第51話 電話

 それにしても、あぁ。

 私は笑いをこらえて言った。

 大きなビルを建てたいと思ったことは無い。料理の世界に、私の腕でどれだけ通用するかなんてわからない。多分すごく借金もできない。

 でも自宅を改造したくはない。

 私はあることを決めた。

 私はパートに一日だけお暇を頂いて、料理教室へ行った。

 あのことを言わないと。

「あら、優子さん、そうか、体験今日までだったわよね?」

智美さんはあいかわらず綺麗だ。きっとお肌の手入れも念入りなのだろう。

「今日はね、いつもお世話になっている『女性のための企業講座』の先生が来て下さったの」

「あ、じゃあお湯沸かします」

私はケトルに水を入れ、火にかける。

 そこにいたのは上品そうな女性で、ローズティの方がいいのだろうか?

「すいません、お飲み物何がよろしいですか?」

私は聞こうとした、すると、話し声が聞こえてきた。

「いつもいつもすいません」

「いえ、ここの生徒さんはみんな教育がちゃんとしていて、もう?って思っていても、ちゃんと軌道に乗らせているじゃないの」

「それは皆さん、助け合っていますから」

私はやっぱり、と思った。ここの生徒さんが時々来るような、小さな教室。

 私はいよいよ気持ちを固めて、聞こえてないふりをしながら笑顔でこう言った。

「お紅茶、ローズティは苦手ですか?」

「あら、ごめんなさい。そうね何かダイエットのお茶がいいわね……」

 そして私は、二つの話を断わった。

 一つは料理教室。

 あなた筋がいいわよ?よ言われても、その気持ちは変わらずに、ただ「お世話になりました」とだけ言った。

 もう一つは、私のブログが本になるという話だ。

 私はそれを喫茶店で誠実そうな青年に言った。

「……というわけで、もっとPVがいいブログに言ってあげて?」

「そうですか、わかりました。優子さんのブログに惚れていたのに、残念です」

「あら嫌だ」

こんな地味なおばさん、その言葉を飲み込む。

もうそんな呪いは自分にかけないようにしないと、誰かが聞いていたらどう思うの?

 そうか、私が変わるにしても、必ずしもよいことがあってというわけでもないんだった。

 こんな当たり前のことも忘れていたなんて。

 ふと道を見るとホトケノザが膨らみ始めていた。もうすぐ春だ。

 それなら、そうだ、私はもう一つだけ電話しようと決めた。

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