に言われて、答えに困る僕ら3人。


「えっ、今まで通りで……」


 僕はそこまで言いかけると、ある問題に気がついた。


「今まで通りで良いわけはないよね」


 ミサキがニヤつきながら言ってきた。


 たしかに、去年使っていた男性用の水着を使うと、胸が丸出しになるだろう。

 そんな格好でいたら、周りから変態扱いされてもおかしくはない。


 しょうがないので、あまり興味の無かった元男子も、水着の話しに乗らざるをえなくなった。


「女性用の水着はどんなのがあるんだ」


 ヤン太がそう聞くと、ミサキとジミ子は待ってましたと解説を始めた。

 女性の水着は種類が多すぎて、選ぶのが大変そうだ。


 水着で泳ぐかは不明だが、僕たちの気持ちは一足先に夏休みへと向いていた。

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