ミサキと猫

 ある日の帰り際、にこにこしながらミサキが僕にこう言った。


「今日、うちに寄っていく? 猫がいるんだけど」


「どうしたの猫なんて。飼い始めたの?」


「いや、親戚の人が旅行に出かけて預かっただけ。ねえ見に来ない?」


「うーん、じゃあちょっとだけ」


 ミサキの笑顔につられてOKしてしまったが、どうしよう。猫は苦手な部類に入る。


 ペットと言えば犬か猫が思い浮かぶ。

 犬は比較的、考えている事が分かりやすいのだが、猫は何を考えているのか分からない。

 通学路の途中でよく野良猫が離れた場所から、ジッとこちらを観察してくる事がある。見張られている気分になり、どうしても不気味に感じてしまう。



 そんな僕の気持ちをお構いなしに、ミサキは興奮気味に猫の魅力を語る。


「昨日、うちに来たときはケージの外にも出たがらなかったんだけど、私が頑張って世話を焼いたら心を開いてくれたみたい。なついてくれたわ」


「へえ、そうなんだ。ところで、ちょっと手が赤くなっているけど、それは……」


「ちょっとだけ引っかかれちゃった、でもアレよ、スキンシップみたいなものよ」


 全力で擁護するミサキだが、やはり猫はちょっと怖い……



「おじゃまします」


 僕はミサキの部屋に入る。するとそこには見慣れぬ物がいくつかあった。

 猫用のトイレ。猫用の水飲み皿。かなり大きい猫用のキャリーバッグ。


 肝心の猫が見当たらないところをみると、どうやらキャリーバッグの中に入っているらしい。


 部屋に入るなり、ミサキは、


「ミーちゃん、いま帰りまちゅたよ」


 と、幼児言葉を使いながら猫をキャリーバッグがから引っ張り出す。

 猫は少しは嫌がるが、比較的おとなしくミサキのなすがままにされている。


「おともだちのツカサくんでちゅよ、なかよくしてくださいね」


 ミサキは猫を抱きかかえると、僕の方に向けながらそう言った。


「ああ、はい、どうも」


 なんと言ったらいいのか分からず、変な言葉づかいで返事をする。

 まさかミサキのように幼児言葉で答えるわけにはいかないだろう。



「さあ、あそんであげまちゅね」


 ミサキはそう言うと、猫じゃらしを取り出し、猫の前で盛んに振る。

 だが、猫は座り込んで見向きもしない。


 こんどはボールの付いたおもちゃを取り出して、猫の前に転がす。

 やはり、猫は一向に興味をしめさない。


 この後、色々と試したが、やはり興味を示す様子はなかった。

 ミサキの行動に対して、無視を決め込んでいる。


「遊びたくない気分なんじゃないの?」


 僕がそう言うと、ミサキは渋い顔をしながら、


「まあ、そうね。疲れているのかもね」


 と、何もしていない猫を疲労困憊ひろうこんぱいの状況に仕立て上げた。



 猫はミサキがちょっかいをかける事をあきらめるとスクッと立ち上がり、ゆっくりと歩いて僕の膝の上に座った。


「えっ、ちょっと、なんでいきなり親しくなってるの?」


 ミサキはうらやましがっているが、僕はこの状況をどうしていいものやらわからない。

 すると、猫がこちらをチラリとみてきた。なんとなく僕は『なでろ』と言われたきがしたので、おそるおそるなでてみる。


 すると猫はまんざらでもないらしい。

 心地よさそうにたたずんでいた。



 かなりの時間、なで回した後に猫は満足したようにキャリーバッグの中へと帰って行った。


「私が打ち解けるまでどれだけ苦労したのか、ツカサは餌もあげてないのに……」


 ミサキは落ち込んでいた。


「まあ、猫は気分屋だからそんな日もあるよ」


 僕はミサキをはげますと、その日は帰宅する。

 しかし、世話をしてくれるミサキを放っておいて、僕のほうによってくるとは……

 やはり猫の考えている事は全く分からない。

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