経営者と労働者 2

 大変な事になってしまった。

 姉ちゃんがロボット人材派遣会社の最高経営責任者CEOに任命されたようだ。

 まずい、このままでは人類は滅んでしまうかもしれない。



「おめでとう!」「凄いじゃないか!」


 何も分からない母さんと父さんは、素直に姉ちゃんを褒める。


「どうよ、なかなかのものでしょう!」


 姉ちゃんが腰に手を当てて、えらそうにのけぞった。



 ヤバいぞ、これは……

 しかし、ロボットの人材派遣ってどんな会社なんだろう。色々と確認をしなければ。


「ちょっとまって、ロボットの人材派遣ってどのくらいの規模なの?」


 僕が質問をする。派遣する社員?の人数があまりいなければ、たいした影響力はないだろう。

 頼む、10人や20人、せめて100人くらいの規模であってくれ!


「とりあえずチーフの話では700万人くらいはすぐに投入できるってさ」


「な、700万人!」


 700万人…… えらい数だ。


 スマフォでちょっと調べてみる。

 国内最大の社員数はトヲタ自動車の約35万人。

 世界最大は小売チェーンのワォルマートの従業員が230万人。

 姉ちゃんの社員?はいきなり世界最大手の人数を超えてきた。


 萎縮いしゅくしている僕に姉ちゃんがさらなる追い打ちを掛けてくる。


「その気になれば、1ヶ月で100万人分くらい楽に増やせるって」


 確かに、あの監視ロボットは一晩で地球を覆い尽くすほど現れた。

 宇宙人の科学力なら、そのくらいの人数を確保するのは訳が無いのかもしれない。



 なんとも絶望的な状況だが、僕は望みを捨てない。

 ロボットの労働者が現れても、雇用側がこれを使わなければ良いだけの話だ。

 無機質なロボットより、心のこもった人間の方が良いに決まっている。


「姉ちゃん、ロボットの派遣って採用する企業は多いのかな?」


 その質問に姉はちょっと残念そうに答える。


「まだ、テスト段階だね。試験採用の問い合わせがポツポツとあるくらい。

 まとめてごっぞりと採用とはならない見たい」


 やったぞ、人類。そうこなくっちゃ。僕は内心で喜ぶ。

 姉ちゃんはさらに詳しい内情を語ってくれた。


「でもチーフの話だと、初年度は2~3%くらいは行くんじゃないかって言ってた」


「2~3%か、30人から50人に一人くらいはロボットになるわけか……」


「いや、ちがうよ売り上げの話。GDPの2~3%は軽くいくっぽいよ」


「ジ、GDP? あの国民総生産の数字」


「ああ、日本のじゃなくて世界のね。」


「なんだか知らないが、大社長じゃないか」


 お父さんが褒めると、姉ちゃんは「エッヘン」と、これ以上ないくらい偉そうにのけぞった。



 僕はスマフォで確認してみる。


 世界のGDPはおよそ『80兆米ドル』らしい。

 既によく分からない単位だが、その2%として計算すると『1.6兆米ドル』。

 1ドル110円として計算すると『176兆円』、ちなみに国内最大手のトヲタ自動車の売り上げは、年間の最高額でおよそ『30兆2256億円』。世界一位の売り上げは小売チェーンのワォルマートらしい。その売り上げは『53兆3000億円』……


 ぶっちぎりの世界一位の売り上げ高だ。

 しかもコストは0、原価も0。利益率が100%と、あり得ない優良企業になるはず。

 こんな金額を姉がどうにかできるのならば、本当に人類は滅びてしまう。



 額から滝のように汗を流しながら、僕は更に質問を続ける。


「姉ちゃんはどこまで権限があるの?」


 この質問は非常に重要だ、もし姉にかなりの裁量権さいりょうけんがあるならば、地球は間違いなく滅ぶ。宇宙人の手によってではなく、姉によって滅ばされてしまう。


「いやぁ、残念なことに権限は全く無いんだよね。

 人材派遣の受付から、手配、お金の管理までロボット達がフルオートでやってくれるから、姉ちゃんの出番が全く無いんだよ」


「ほんとう? じゃあ儲かったお金の行方とかは」


「儲けたお金は、全額ベーシックインカムの支払いの方に当てられるからね。

 ボランティア企業の社長みたいな感じかな。残念だけど」


 少し、しょんぼりと姉が言う……


 ……よかったあぁぁ。どうやら名義を貸した程度でしかないようだ。

 一時はどうなるかと思ったが、これなら何とかなりそうだ。


 僕がニヤニヤしていると、姉ちゃんは何か勘違いしたようだ。


「姉ちゃん、社長として頑張るよ。人類のために凄く頑張るよ」


 いや、がんばらなくていい。頼むからできるだけジッとして置いてほしい。



 こうして人知れず、人類の危機は去った。

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